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サッペンスからの呼び出し。

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「ちょっとオンダ、まさかまた?」
「いやあのっ、ええと何と申しますか、ジローの友人みたいでして、ええ」
 ジルの屋敷に到着すると、今日はメイドさんのいない日だったようで、ジルが玄関に現れた。
 出直そうかと思ったが、カワウソもどきの飼育の件もある。
 どうしたものかと悩んでいると、ジルが後ろに立っているジローの頭に乗ったカワウソもどきに気がついて、呆れたような声を上げたのだ。
「すみません、メイドさんがいない日だったの忘れてまして、倉庫の荷物取りに行くついでにご相談しようかと思いまして。また改めて明日にでも出直します」
「──いいわよ。付き合いは短いけど、もうオンダのことは警戒してないから入んなさい。その代わり、お茶ぐらいしか出さないからね」
「いつも申し訳ないです。本当に助かります」
 女性の一人暮らしなんて男より警戒して当然だから、出直せと言われたら本当に出直すつもりだった。お年寄りなら尚更だ。少しは信用してくれたのかなと俺も嬉しかった。

 あたたかい紅茶を飲みながら、俺はジルに今回の経緯を説明する。
「……ああ、なるほどね」
 何がなるほどなのか分からないが、心当たりがあるような顔でジルが頷き、ちょいと見せておくれね、とカワウソもどきに話しかけて、口を開いて歯を見たり、手足を見たりしている。
 俺は一番気になっていることを最初に聞いた。
「ジルさん、この子……オスですかメスですか?」
「オスだよ。それに十五歳にはなってるだろうから立派な大人だね」
 この子はワイルドオッターという種族で、基本的に川に住んでいる大人しいタイプの動物らしい。
 オッターって確かカワウソの英語名だったよな? やっぱりカワウソでよかったらしい。
 最近はワシとは思えないワシが身近にいるから、何か目に入るものを素直に見れないクセがついているのかも知れない。気をつけねば。
 俺は早速手帳を取り出してメモをする。
「この種族も長生きする方だけど、まあ自然だと五十年ぐらいかしらねえ? 実際に飼ってる人がいないから人間が育てるとどうなるか分からないけど」
 ジローより友だちの方が先に死んじゃうのか。それは寂しいな。出来るだけ長生きするように俺が頑張って世話をしなくては。
 実家で犬も猫も飼っていたからなのか、家族も俺も、動物全般が好きなのである。
「あと食事だけど、基本的に何でも食べるよ。虫とかカエルとかも食べるし、肉も平気だよ。ただ川に生息しているから、魚とかカニみたいなのが主食だけどね。あと塩分は与えすぎに注意ね」
 可愛い顔していても噛む力がめちゃくちゃ強いので、甲羅などバリバリ噛み砕けるらしい。俺もうっかり噛まれないよう気をつけないと。
「なるほど。……ところで、さっきなるほどとか仰ってたのはなんでしょうか?」
「ああ、あれかい?」
 大都市ではないにしろ、そこそこの人口であるホラールも、ここ数年都市開発というのが進んでいるらしい。
「新しいアパートや店が建設中だったりするのはまあ、町の人も増えるしいいことなんだけどね。川の近くに大きな縫製工場がもうすぐ完成するのさ」
 だから川の周辺で地盤強化の工事があったり、土地を埋め立てたりした時の土砂が川に流れたりして、水が汚れた時期があったらしい。
「まあ町長が自然破壊するなら工場なんて建てさせん! と厳重抗議して、どうにか川も元通り綺麗にはなったんだけどね」
 川で生きている生き物には、騒音や環境の変化は辛かっただろうとのこと。
「一時それで川の魚とかも減ったり、近くに小さな森があっただろう? あそこらへんも小動物が他に逃げ出したりしてね。だからこの子も被害被って住みづらくなったのかなあって思ったんだよ」
「そうだったんですか……」
 そういや遠くてよく分からなかったけど、大きな建物は確かに川の向こうにあった。
「そういや、あんたの家族はどうしたんだい?」
 ジルが優しく聞くと、ソファーのクッションの間に挟まるように埋もれていたカワウソもどきは、
『……キューゥ』
 と悲し気に鳴いた。離れ離れになったのか死に別れたのか。
 どちらにしても不幸なので、そこはつっこまない方がいいと俺は感じた。
「まあ、今は一人だってことだよな? な? うちで住むんなら三人になるけど。……いや三人っておかしいな。一人と二匹になるのかな?」
 割り込むように話を変えたが、ジルは察したようだ。
「そうだね。オンダがたっぷりご飯をくれるだろうから、沢山食べて元気だしなよ。といってもジローぐらいまで成長すると大変だけどね」
『ポッ! ポッ!』
「はははっ、怒らないでおくれよ。冗談だってば。でもねオンダ、ワイルドオッターは大食漢で有名だ。一日に自分の体重の一割ぐらいは軽く食べるからね。下手すればジローと同じか、それ以上食べるよ。体の大きさでエサの量を考えてたら、空腹で柱とか商品をかじりだすかも知れないから、くれぐれも気をつけるんだよ?」
「はい。……そうか。家にまた大食らいが増えるんですね」
 十キロあるかないかって感じだから、毎日一キロのご飯か。確かにかなり大食いだ。
 俺はそう考えて少しため息がこぼれそうになったが、この子たちに気を遣わせてはいけないと気持ちを切り替えた。
 面倒をみると決めたのだからどーんと構えよう。なあに、メシが多いぐらいどうとでもなるさ。
「あと一番の問題があってね」
「──え、まだあるんですか?」
 俺は若干引き気味に聞き返す。
「この子、水辺で生活している子だからさ、一日三回は水浴びしないとダメなんだよ。しかも長めに。泳いだりもさせて、運動不足にならないようにしないといけないんだ」
「風呂……じゃ小さいですよねえ?」
「当たり前じゃないか。でもオンダも仕事があるし、毎日川に連れて行くわけにもいかないよね」
「確かにまずいですね」
 風呂でいいならジローと交替でと思ったが、ジローは浸かってびしゃびしゃやってるだけだし、泳ぐって感じじゃないからなあ。
 俺をしばらく眺めてため息を吐いたジルは、
「……店の裏口出たところに、倉庫みたいな建物があるだろう?」
 と急に話を変えてきた。俺は不思議に思いつつ答える。
「え? ああ、そういえばありますね、殺風景な窓と玄関しかないような」
「そう。あそこも私の土地なんだよ。ただ奥まってるから不便だろう? 使い道がなくて、自分の研究用に書物や資料を保管する場所にしようと思ってたんだよ。まだ建ててから時間がなくて何もしてないんだけどね。だから中はまだ空っぽさ」
「はあ」
 話の方向性が見えなくて何となく相槌を打つと、察しが悪いね、と怒られた。
「そこも貸してやるって言ってるんだよ。そこに子供が使うようなビニールプール置けばいいだろう? もちろんお金はもらうけどね。でも二万でいいよ。本当に電気と水道しか通ってないし、トイレはあるけど風呂なんてないからね。あ、でも半年だよ半年?」
「本当ですか? ものすごく助かります! ええ半年ですよね半年。心しております」
 俺は感激して何度も頭を下げた。
 何だかんだいってジルは困ってると見過ごせないタイプの人だ。
 半年過ぎたらまた半年と伸ばしてくれそうな気もするが、俺もいい年した大人だ。甘えないで済むよう必死で稼いで、別のところを探さねば。だが突発的な事態だ。ここは素直に甘えさせていただこう。……とはいえどこに売ってるんだろうか。
「ジルさん、そのう、ビニールプールというのはどちらで買えるんでしょうか?」
「ホラールにはないよ。サッペンスぐらい大きな町でないと。一時期しか使わないもんってのは場所も取るし、小さな店では場所を取るからね」
「そう、ですよねえ」
 確かにスキーウェアとか、サマーグッズ系の専門店は大都市でしかあまり見ないよな。デパートでもコーナーにあるだけだし。今からサッペンスに向かうのは現実的に厳しいし。
 しかしふと気づいてジルを見る。彼女が自己解決が厳しい話を振るってことは。
「……もしかしてジルさんのお宅にあったり、とか?」
「ああ、あるよ。主人が生前、魚の産卵と生育状況を調べようとしたことがあってね。使う前に病気で亡くなったから手つかずさ。それは私が持っていても使わないからあげるよ。もしありがたいと思う気持ちがあるなら、たまに泳いでるこの子たちを観察させておくれ。野生動物を間近で眺められる機会なんて滅多にないからね」
「いや、それはもう喜んで! な? お前たちも構わないよな?」
『キュゥ』
『ポッ』
 特に嫌がる素振りも見せないのでオーケーだと思おう。ジローだって狭い風呂場よりはプールで泳いだ方が楽しいだろう。
「じゃあ、早速契約書にサインして──」
「いいよそんなものは明日で。プールに空気入れて形作って、水張るのにどれだけ時間がかかると思ってるんだい。さっさと帰って支度しておやりよ」
 ジルは立ち上がると俺を急かして、借りている倉庫の隣の小さな建物に案内した。
 物置に使っているそうで、そこから折りたたんだプールと空気入れを持ってくる。
「まあ風呂よりは大きいといっても、二メートル✕三メートルぐらいだからあんまり期待しないでおくれよ。ただ交換する水代は狭い分安く済むだろうし、あの子たちが泳ぎ回るぐらいは平気だと思うよ。ほら、これは裏の建物の鍵だよ」
「本当にお世話になりっぱなしで申し訳ありません。ありがとうございます」
 プールに水を入れる際の注意事項も聞き、ついでに使ってない木材もいただくことになった。
 アマンダたちといいジルといい、この町で出会う人たちは本当に親切だ。
 いつか何かで恩返しできたらいいと思うが、今は頼りっぱなしになるしかできない。
 俺は感謝を告げると荷馬車を回し、プールと倉庫の足りなくなってた品物の補充をしてジルの屋敷を後にした。
 馬車の荷台で大人しく転がっている二人に俺は話す。
「ジルさんにはな、ほんとーにお世話になっているんだぞお前たち。今度彼女が遊んでる時に来ても、絶対に失礼なことをしたり、噛んだりしたらダメだからな? 恩人だぞ?」
『キュ』
『ポポポ』
 分かったように見えるが不安である。まあ意思の疎通は大体できるので、理解はしてくれるだろう。
 おっと、あと大事なことがあった。
「お前の名前つけないと呼びづらいよな。うーん、どうするかなあ……」
 ジローがいるからサブロー、っていうのも安直だよなあ。
 腹と手元は白く、それ以外は全体的に真っ黒い。真っ黒ねえ……。
 だが普通ここで動物を連想しなくてはいけなかったのだが、俺は空腹だったので、日本で好んで食べていたものを思い出してしまった。
「海苔の佃煮、白い飯にのせて食べたいなあ……佃煮……つくだに……ダニー……お! ダニーはどうだ? タロー、ジロー、ときてダニー。語呂もいい感じだし、こっちでもありそうな名前だし。なあ、ダニーって名前どう思う?」
 カワウソもどきはちょっと首をかしげていたが、自分が呼ばれる名前だと分かったのだろう。
『キュッキュ!』
 と声を上げた。正直呼ばれる名前なんて、彼らには大した違いはないのかも知れないが、俺が名前を呼んだら反応してくれることが大事なのだ。
「ジロー、お前もこいつの名前、ダニーでいいか?」
『ポゥ』
 別にどうでも良さそうだ。自分の名前じゃないから関係ないんだろう。
「よおし、ジローにダニー。これから二人とも仲良くな。今日は歓迎会を兼ねて水浴びパーティーするぞ! もらった魚も焼いてやるからな」
『ポッポー』
『キュゥゥ』

 その夜、焼いた魚を食べる間に、裏の建物の中に敷いた木材の上にプールに水を貯めた。
 木材を敷いて下に空間を空けた理由は、後日水を交換する際に、下部についている水抜き穴に繋いだホースを下水道まで伸ばすためである。
 考えなしにただプールを置いていたら、後で水の交換処理がえらいことになるところだった。
 楽しそうに泳ぐ二人に俺もパンツ一丁で入って一緒に遊んでたら、翌日鼻水がずるずるでえらいことになったが、ジローやダニーが楽しそうに泳いでいる姿は癒やされた。

 その日の午後、アマンダが店に現れ、サッペンスから手紙が来たと持って来てくれた。
 そういえば連絡先をアマンダのところにしていたままだ。電話は番号を覚えてなかったので教えられなかったのだが。うちの店にもいずれ電話を引かねば。
 それは、カレールーの件で報告があるので、モリーからいつ頃来られるのか、という連絡であった。



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