ハイパー営業マン恩田、異世界へ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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恩田、振る舞う。

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 アマンダの家は、大通りから一本奥に入った細い道の突き当りにあるところにあった。
 いわゆるヨーロッパの家のイメージで出てくるような、白壁に赤く塗られた屋根の二階建てだ。
 住んでから三十年近いとのことで、外壁などはヒビが入っているし、一階部分の木のバルコニーも腐食してボロボロになっているところもあったが、丁寧に補修して暮らしている様子がうかがえた。
 バルコニーに置かれている鉢植えも、レインボーの花だけでなく青や赤い花などが咲き乱れている。レインボーの花は生命力が強いのでそこら中に生えるが、単色の花は環境が変わるとすぐ枯れたりして、育てるのが中々難しいんだよね、とこの国の知識を教えてもらい、勉強になる。
 幸いアマンダは平日は夕方から始まるビストロを経営しているそうで、昼間ちゃんと手入れができるのが嬉しいようだ。
 家の中に案内されると、ちょうど畑から野菜を収穫して戻った旦那さんと引き合わされた。
「ニホンという国から来たオンダと申します。この町にはホテルがないということで、大変申し訳ありませんが、アマンダさんのご厚意で一晩ご厄介をおかけします。どうぞよろしくお願いします」
 頭を下げ、俺は簡単に事情を説明する。
 ザックという名の旦那さんは、アマンダ以上ににこやかで陽気な男性だった。
 四十代半ばぐらいだろうか。
 サスペンダーで吊ったズボンにチェックのシャツがよく似合っていて若々しい。
 麦わら帽子を取ると、頭のてっぺんがかなり寂しい感じだったが、これがなければ三十代でも通りそうな彫りの深いイケオジである。
「おおそうかい! そりゃ大変だな。大したもてなしもできないが、うちの野菜はうまいから沢山食べてくれ。ついでにニホンって国の話も聞かせてくれよな」
「ありがとうございます」
 そう言いながらチラリと野菜の入った籠を見る。
 ニンジンにジャガイモ、タマネギにトマトか。
「……あの、少々伺いたいのですが、今夜はシチューにするご予定でしょうか?」
「ん? ああよく分かるな。昨日友人から鶏をさばいたからって肉を分けてもらってな。トマトシチューでもと思ってたんだが」
 やはり不安が的中した。トマトは、俺がもっとも苦手とする野菜である。
 サラダなら食べないよう避ける方法はある。でもシチューにされるとお手上げだ。すべてがトマトの荒波に飲まれてしまう。
 だが出された食事を食べられませんなどと断れるだろうか。答えは否。
 だったらルートを変えてしまえばいい。俺はトランクの中身を思い出した。
「大変失礼かとは思うのですが、今夜は感謝の意味を込めて、我が国の料理を作らせてはいただけないでしょうか? 鳥肉とそちらの野菜があればできるのですが」
「いやそんな気を遣わなくても大丈夫だって」
 ザックが手を振るが、ここで負けてはならない。
 俺が諦め撤退すれば、もれなくトマトだらけの地獄の宴になってしまう。
「いえ! 強盗にお金を奪われ、この町に辿り着いて、アマンダさんにバザーに参加させていただいたことで、ようやく当座のお金が作れたのです。私の国では受けた親切をおろそかにすると、神からの天罰があるという言い伝えがあるのです! どうかここは私を助けると思って!」
「そ、そうかい? お客さんに料理なんてさせるのは申し訳ないけども、そういうことなら……アマンダもそれでいいか?」
「私は台所仕事しなくて済んでラッキーだし、神様は大事にしないといけないさ。オンダの国の料理も興味があるし、本人がやりたいって言うんだし、やらせてあげようよ」
「ありがとうございます!」
 トマトまみれの料理さえ回避できればこっちのものである。
 俺はトランクの中から『PONカレー』のフレークタイプのルーを取り出した。
 これは、あのネーミングセンスが黒歴史な社長の実姉が経営している、食品会社の商品である。
 姉弟そろって命名力が永遠にレベル1の村人みたいではあるが、開発力と商品のポテンシャルだけは本当に、姉弟そろって文句のつけようがないほど素晴らしいのである。
 ちなみにPONカレーのPONは、昔からある有名な商品に発音を似せたいというのではなく、思わず鼓をポンと打つぐらい美味しい、という意味のPONである。
 カタカナにしたら似すぎて訴えられそうだし、とアルファベットにするぐらいの配慮はあるのに、なぜ品名そのものを変えようという発想がないのか理解に苦しむが、天は二物を与えずという。
 どこかが突出していれば、どこかはアレになるのだろう。商品さえ最高なら文句はない。
 俺は背広を脱いでシャツの袖をまくりあげると、台所を借りて手を洗い、冷蔵庫から出して来た鳥肉やジャガイモなどの野菜を小さめに切る。
 厚底の鍋で軽く炒めて水を注ぎ、しばらく煮込む。
 二人は面白そうに眺めており、自分たちが作るシチューと工程は変わらないんだねえ、などと話しているが、日本人のカレー好きを舐めてはいけないのである。
 ある程度煮えて来たところでフレークを投入する。
 日本では夕方、よその家庭から漂ってくるカレーの匂い一つで、
「ああ、今夜はカレー食べたいなあ」
 と思わせる恐ろしいまでの洗脳性がある。それほど暴力的な魅惑の香りなのだ。
 しかもこのPONカレーは、とにかくカレー大好きという社長(姉)が調理師免許を取り、五年の歳月を費やして全国を食べ歩き、何度も試作しては失敗しを繰り返し完成させた逸品である。
 研究費もかかっており使われる食材も厳選された良い物なので、売値は市販のルーの三倍ぐらいするのだが、奥深い香りと後まで残る余韻にファンは年々増加している。
 本当に地方でやっているのがもったいないのだが、
「大きくない会社だからこそ融通が利く」
 というのが姉弟の信条だそうだ。
 商品を扱わせてもらえるよう口説き落とすまでに少々時間がかかったが、自分がまだPONカレーを知らない人たちに営業できる喜びは例えようもないものだ。
 自分が満足、納得できるものしか扱わないという、俺の営業マンとしての誇りでもある。
 アマンダたちもこの香りが漂ってきた辺りでほわあ、と顔がゆるみ、パンをスライスしてガーリックトーストにしたり、テーブルに皿やスプーンを並べだした。
 ふはははは。PONカレー最強なり!



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