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グエン様とデート。
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【ルーシー視点】
……近頃は本当にろくでもない男が増えてきたものだ。嫌がっているか弱い女性に複数の男で囲い込むなど言語道断である。
たまたま通りがかったからいいようなものの、もしも裏通りに連れ込まれて辱しめを受けるような事になっていたらと思うと背筋が凍りそうになる。
誰だって困っている人を見たら助けたいと思うだろうが、思っている気持ちと実際の行動はいつも合致する訳ではない。
私だって常にリーシャ様やお子様たちの為に鍛練は怠ってはいない。
そんな私でもたった2人であり明らかに鍛えもしていない若者だったから行けたが、5人を越える人数だったら流石に躊躇しただろう。
勇気と無謀は似て非なるものだ。己の力を過信すれば絶対にしっぺ返しを食らう。
私は単に、最速で的確に相手の戦意を喪失させ行動力を奪う方法を知っているから利用しただけである。
持久戦になれば基礎体力、筋力ともに男性には押し負ける事は自分でも分かっている。
「ありっ、ありがとうございました助かりました!」
ぴょこん、という感じで頭を下げたその女性は、小柄で華奢。守ってあげたいような可愛らしい人だった。
「お気になさらず。もうすぐ自警団の方が来られると思いますのであと少しお付き合い願えますか?
……ちょっと失礼」
呻きながらも立ち上がって逃げ出そうとした豊満ワガママボディーの男の脇腹に再度回し蹴りを放ち、倒れたところを腕を捻り上げた男を引きずってワガママボディーの上に落とす。
しばらく遠巻きに眺めていた人たちの中から3人の男性がやって来て、
「お嬢さんばかりに任せておくのは申し訳ない。
押さえ込むだけでも手伝わせてくれ。そんぐらいならワシらでも出来るから。な?」
と有り難い言葉を頂いたのでお願いした。
「あ、それは、ええ勿論!
……それにしてもお強いんですねお姉さんは」
キラキラした眼差しが私の心を少々抉る。
こういうか弱い女性の方が、当然ながら男性としては可愛いんだろうと思う。
自分のワンピースにさりげなく目を走らせた。
フレヤータイプとは言え、さほど布地を大きく取っているモノではなかったので、裾から少し裂けてしまっていた。カーディガンも袖が伸びてほつれていた。
グエン様とのデート(いや、あちらは単なる服選びのサポートだと思っている可能性が高い)のために購入したのに、着た当日に暴れてダメにするとは、私も女性の風上にもおけないのではなかろうか。
──折角似合うと仰って下さったのに。
自分でも女子力の低さに呆れるが、若い頃から低かったので、こればかりは致し方ない。
私の回し蹴りに惚れたと言ってくれたグエン様も、これはドン引きされる気がする。物事にはTPOと言うものがあるのだ。
こんな女とお付き合いを続けようとは思えまい。
……いや、良かったではないか。
元から結婚するつもりはなかったのだし、グエン様が断りやすくなる。
恋人だからと手を繋がれた事に心が舞い上がってしまって、若者に「恋人がいるので胸を埋められるのはお断りだ」などと赤面ものの啖呵を切ってしまった事も、いま思えば離れていて聞かれなくて幸いだった。
ああ穴があったら入りたい。
でも少なくとも人助けが出来た事には後悔はない。
デートの報告を楽しみにされていたリーシャ様には申し訳ないが、余りいいご報告は出来なさそうである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえルーシー、怪我してない?」
「──いえ、わたくしの方は全く」
やって来た自警団の方々に事情を説明し、
「女性は責任を持って自分達が家まで送るから」
と言うので後はお任せしてグエン様とその場を離れたのだが、グエン様がやたらと心配して腕を見たり足元を見たりしている。
「……ああっ!スカートが破けてるじゃないかっ!カーディガンも糸がほつれて……」
ああみっともない所を見つかってしまった。
「申し訳ありません。格好を忘れていつもの動きが出てしまったもので。やはり隣を歩くのはご迷──」
「僕もまだ見てないルーシーの下着姿が誰かに晒されたのかと想像するだけで、あの場の男全員の目を潰してやりたい……」
被された言葉に何か不穏な響きが聞こえた気がするが気のせいだろう。
「ねえ女性の!女性の服はどこがお勧め?ルーシーの好きな服を売ってるのはどこっ!?」
怒ったような口調で問い質され、引きずられるように手を引っ張られ、先日リーシャ様と訪れたキース衣料店を案内した。
「彼女の服を見たい。似合いそうなモノを全部見せてくれ」
店に入ると側にいた店員に声をかけ、フィッティングルームに案内される。
「あのグエン様、わたくし何着も買えるほど本日お金は持ち合わせておりませんので、何か1枚だけ見られれば……」
私は店員に聞こえないようそっと小声で囁くが、
「何をいってんの。僕が買うに決まってるでしょう。僕が出ていってればこんな可愛い服を破る羽目になることもなかったのに」
と制された。
「いえ、そこまでして頂く訳には」
「……ねえ、僕は恋人なのに何で頼ってくれないの?」
「あれはわたくしもやりすぎました。お付き合いをしている方の前でする振る舞いではございません。
グエン様も呆れたのではございませんか?
こんな女と付き合いを続けてもご迷惑になるばかりかと思います。ですから──」
気遣ってくれるグエン様に甘えて、全てをなかったことには出来ない。ここは私からきっぱりと別れを告げるべきだ、と言葉を続けようとして、
「別れるって?僕がそれを受け入れるとでも?」
という言葉に固まった。
「ですが……」
「惚れ直すぐらい格好いい姿見せといてそれはないな。
それに、胸に顔を埋めたいとか言う男に『恋人がいるから』って断ってくれてたじゃないか。
いやぁあれにもゾクゾクした」
動揺でヒュッ、と変な息が洩れた。
「き、聞こえておられたのですか?」
「少し離れてても好きな女の声は聞こえるよそりゃ」
あ、これ似合いそう。ほら着てみて、とグエン様から渡された服を受け取り無言で着替え室に向かう。
……危なかった。
私が感情が分かりにくいタイプだったのが幸いだったが、リーシャ様のようなストレートに出るタイプなら羞恥で確実に顔が真っ赤になるところだった。
着替えた服は、動きやすい薄茶のキュロットスカートにベージュの長袖のシンプルなサマーニット。
動きやすくとても私好みである。
「おっ、やっぱり似合う!可愛いね。
よし、じゃこれはこのまま着ていくから。あとこれとこれと……これも包んでくれる?着てきたカーディガンとワンピースは悪いけど捨てて貰えるかな?」
「かしこまりました」
私は慌ててグエン様を止めた。
「そんなに要りません!これだけで充分です。それに、あのワンピースやカーディガンも洗って繕えばまだ着れると思いますし勿体な」
「──あんなクソみたいな男に触られたモノは洗ったって汚ない。ルーシーが穢れる」
吐き捨てるような台詞に私は少し考えた。
「確かにリーシャ様のような方なら左様でしょうが、わたくしはグエン様と違って平民ですので、1度袖を通しただけの服にそのような勿体ない事は」
「うん、分かってる。ごめん。それでも僕がイヤだ」
清算した服を受け取り、あのワンピースとカーディガンから少しでも離れるように早足で歩くグエン様に引っ張られ、仕方なく私も諦めた。
でも内心では少し、いやかなり嬉しかった。
「グエン様、本日は色々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
シャインベック家の近くまで戻ってきた私は、服を受け取り頭を下げる。
「気にしないで。むしろルーシーがますます好きになったから」
「……グエン様は本当に変わっておられま──」
と顔を上げたところをぎゅううっと抱き締められて心臓が止まるかと思った。
「あのクソ野郎どもの消毒だから」
と言いながら、あ、こっちもだった、と唇にキスをしてきた時には慌てて、
「いえっ!唇は何もっ……」
と否定した。荷物で手が自由にならないのに何をしてくれるのだこの人は。
「本当は僕のファーストキスを捧げたかっただけかな。あははっ。気をつけて帰ってね。また明日鍛練で」
照れ臭そうに笑ってきびすを返そうとするグエン様を見てたら、何だか切なくなってきた。
「グエン様」
私が呼び掛けると、ん?という感じで振り向いたので、私から唇を重ねた。
「っ!!!」
「私からのファーストキスも捧げます。お互いに初めてで良かったですね。それではまた明日」
屋敷の門をくぐり軽く手を上げると、グエン様が顔を真っ赤にして、ぶんぶん音がしそうなほど大きく手を振っていた。
1人で生きる人生も悪くないが、グエン様と2人で生きる未来はもっと悪くなさそうだという気持ちが私の中に大きく芽生えていた。
……近頃は本当にろくでもない男が増えてきたものだ。嫌がっているか弱い女性に複数の男で囲い込むなど言語道断である。
たまたま通りがかったからいいようなものの、もしも裏通りに連れ込まれて辱しめを受けるような事になっていたらと思うと背筋が凍りそうになる。
誰だって困っている人を見たら助けたいと思うだろうが、思っている気持ちと実際の行動はいつも合致する訳ではない。
私だって常にリーシャ様やお子様たちの為に鍛練は怠ってはいない。
そんな私でもたった2人であり明らかに鍛えもしていない若者だったから行けたが、5人を越える人数だったら流石に躊躇しただろう。
勇気と無謀は似て非なるものだ。己の力を過信すれば絶対にしっぺ返しを食らう。
私は単に、最速で的確に相手の戦意を喪失させ行動力を奪う方法を知っているから利用しただけである。
持久戦になれば基礎体力、筋力ともに男性には押し負ける事は自分でも分かっている。
「ありっ、ありがとうございました助かりました!」
ぴょこん、という感じで頭を下げたその女性は、小柄で華奢。守ってあげたいような可愛らしい人だった。
「お気になさらず。もうすぐ自警団の方が来られると思いますのであと少しお付き合い願えますか?
……ちょっと失礼」
呻きながらも立ち上がって逃げ出そうとした豊満ワガママボディーの男の脇腹に再度回し蹴りを放ち、倒れたところを腕を捻り上げた男を引きずってワガママボディーの上に落とす。
しばらく遠巻きに眺めていた人たちの中から3人の男性がやって来て、
「お嬢さんばかりに任せておくのは申し訳ない。
押さえ込むだけでも手伝わせてくれ。そんぐらいならワシらでも出来るから。な?」
と有り難い言葉を頂いたのでお願いした。
「あ、それは、ええ勿論!
……それにしてもお強いんですねお姉さんは」
キラキラした眼差しが私の心を少々抉る。
こういうか弱い女性の方が、当然ながら男性としては可愛いんだろうと思う。
自分のワンピースにさりげなく目を走らせた。
フレヤータイプとは言え、さほど布地を大きく取っているモノではなかったので、裾から少し裂けてしまっていた。カーディガンも袖が伸びてほつれていた。
グエン様とのデート(いや、あちらは単なる服選びのサポートだと思っている可能性が高い)のために購入したのに、着た当日に暴れてダメにするとは、私も女性の風上にもおけないのではなかろうか。
──折角似合うと仰って下さったのに。
自分でも女子力の低さに呆れるが、若い頃から低かったので、こればかりは致し方ない。
私の回し蹴りに惚れたと言ってくれたグエン様も、これはドン引きされる気がする。物事にはTPOと言うものがあるのだ。
こんな女とお付き合いを続けようとは思えまい。
……いや、良かったではないか。
元から結婚するつもりはなかったのだし、グエン様が断りやすくなる。
恋人だからと手を繋がれた事に心が舞い上がってしまって、若者に「恋人がいるので胸を埋められるのはお断りだ」などと赤面ものの啖呵を切ってしまった事も、いま思えば離れていて聞かれなくて幸いだった。
ああ穴があったら入りたい。
でも少なくとも人助けが出来た事には後悔はない。
デートの報告を楽しみにされていたリーシャ様には申し訳ないが、余りいいご報告は出来なさそうである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねえルーシー、怪我してない?」
「──いえ、わたくしの方は全く」
やって来た自警団の方々に事情を説明し、
「女性は責任を持って自分達が家まで送るから」
と言うので後はお任せしてグエン様とその場を離れたのだが、グエン様がやたらと心配して腕を見たり足元を見たりしている。
「……ああっ!スカートが破けてるじゃないかっ!カーディガンも糸がほつれて……」
ああみっともない所を見つかってしまった。
「申し訳ありません。格好を忘れていつもの動きが出てしまったもので。やはり隣を歩くのはご迷──」
「僕もまだ見てないルーシーの下着姿が誰かに晒されたのかと想像するだけで、あの場の男全員の目を潰してやりたい……」
被された言葉に何か不穏な響きが聞こえた気がするが気のせいだろう。
「ねえ女性の!女性の服はどこがお勧め?ルーシーの好きな服を売ってるのはどこっ!?」
怒ったような口調で問い質され、引きずられるように手を引っ張られ、先日リーシャ様と訪れたキース衣料店を案内した。
「彼女の服を見たい。似合いそうなモノを全部見せてくれ」
店に入ると側にいた店員に声をかけ、フィッティングルームに案内される。
「あのグエン様、わたくし何着も買えるほど本日お金は持ち合わせておりませんので、何か1枚だけ見られれば……」
私は店員に聞こえないようそっと小声で囁くが、
「何をいってんの。僕が買うに決まってるでしょう。僕が出ていってればこんな可愛い服を破る羽目になることもなかったのに」
と制された。
「いえ、そこまでして頂く訳には」
「……ねえ、僕は恋人なのに何で頼ってくれないの?」
「あれはわたくしもやりすぎました。お付き合いをしている方の前でする振る舞いではございません。
グエン様も呆れたのではございませんか?
こんな女と付き合いを続けてもご迷惑になるばかりかと思います。ですから──」
気遣ってくれるグエン様に甘えて、全てをなかったことには出来ない。ここは私からきっぱりと別れを告げるべきだ、と言葉を続けようとして、
「別れるって?僕がそれを受け入れるとでも?」
という言葉に固まった。
「ですが……」
「惚れ直すぐらい格好いい姿見せといてそれはないな。
それに、胸に顔を埋めたいとか言う男に『恋人がいるから』って断ってくれてたじゃないか。
いやぁあれにもゾクゾクした」
動揺でヒュッ、と変な息が洩れた。
「き、聞こえておられたのですか?」
「少し離れてても好きな女の声は聞こえるよそりゃ」
あ、これ似合いそう。ほら着てみて、とグエン様から渡された服を受け取り無言で着替え室に向かう。
……危なかった。
私が感情が分かりにくいタイプだったのが幸いだったが、リーシャ様のようなストレートに出るタイプなら羞恥で確実に顔が真っ赤になるところだった。
着替えた服は、動きやすい薄茶のキュロットスカートにベージュの長袖のシンプルなサマーニット。
動きやすくとても私好みである。
「おっ、やっぱり似合う!可愛いね。
よし、じゃこれはこのまま着ていくから。あとこれとこれと……これも包んでくれる?着てきたカーディガンとワンピースは悪いけど捨てて貰えるかな?」
「かしこまりました」
私は慌ててグエン様を止めた。
「そんなに要りません!これだけで充分です。それに、あのワンピースやカーディガンも洗って繕えばまだ着れると思いますし勿体な」
「──あんなクソみたいな男に触られたモノは洗ったって汚ない。ルーシーが穢れる」
吐き捨てるような台詞に私は少し考えた。
「確かにリーシャ様のような方なら左様でしょうが、わたくしはグエン様と違って平民ですので、1度袖を通しただけの服にそのような勿体ない事は」
「うん、分かってる。ごめん。それでも僕がイヤだ」
清算した服を受け取り、あのワンピースとカーディガンから少しでも離れるように早足で歩くグエン様に引っ張られ、仕方なく私も諦めた。
でも内心では少し、いやかなり嬉しかった。
「グエン様、本日は色々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
シャインベック家の近くまで戻ってきた私は、服を受け取り頭を下げる。
「気にしないで。むしろルーシーがますます好きになったから」
「……グエン様は本当に変わっておられま──」
と顔を上げたところをぎゅううっと抱き締められて心臓が止まるかと思った。
「あのクソ野郎どもの消毒だから」
と言いながら、あ、こっちもだった、と唇にキスをしてきた時には慌てて、
「いえっ!唇は何もっ……」
と否定した。荷物で手が自由にならないのに何をしてくれるのだこの人は。
「本当は僕のファーストキスを捧げたかっただけかな。あははっ。気をつけて帰ってね。また明日鍛練で」
照れ臭そうに笑ってきびすを返そうとするグエン様を見てたら、何だか切なくなってきた。
「グエン様」
私が呼び掛けると、ん?という感じで振り向いたので、私から唇を重ねた。
「っ!!!」
「私からのファーストキスも捧げます。お互いに初めてで良かったですね。それではまた明日」
屋敷の門をくぐり軽く手を上げると、グエン様が顔を真っ赤にして、ぶんぶん音がしそうなほど大きく手を振っていた。
1人で生きる人生も悪くないが、グエン様と2人で生きる未来はもっと悪くなさそうだという気持ちが私の中に大きく芽生えていた。
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