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リーシャ、悪寒がする。

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「おはようございます隊長!今日もいい天気ですね」

「──ああ、おはよう」
 
「やっぱり朝の鍛練の後は、美味しい朝食を愛する女性の側で食べられることほど幸せな事はありませんね。
 あ、サリーさんすみませんがご飯のお代わりお願いできますか?」
 
「かしこまりました」
 
 
「……なぁアナ、お前のとこまた家族が増えてないか?さっき挨拶されたが、若い男はよろしくないぞ。
 あ、ミルバ、みそ汁お代わり頼む。豆腐多めで」
 
「はい、少々お待ち下さいませ」
 
「ん?家族じゃないよまだ。お隣さんで、ルーシーの恋人さんだよ。ちなみにレイモンドも若い男だけど」
 
「俺はいいんだ。アナの将来の夫だからな」
 
「それ誰も相手がいなかった時の話だよね?……ルーシー、おかかのふりかけ欲しいんだけどー」
 
「今お持ち致します」
 
「誰もいないって……おいひどくないか?俺は基本的によそ見をしない人間だぞ」
 
「未来の国王さまなんだから、もっと広い視野を持つべきだと思うの」
 
「政治と結婚を一緒にするな。女に視野を広げてどうする。女なら見境がない国王になど国民がついてくるか。
 いいか、おれは一生ただ一人の女性をだな──」
 
「あ、ルーシーありがとう!やっぱりシメはこれじゃないとね。ねえレイモンド早く食べないと学校遅れるよ」
 
「あ、そうだった。済まない」
 
 
 
 ……我が家の朝食が結構なカオスである。
 
 
 
「独り暮らしの朝食なんて、パンと目玉焼きがあれば御の字みたいなもんですよ。寂しいですよねえ」
 
 などとグエンが言うので、カイルたちが、
 
「お隣さんだしルーシーの旦那さん(仮)なんだから、朝ご飯食べに来れば?どうせウチはよく家族以外にもレイモンド王子とか食べてるし。たまにジークライン王子も来たら必ず食べてるよ」
 
「え?レイモンド王子がいらしてるのですか?
 隣国のジークライン王子まで?
 いやぁ緊張するなあ……」
 
 とか言いながらも、ちゃっかり翌日からテーブルについて一緒に朝ご飯を食べて、仕事の日はダークと出勤していくようになった。
 
 
「伯爵家のご子息様なのに、何故ああも飄々と人の家のご飯をたかりに来るのでしょうか?」
 
 とルーシーが私に不思議で仕方ないと言うように聞いてくる。
 
「嫌ねえルーシーの近くに居たいからでしょ?
 それにたかりじゃないわよ。ちゃんと食費としては充分以上のお金を包んで来たもの」
 
 要らないと言ったのだが、シャインベック家の財政負担になる訳にはいかないしと強引に押しつけられた。
 
 考えてみたら実家は伯爵家だけど、我がシャインベック家は子爵家でグエンより格下なのだ。
 
 まあ気兼ねせずに来たいのだろうと有り難く頂戴する事にした。ルーシーが結婚しなければただ飯食らいのお隣さんなわけだし、特に良心は痛まない。

 
 レイモンド王子のところもナスターシャ妃殿下が、
 
「レイモンドがいつもごめんなさいねリーシャ」
 
 とお菓子だの米だの野菜だのとちょいちょい屋敷に届けて下さるので、正直我が家の食費はかなり潤っているのだが、それはそれこれはこれである。
 
 
 そして、仕事へ行かない休日は、ルーシーと手繋ぎらぶらぶデートをするのかと思いきや、どっちかの庭でルーシーと組手やら鍛練を行っている。
 
「グエン様は剣さばきは素晴らしいと思いますが、何も武器がない時の動きには迷いがございますよ、っと!」
 
「僕はタッパがないからどうしても剣のリーチに頼りがちなのは自覚してるん、だって!
 まだ武術はルーシーの方が上……だっ」
 
「まだ?まだと仰いましたか?赤い流星と呼ばれたわたくしにっ、そんなに簡単に勝てると、ふぅっ、思わないで下さいます、かっ!」
 
「あたたっ!いまのはかなり痛いよルーシー!恋人への手加減はどこっ、いったのさぁぁ」
 
「ほほほほっ、情けをかけられたいのなら素直に仰って下さいま、しっ!」
 
「そんなわけっ、あるかぁぁぁっ!」
 
 私がぼんやりとテラスでお茶を飲みながら眺めていると、お互いに回し蹴りだのかかと落としだの打撃だのを放っており、びしーだのばしーんだの、おおよそカップル同士が通常交わしてはいけないような擬音が行き交っている。
 
「……初々しさが欠片も見当たらないわ。荒々しいって言うか何て言うか。ゴ●ウとべジー●との戦いみたいになってるわよねアズキ」
 
「ンニャ?」
 
「ああ、アズキには分からないわよね。いいのよ年寄りの思い出話みたいなもんだから。
 ──あら、友達が来たわよ」
 
「ワフッ」
 
 バルゴがいつの間にか私の足下にいて、めっちゃ尻尾を振っている。
 
 気に入ったからなのか周囲に仲間がいないからなのか、ウチのアズキを始終舐め回し追いかけっこをし昼寝をしてたりする。
 
 今までせいぜい屋敷の庭の木に登って昼寝をしたり、ティーテーブルの椅子の上で寝てたり、芝生の上で寝てたり……まー屋敷の中も外も基本寝てる事が多いのだが、バルゴが遊びに誘うせいでちょっとだけ動き回る事が増えた。
 
「バルゴは熟女好きなのねえ。ウチの子体力あんまりないからほどほどの運動でお願いね」
 
「クゥン」
 
「ほらアズキ、遊んでらっしゃい。……こら寝た振りしてるんじゃないわよ。バルゴのお陰で一回りスリムになって動きが機敏……に見えなくもない感じになったんだから、健康の為にもたまには運動しなさいな」
 
「……ニュ……」
 
「くっ、肉球でチチを揉む色仕掛けとはやるわね。でもいくら肉球の感触が至高でも友達をないがしろにするのは──」
 
 背後から逞しい手が伸びて、びよーんとなった毛玉が芝生に置かれた。
 
 渋々といった感じでバルゴと消えていくのを見送ってから振り返ると、やはりダークだった。
 
「リーシャのチチを揉んでいいのは俺だけだ。例えメスでも警戒は怠るなリーシャ」
 
「その綺麗な顔と魅惑のバリトンボイスから出てくる台詞とは思えないほどのドエロい発言ね。
 ダーク、お帰りなさい。今日は早かったのね」
 
 頬にキスをして隣に座ったダークは、取り込んだ洗濯物を運んでいたミルバにお茶を頼んだ。
 
「だが事実だ。
 今日は来週いらっしゃるガレク王国御一行の警護の件でバタバタしてたが、書類仕事が少なかったのでな」
 
 ダークはミルバが運んできたダージリンティーを一口飲むと、ふぅ、と溜め息をついた。 
 
「ガレク王国って、アーデルハイドミレニアカリクバーンがある方とは反対側の……山を越えて2日ばかり行った所にある国よね? 貿易以外はガーランド国どころか余り余所の国とも付き合いがないイメージなのだけど、今回はどうしてまた此方へ?」
 
 
 アーデル国はジークライン王子のいる国だ。
 ガレク王国は陸続きで、かなり離れたところにあるがお隣の国である。むしろ船に乗って移動できる分アーデル国の方が近いような気がする。
 
 確か元々が狩猟民族だったとかで、毛皮や食肉、あとは楯や剣、槍などの武器や防具を輸出してた気がする。
 昔学校で習ったきりでうろ覚えだけど。

  
「いや、うちではなくアーデル国に用事があるんだ。
 あっちの船が大分ガタが来てるようでな、修繕ついでに新たに大きめのを一隻造るとかで、船大工をあちらに連れていくんだそうだ。ガレク王国の船は頑丈で長持ちするという話だし、船大工も腕がいいのが揃ってるんだろう。
 我が国では移動が長いから、船に乗る前に2、3日滞在して疲れを取るだけだ」
 
「そうなの、船がねえ……ジークライン王子が船を酷使してるせいじゃないかしらね。2ヶ月に1度はウチに来てるわよあの子」
 
 あの兄である変態……国王に待望の後継ぎが生まれたせいかギュンター国王もしっかりしてくれたようで、かなり仕事が楽になったと聞いた。
 
 しかし国交の名目で此方に来るのはいいが、滞在中はほぼウチでクロエと楽しそうにご飯を食べている姿しか見ていない。ちゃんと仕事してるのかしらね。
 
「まぁ数日の辛抱でしょ?それも中継地点なだけで。この国特に内乱もなくて平穏だし、そんなに神経質にならなくてもいいんじゃないの?」
 
「……国王と一緒に、面食いで有名な第1王子が付いてくるんだ。その上な、マークス義兄さんが今日俺を訪ねて執務室に現れた」
 
「……まあダーク、それ以上聞きたくないわ。イヤな予感しかしないの私。あら、アズキったらどこまで行ったのかし──」
 
 そろりと席を立ってダークから距離を取ろうとした私は、ダークにガシッと腕を掴まれた。
 
「俺だって言いたくない。
 でもな、リーシャの兄上だ。俺がその場で突っぱねられると思うか?」
 
「そこは突っぱねましょうよ愛する妻の為に」
 
 ますますイヤな予感が現実味を帯びるんだけど。
 
「……リーシャ様、どうされました?眉がへにゃりとしておりますわ」
 
 グエンとの鍛練を済ませたルーシーがタオルで汗を拭いながら戻ってきたが、私を見て少し焦った顔を見せた。
 
「へにゃりとしてるのは元からよ。ダークがろくでもない話を私にしようとしてるのよ。……ダークと言うよりマークス兄様の方だわね」
 
「……マークス様はまたリーシャ様を引っ張り出すおつもりでございますか旦那様?」
 
 ルーシーがダークを醒めた目で眺めた。
 
「いやっ、俺はな、俺は断ったんだ!だがな、義兄さんが土下座までしてくるので、話だけでもしますと約束せざるを得なかったんだ!信じてくれリーシャ!!」
 
 私はグイグイとひっついて泣きそうな顔をしているダークの背中を撫でて、溜め息がこぼれそうなのを我慢した。
 
 
「……とりあえず、話は中で聞くわ」
 
 

 
 
  
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