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レッツサバイバル!【5】

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【ダーク視点】


「…………俺の鼻がおかしくなったんだろうか…………何だかリーシャのバターチキンカレーの香りがする…………」

 枯れ枝をドサドサッ、と焚き火の近くに落としながら、俺は遠い目をした。

「おい大丈夫かダーク?
 いやまあ、確かに昨日今日とまともなメシが食えてねーけどよ」

 ヒューイが溜め息をつきながら枯れ枝を焚き火にくべていく。


 冬でもこの地域は火山が近くにあるためか殆ど雪が積もらないので、雪で狩りが思うように行かないと言うのではなく、今回は単純にウサギも豚も猪もなかなか見つからないのだ。

 雪はないが冷え込みがキツいせいだろうか。隊の奴らも食糧確保にはかなり苦労しているようだ。

 俺たちのように何度も参加していて、ある程度勝手が分かっている人間ですらそうなのだ。部下の奴らは言わずもがなである。
 みんなここ数日でゲッソリとやつれた。

 幸いホウレン草のような食用の雑草は豊富で、近くに川もあるので俺は木の枝を釣竿にし、縄をほぐして釣糸を作り、フォークを熱で曲げて釣り針代わりにして、小魚を釣っては焼くかスープにするかしていたが、俺のように釣りをしたことがある奴らは割と少ない。網を作って協力作業で魚を獲る者もいるが、鍛練で身体を酷使する上に、若く食べ盛りの奴が殆どなのだ、足りる訳がない。


 まあそんな訳で、食糧難は結構深刻だった。


 寒いテントの中で過ごすのも、やはりろくな食事をしてないので寒さが骨身に沁みる。


「あいつらが完全に体調を崩す前に早めに切り上げるか…………」

「そうだなー、俺らはまだいいが、初めての奴らもいるからなぁ」

 そんな話をしていると、遠くから馬車がかなりのスピードでやってくるのが見えた。

「…………なんだ?馬が暴走してるのか?」

 俺は咄嗟に立ち上がり、目を細めた。

 たまに耳に羽虫が飛び込んできたり、足を野獣に噛まれたりして驚いた馬が言うことを聞かなくなる事がある。

 いざとなったら中の人間を助けなければ、とヒューイと身構えていたら、近くまで来てスピードが落ちた。

「………ん?……おいあれ、アレックじゃね?」

「何だと?」

 …………本当だ。手を振ってる御者を見たらうちのアレックである。

 何故こんなに急いで…………まさか、俺の家族に何か?!

 ゆっくりと馬車が止まるのを待ちかねるように俺はアレックのところへ走った。

「指揮官どのーお疲れ様です~。相変わらず寒いっすねこっちは」

 アレックが身軽に馬車を降りて呑気に俺に声をかけ頭を下げた。

「どうしたアレック?リーシャや子供たちに何かあったのか?!」

 と焦って問いかけた。

「は?いえ別にいたってお元気ですけど」

「じゃあ何故っ、」

 と言いかけたところで、荷台からぽふ、と小さい影が降り、

「あ、父様だ!わぁい父様~っ!!」

 と最初に俺に飛びついて来たのはアナだった。

「…………っアナか?」

 驚いて呆然としていると、またぽとぽとと子供たちが荷台から降りてきて、次々と足やら腕やらにタックルして来た。

 そして、最後に降りてきたのはリーシャとルーシーである。状況が分からずまるで現実味がない。

 リーシャは俺の側までやってくると、すまなそうに笑いかけた。

「ダーク、ごめんなさいねお仕事中なのに。
 陣中見舞いにね、ダークの好きなバターチキンカレーを沢山作って持ってきたの。隊の方にも良かったらと思って…………でもいきなりで驚かせちゃったわよね。子供たちも来るって言うから何だか大所帯で…………」

 俺はヒューイにアイコンタクトをした。

「はいはい、お前ら父さんと母さんの邪魔になるからちょっとどいてくれよなー」

 とカイルやクロエたちを一緒にペリペリと剥がしてくれた。

 俺はリーシャを抱き締めた。

「リーシャ…………会いたかった…………俺の女神…………」

「あら奇遇ね。私もなのよ」

 リーシャが頭をぐりぐりと擦り寄せる俺を撫でながら抱き締め返した。

「ウチの旦那様ってば、無精髭もとんでもなくワイルドかつセクシーじゃないルーシー?──でもあげないわよ?」

「いえ全く要りませんが、それはさておき旦那様もヒューイ様も大分おやつれになっておられますね。まともな食事をされてないのではありませんか?」

 とルーシーが気遣ってくれた。

「お米も持ってきましたので、ご飯を炊いて、カレーを温めればすぐお食事に出来ますが、他の皆様は集まって下さったりする事は可能でございますか?出来ましたら手伝って頂けると助かるのですが」

 とルーシーが人気がない周りを見回すと、ヒューイが親指を立てて、

「あ、それは大丈夫。ちっと待ってて」

 と胸元から取り出したホイッスルを思いっきり吹いた。緊急時の集合用の笛だが、まあ手っ取り早く集めるのには便利だ。

 10分もすると、あちこちから薄汚れた隊員たちがゾンビのように集まってきた。

「シャインベック夫人の幻覚が…………」

「びいせんの女神だ…………女神に会えたということは、やはり俺はここで死ぬのか?」

「おかしい…………何かここにはない食い物の匂いがする…………」

「リトル女神までダブって見える…………もうダメかも知れん……」

 などとブツブツ呟く奴らを一喝し、

「ウチの妻がバターチキンカレーを陣中見舞いに持ってきてくれた。皆の分もあるんだが、2組に分かれて川から水を運んで来る人間と、米を炊くために鍋の用意と火をおこす人間に分かれろ。どうせ飯はまだ食えてないだろその様子じゃ」

 と苦笑した。幸いみんな荷物を担いで来ており、鍋もくくりつけてあった。

「カレー…………女神お手製のカレー…………」

「もう最後の晩餐でもいい………成仏前の聖女の晩餐…」

 一部不穏な呟きも聞こえたが、皆一斉に川へ行く者と火をおこす者に分かれ、流れるように動き出した。

 アレックがせっせと小分けにした米を袋に入れて隊員に渡していく。
 カイルも何か手伝わないとと思ったのか、一緒に米を渡すのを手伝いだした。
 ブレナンやクロエ、アナは別の袋を渡しつつ、

「こちらは食後のおやつにして下さい。クッキーとフィナンシェが入ってます。ウチの母様の作るものは本当に美味しくてですね、さささ、えんりょなさらずに」

「おにーさんたち、寒いなかごくろう様です」

「カレーもたくさんあるのよ。いっぱい食べて元気になってね」

 と空腹と疲労で殺伐とした空気を、持ち前のぽわんとしたゆるゆるの空気に強制変化させていた。

 ルーシーが穴を掘った所に小枝を入れて手早く火をおこし、リーシャがカレーの鍋をその上に乗せていく。

「リーシャ…………本当に助かった。今回はなかなか獲物が取れずにみんな苦労してたから」

 俺は座ってパタパタと火を煽っているリーシャの隣に座り、声をかけた。

「来た甲斐があったわねぇ。
本当はサバイバル訓練に食べ物を持っていくのはどうなのかしらと悩んでたんだけど、皆さんの様子を見ていたら結構悲惨な感じで、むしろ食べ物にしといて良かったわ」

 リーシャは俺を見てふわっと微笑むと、

「一番食べて欲しいのはダークだけど。今回はかなり美味しく出来たのよ?
 髭で最初はよく分からなかったけど、頬がこけてるじゃない。やあねもう、心配したわよ」

 と頬をサワサワした。

「食べ物も嬉しいが、リーシャと子供たちに会えたのが一番元気が出た」

 やはり俺の女神は元気の源である。

「私もダークが出かけてからよく眠れなくて……やっぱり私、抱き枕がないと寝られないタイプみたい。ダーク・シャインベック型限定だけど」

「そうか。俺もリーシャ・シャインベック型限定の抱き枕がないとよく眠れない」

「良かったわね、お互い限定品があって………うぅ寒い……鼻水出そう」

 すりすりと肩を寄せてくるウチの奥さんがもう死ぬほど可愛い。

「…………すまんが、余り煽らないで欲しい…………」

 ただでさえ強制的にリーシャ断ちしていた状態なのだ。飢餓状態といっても過言ではないのに、このままではかなりまずいことになる。

「………ごめん、今のどこに煽る要素があったの?しばれるねぇ、って言う年寄りの愚痴みたいなもんじゃないの」

「久しぶり過ぎて頭がおかしくなりそうなんだ。このままだと人目もはばからず押し倒してしまいそうで…………」

 リーシャがビクッとして少し離れた。
 

「ねえルーシー、ウチの旦那様、セクシーダイナマイトなフェロモン垂れ流しのイケメンの癖に、ちょっと変態だったわ」

 カレーをかき回していたルーシーが振り返り、

「ご存知なかったのですか?旦那様はリーシャ様に対しては変態、執着、粘着フルコンボのストーカーでございますよ」

「おい、ひどいなルーシー!」

「間違っておりましたら謝罪致しますが」

「概ね間違ってないが、オブラートというものがあるだろう」

「変態をオブラートに包んだところで、真っ裸にコートみたいなモノでございます。一見分かりにくくなっただけの変態ならば、オープンにカミングアウトされた方が後々のためでもありますし」

「…………それもそうだな」

「ちょっと待って。そんなカミングアウト要らないんだけれど私」

「リーシャ、大丈夫だ。リーシャ以外にはごく真っ当なモラルのある一般人だから」

「ダークもルーシーに流されてるんじゃないわよ。私にもモラルを持ちましょうよ」

「リーシャ様が把握していれば問題はございません。我が家の変態は我が家で管理。
 流出さえしなければいいだけですので簡単な話です。リーシャ様も旦那様しか興味がないどエロ小説家でマンガ描きの腐女子なのですから、行ってこいでチャラではございませんか」

「…………まあそうね。流出しなければいいんだものね?」

「左様でございます」

「そうだ」

 分かったようにふんふん頷くリーシャに、相変わらずなんてチョロくて可愛いんだろうかと心が震えた。このままでは本当に押し倒してしまいそうで視線を逸らした。

「うおーい、そろそろみんなの飯が炊ける感じだぞー。カレーもそろそろ温まったかあ?」

 ヒューイが俺に大声で呼び掛けた。
 ルーシーを見ると指でOKのサインをした。

「みんな自分の器に飯だけ持ってこっちに並べと伝えてくれ。俺たちがカレーを盛るから」

 同じく大声で返すと、腕で大きく○を作って部下のところへ走っていった。



 とりあえずは飯を食べよう。



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