上 下
186 / 256

サバイバル訓練。

しおりを挟む
 ダークへのサプライズ。

 と言っても大したことではないのだが、彼はあと3日後に、隣町のプルプル町の近くの山間に出掛ける。

 そこで野営をしながら行われる、騎士団の2年に一度の恒例行事である『サバイバル訓練』に参加する事になっているのだ。

 期間は1週間。

 本来ならば、ダークもヒューイも騎士団の実務のトップと副官の立場なので出る必要はなかったのだが、第一部隊の隊長が定年で退職し、次を決める前に第四部隊の隊長までが先月休暇中に馬から落馬して骨盤を骨折したとかで引率者が足りなくなってしまったのだ。


「リーシャや子供たちと2日以上離れてたら俺は死ぬ。絶対イヤだ」

 とヒューイを困らせるほど頑なに拒んでいたらしいが、王宮で働くマークス兄様がしびれを切らせたのか、わざわざ詰め所までやって来て、

「ライリー殿下が『大変かとは思うが、2年に1度しかない事だから頑張って務めを果たしてきて欲しい。戻ってきたら是非とも訓練の成果報告が欲しい』って仰っておられた」

 と伝言を伝えて帰っていったらしい。

 要は、『ウダウダ言ってねぇで諦めて行けよ仕事だろうが。この子煩悩の嫁バカめが』という事だろう。


 ただ、確かにここ数年でジークライン王子の住む隣国ではなく、ガーランド国を挟んで反対側にあるガレク王国がどうもキナ臭い、と私はナスターシャ妃殿下のお茶会で先日聞いていた。

 この国とは外交上の付き合いしか無いらしいのだが、内紛がちょこちょこ発生してるようで、国がざわついているとのこと。

 まあ行かないから個人的にはどうでもいいのだが、騎士団は国の護り手だし、万が一こちらにとばっちりが来ないとも限らない。腕が鈍らないよう鍛えるのに越したことはないらしい。

 ここのところ、第一、第二部隊も訓練を熱心にやるような人間が増えたようなので、サバイバル訓練は力の底上げには願ってもないモノなのだろう。


 私としては、ダークに何かあったらと思うと気が気じゃないのだが、本人曰く、

「国を護るのは家族を護る事に繋がるし、自分の得意な事が役立つのは光栄なことだと思う」

 らしい。だが、まだ争いも起きてないのに離れたままで過ごすのは違う気がする、と私や子供たちから離れたところに行くのを嫌がるのだ。

 それはそれ、これはこれの理論である。


 まあそんなわけで、諦めてヒューイさんと一緒に行く事になったのだが、未だに

「気が重い………」

 と呟きながらも、補給するつもりなのか私や子供たちとなるべく一緒に居たがる。


 そして、私とルーシーは考えたのだ。

 4日目か5日目の一番疲れがピークになる辺りで陣中見舞いに行って驚かせようと。

 ………まあ本音を言えば、私も寂しいからなのだけど。



「だってねルーシー、私ダークと結婚してからそんなに離れていたことないのよ?ほぼ生まれてから結婚までの時期と近い位ダークといるのよ。16年だもの」

「はぁ、左様でございますか」

「………何かしらねその雑な相槌は」

「いえお幸せそうで何よりでございますよね。わたくしもリーシャ様にお仕えするようになってから四半世紀を越え、27年になるもので、まだ16年か、と」

「だから何でさりげなくマウント取ろうとするのかしら。
 ………でもそうねぇ、考えたら、3歳の時から一緒にいるものね。本当にいつも側にいてくれてありがとうルーシー。貴女がいてくれたから、私はこんなに………こんなに……腐女子度が上がったような気がするわ」

「おや、感謝の言葉を下さるのかと思ったらディスられましたか。油断していたわたくしのハートは傷だらけでございます」

「いえ、感謝してないワケじゃないのよ勿論!
 でも今思えば小説もマンガもルーシーが見なければ、少し隠れた趣味をもつだけのごくありふれた普通の子爵夫人だったのかな、と」

「リーシャ様」

「何よ?」

「文才、画才というのは神様からのギフトでございます。それをわたくしの胸ひとつに収めておくなど出来よう筈もございませんでしょう?」

「………でも、それほど大袈裟なものでもないと思うんだけれど」

 前世でプロにもなれず同人誌で描いてた程度の人間の作品なんかを神のギフト扱いするとかバチが当たるぞ。

「いいえ!わたくしにはすぐに分かりましたわ、『ああ、リーシャ様は何をされても万能なのだ』と」

「ちょ、まっ」

「只でさえ美しさも比類なきレベルに達しているのに、溢れんばかりの愛を表現する才能、そして表現力!!初めて作品を読んだ時に、一生を捧げても悔いはないと感じたのです。リーシャ様は生涯わたくしのミューズでありヴィーナスでございます!」

 知的活動を司る神に、愛と美の女神まで持ち込んで攻撃を仕掛けて来られた。先日ギリシャ神話の話をしたせいなのか。

 私はうずくまり耳を押さえながら、

「私が悪かったわ!ごめんなさい!お願いだからもう止めてぇぇ」

 と泣きそうな声でルーシーに訴えた。

「………まだ全く語り尽くせておりませんが、ご自身がそれだけすごい方なのだと分かって下されば良いのです。お分かりいただけましたかリーシャ様?」

 そんなこと一欠片も思っちゃいないがとりあえずコクコク頷いておいた。

 首を横に振った時点で、小さな頃から私がいかにお姫様のような愛らしさと美貌で自分の心臓をわし掴みにしたか、という壮大な誇大妄想ストーリーが語られ出してしまう。そして始まると軽く1時間は終わらないのである。

 前世の話を打ち明けてから、ちょくちょくあちらの世界の話をしてるものだから、勝手に自分のボキャブラリーの引き出しを増やしまくっているルーシーは、なまじ頭が良いだけにたちが悪い。

 純日本人の魂(ソウル)を持つ私には、過ぎた褒め殺しは身の置き所がなくなるのも絶対に分かってやっている。

 もうやだこの子。諭す時も褒める時も、私の羞恥心をいつも的確にぐりぐり抉(えぐ)るんだもの。

「ご理解いただけたなら良いのです。腐女子であろうとなかろうとリーシャ様は常に頂点ですから、気になさる必要はございません」

 ルーシーが少しずれた眼鏡を直しながら少し口角を上げた。相変わらず無表情に見えるが興奮し過ぎたのであろう。

「まあそれはともかくとして、陣中見舞いの話なんだけれどね、隊の皆さんにも差し入れた方が角が立たないと思うのよ。でね………」

 私は軌道修正し、ルーシーと仕事のスケジュールの調整を練る。



 そんなこんなしているうちに部活動で作ったクッキーを持ってクロエが戻り、練習を終えたアナやブレナンも帰ってきて、アナたちが私に新しい新技の【ゾンビダンス】を披露するのをクロエとクッキーをつまんで見ていると、ダークが仕事から戻ってきて、まずい食事の支度がまだだったと立ち上がった。


 子供が大きくなれば変わるかと思ったが、成長しても何だか兼業主婦と言うのは慌ただしいモノである。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を言われようとこの方々と結婚致します!

おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。 ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。 そんな私にはある秘密があります。 それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。 まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。 前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆! もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。 そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。 16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」 え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。 そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね? ……うん!お断りします! でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし! 自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】世界一醜い男の奴隷として生きていく

鈴元 香奈
恋愛
憧れていた幼馴染の容赦のない言葉を聞いてしまい逃げ出した杏は、トラックとぶつかると思った途端に気を失ってしまった。 そして、目が覚めた時には見知らぬ森に立っていた。 その森は禁戒の森と呼ばれ、侵入者は死罪となる決まりがあった。 杏は世界一醜い男の性奴隷となるか、死罪となるかの選択を迫られた。 性的表現が含まれています。十八歳未満の方は閲覧をお控えください。 ムーンライトノベルスさんにも投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...