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リーシャ、三十路になる。

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 月日は結構な早さで流れるものだ。


 10代までは、次の日が来るのが待ち遠しく感じられるほど遅かったのに、20代になってからは、毎日がびっくりするほど早く過ぎていく。

 10代が鈍行列車だとすれば、20代は急行。30代は特急だろうか。

 この様子では40代、50代になったら新幹線レベルの速度になってしまいそうで恐ろしい。


 何だかんだと我が家に訪れるトラブルを振り払っているうちに、私もとうとう30になった。三十路である。


 一番末っ子のアナとクロエも8歳になり、ブレナンは10歳に、長男のカイルは11歳になった。

 4人全員が学校に上がったことで、『シャインベックのフォアローゼズ』という恥ずかしい通り名がまた復活しており、人の口から当たり前のように語られるのが居たたまれない。

 だからウチの子はバーボンでも植物でもねぇっつーの。

 子供たちは成長して、カイルやブレナンのように髪や瞳の色こそダークから受け継いだ子もいるが、顔のパーツは私の大和民族の血が益々色濃く出て来ている。

 そして、それはどういう意味かと言うと、【ばっかみたいにモテる】のである。





「母様ただいま~」

 カイルがいつも真っ先に戻ってくる。
 アレックと剣の鍛練をする為だ。
 やはり、ダークの影響なのか騎士団に入りたいという想いは未だ変わらない。


 ブレナンとアナは感謝祭でのダンスが性に合ったのか、学校で『組みダンス部』なるモノを作り、他の子供たちとカンカンと棒を鳴らしながら踊っている。

 EXI●Eばりに部員の人数が増えてきたせいか、どんどん技のレパートリーとクオリティが上がっており、とっくに運動能力の限界でリタイアした元師匠の私は、たまに新技のアドバイスをするのみの名誉顧問である。

 現在では、毎年恒例となった感謝祭の組みダンス競技では優勝候補の常連となっている。

 何かいいチーム名はないか、と相談されて、ちょうど部員数が48人だったので【MM(マーブルマーブル)48】とか冗談で言ってみたら本当につけたので驚いたが、まあ前世ネタなど分かるまい。

 強豪チームになった影響から、隣町でも【プルプル32】やら【ベルベル17】などという類似名のチームも発生して、感謝祭以外での組みダンスイベントなども活発に行われている。

 世の中の「売れてるものに乗っかろう」精神と言うのは、どこの世界でもあまり変わらないようである。

 ………ていうか、余り広がって欲しくないんだけども。


 クロエはと言えば、相変わらずジークライン王子一筋で、『料理部』に入り日々の花嫁修業に余念がない。

 時々家でもダークが休みの日に作ってくれたりするが、なかなかの腕前である。

「………美味しいのに複雑な気持ちになる」

 とダークが切なそうに呟いているが、まあ娘というのはいずれは嫁に行くものなのである。


 先日、あの変態ギュンター王子がとうとう結婚を決めた、という報告の手紙を貰い、ダークと浮かれ気分でこの国の『子沢山祈願』の御守り(ラピスラズリみたいな綺麗な石である)を購入し、ジークライン王子に託しておいた。

 これでポコポコ王子が生まれてくれたらめっけものである。




「お帰りなさいカイル。………今日は随分とまた荷物が多いわね」

 私は苦笑しつつカイルから袋を受け取った。

「うん。なんか、母様か父様に見せてくれって渡されたんだ」

「そうなの」

 袋の中を覗くと案の定、釣書が幾つも入っている。

 だから11歳の子供に縁談を勧めてんじゃねえ。保護者出てこい。


「カイルは誰か学校で可愛いなと思う子はいないの?」

 ルーシーが運んできたアイスティーを飲みながら、カイルはうーん、と首を捻る。

「僕は、今は剣の稽古の方が楽しいし、強くなりたいから。それに特に気になる子もいないし」

 カイルはダークと同じでコツコツ努力するタイプである。

 また、自分がモテてることにも、鈍感なのでイマイチ分かってない。というか興味がない。

 今はひたすらダークと戦っても遜色ないレベルにまで剣術を向上させる事しか頭にないらしい。

 まあ30年以上剣の鍛練を続けているダークに敵うにはまだ相当先の事だと思うが、騎士団の戦力が高まるのは良いことだ。

「じゃ、アレックのとこに行ってくる」

「はいはーい、頑張ってねー」

 カイルを見送ると、私はルーシーに、

「あの子、ほんと真面目よねえ」

 と囁いた。

「左様でございますね。間違いなく性格は旦那様のDNAでございましょう」

「………あら。私がまるで真面目じゃないとでも言いたいのかしらね」

「申し訳ございません。わたくしの真面目の定義とリーシャ様の真面目の定義のすり合わせが必要かと思われます。
 アレでございますか?
 いきなり執筆中に立ち上がって、
『壁ドンよりももっとときめくシチュエーションが絶対あるはずなのよ!』
 とか言って、床ドンだの、壁ドンからの肘ドンからのデコチューだの後ろからのハグだのと、私やサリーに萌えのシチュエーションを夜中まで延々と語らせた事でしょうか?………あ、それとも、
『もう無理ぽ。私には物書きの才能なんかなかったのよ………引退してラーメン屋でもする事に決めたわ』とか言って締切間近でささくれだったわたくし共の心にイナズマ湯切りのやり方をレクチャーして下さった事でしょうか?ああ、それともーー」

「いえそこまでで結構よ。どうして本人すら忘れかけてる事をしっかり台詞まで一言一句覚えてるのかしらね貴女は」

「記憶力が良くありませんと、リーシャ様に求められている複数の仕事をこなせないもので。まあ自然に鍛えられたと申しますか必須科目みたいな感じでございますね」

「爽やかに嫌味を盛り込むセンスまで鍛えられてるみたいだけれど、休みもろくに取らないで働いてるのはルーシーだわよ?
 だから何度も後継者を育てなさい、せめて右腕になるような子を見つけなさいと言ってるじゃないの」

「ですから何度もお伝えしてるじゃありませんか。試しに鍛えようとして護身術から教えたら3日ももたずに辞めた子以外、紹介所からろくな子を斡旋してくれないので諦めたと」

「だからルーシーの求めるハードルが高過ぎるのよ。なんで子爵家のヒッキーな奥様付きのメイドに護身術と解錠術が必要なのよ。そら斡旋しづらいでしょうよ向こうだって」

「リーシャ様、ご自身がサラッと拐われたりしたのをお忘れで?」

「………いや、あの、でももう30だし私」

「馬鹿な事を仰らないで下さい。『リーシャ様は20代から全く年を取ってないように思える』『女神なんだから年なんか取らないんだ』『見るたびに美しさが増している』『マーブルマーブルの奇跡』とそれはもう町中で聞く噂は絶える事なくございま………ですからサブイボ立てるのはお止め下さい。ホラーな話ではないのです」

「………アズキ~?誰の話をしてるんだろうねぇルーシーは。オイチャンちっとも分からないよぅ」

 私は足元で短い手足を伸ばして寝ていたアズキを抱き上げた。

「………ンニャ」

「アズキも分からないかい?そーだろそーだろ?え?肉球触らせてくれるのかい?悪いねえチップは弾むからね。マタタビボーロでいいかい?」

「ニャ」

 ニギニギと肉球を揉みながら、ルーシーを見た。

「もうそんな話はいいわ。それよりダークへのサプライズの話をしましょう」

 

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