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リーシャ、ダンスコーチまでやる事になる。

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【ダーク視点】


「………………ふぅ………」

 俺は、執務室の椅子に腰掛けて、天井を睨みながらいつの間にか溜め息をついていたらしい。

「おい、なんだよ溜め息なんかついて。まーた奥さんが可愛すぎててツラいとか悶える痛いオッサンになってるのか?」

 いつものように勝手に入り込んでコーヒーを飲んでいたヒューイは、呆れたような顔で俺を見ていた。

「痛いオッサンは止めろ。それにリーシャが可愛いのはエンドレス&エターナルだ。そうでなくてだな、感謝祭の事だ」

「感謝祭?来月のだろ?俺はもう有休取ったもんねー♪シャーロッテの応援と、俺も100メートル走と綱引きに出るんだもんねー。
 ………え、やだ、お前まさか休み取れなかったとか?」

「そんなものはまだポスターが出回る前に取ってる。感謝祭の翌日まで」

「………うん。だろうな。
 いや今回は大人競技が休みの日で良かったよな。第一、第二からもかなり出るらしいが、第三、第四部隊の人間なんて、年寄り以外はほぼ全員参加だもんなあ。
 子供競技の日の有休取得は抽選になったらしいぜ」

「そうなのか」

「本当は、上のもんが率先して休みを取るのはどうなのかとも思うがよ、家族の為だし何より面白そうだ。リーシャちゃんていつもほんと楽しそうな事を思いつくよなー」


 どうやらリーシャの言う前世の世界では、様々な娯楽があったようだ。

 『流れる音楽に合わせて歌えるカラオケという機械』だの、『腰に太いゴムを巻いて高い所からぽーんと飛び降りるバンジージャンプ』『すごいスピードで線路を走り回るジェットコースター』『ネズミや熊や犬やブタの着ぐるみ(ぬいぐるみの中に人が入れるらしい)をつけたキャラクターが歌ったり踊ったりしている子供と大人の遊び場』などなど、説明を聞いてるだけだと何が面白いのかよく分からないものもあるが、とにかくビックリするような数の遊びがあり、祭典も運動や格闘技、歌やアートなど各ジャンルにあって、むしろ飽きてしまうほどだったという。


 今回俺が出る「借り物競争」というのも、学校に通う子供たちが毎年運動会でやっていたものらしい。

 スタートして中間地点のテーブルにある【お題】の品物を観客から借り受けて、ゴールする順位を競うという競技だ。
 基本、借り物競争の間は観客側も貸すのを断ってはいけないのがルールらしい。
 
 楽しそうだと思い、参加は1つしか駄目だとリーシャが言うのでこれを選んだが、練習の仕方がイマイチ分からない。

 走り込みは大事だろう、といつもより早く起きて、鍛練の前に屋敷の周りを10周している。

 元から運動は苦にならない。むしろ汗をかくのは気持ちいい。

 だが借り物。これはその時のお題で変わるので、練習と言っても何をすればいいのかさっぱりなのだ。

 どうせ出るなら1位を取ってリーシャに誉めてもらいたい。
 だが練習のやりようがないせいで、せいぜい走り込みしか出来ないのである。

 
「………ほおーん。またどーでもいい事で悩んでるんだなーお前は」

 ヒューイに相談してみたが、笑われた。

「どうでも良くないだろう」

「ビリっけつになってもリーシャちゃんはお前の事を嫌いにはならないぞ?」

「分かってるさそんなことは。でも良いところ見せたいじゃないか!」

 うちの奥さんは本当に綺麗で優しくて、俺を丸ごと受け入れてくれる。
 俺のような不細工で気の利いたセリフ1つ言えない武骨な男には勿体ない女性だといつも思う。

 だからこそ、隣にいてもいい位に何かしら出来る男だ、という事を周囲に見せつけたいと思う男心なのである。

「そもそも何でじゃあ借り物競争にしたんだよ」

「いや、楽しそうだろ?だって」

「だからよー、分かりやすく勝ちたいなら、100メートル走とか分かりやすいモノがあっただろうがよ」

「………あっ………!」

「な?だから悩むとこ間違ってんだよダークは根本的に。
 楽しそうだからその種目選んだんだろ?だったら楽しめばいいじゃん。種目考えたリーシャちゃんにとってもその方が嬉しいんじゃねーの?」

「そうか………」

 鍛えようがないのは、それが単純にお題の運頼みの競争だからだ。

 勝ちたいのは山々だが、他の人間も取るお題によっては楽だったり大変だったりする。

 そうか。素直に楽しめばいいのか。

「大体な、クソ真面目なお前が『面白そうだ』っていう理由で競技を選んだ事の方が俺はスゴいと思うぞ。
 いやーリーシャちゃんの影響力はすげーなマジで。
 ガチガチだったダークがこんなに頭が柔らかくなるとはねえ。結婚してから本当に変わったぞダークは」

「そう、だろうか?」

「いい結婚をしたんだろ?つまりは。奥さんからいい影響受けてるって事だよ。
 前からモテモテだった俺ですら、結婚してから当たりがより優しくなったとか、思いやりがあるとか言われるようになったからな」

「………今のはノロケか?」

「分かる?なー、ほら!そういうのが昔は全然分からなかっただろお前は?今は突っ込める位にすぐ分かってくれるじゃん。ようはな、お前は幸せだって事だよ」

「幸せ………」

 俺はリーシャのお陰でとても幸せだ。
 だが、それが内面にまで影響していたのか。

「すごいなうちの奥さんは」

「そ。妻は偉大なのよ。だから大切にしてあげろよ」

「自分より大切にしてる」

「アホか。自分を粗末にする奴が相手を大切に出来るか。自分を大切にした上で相手を大切にするんだよ」

「ヒューイは時々難しい事を言うな」

 俺は眉を寄せた。

「その辺はまだ頭が固いな。
 だからな、例えばリーシャちゃんがお前を庇って怪我したら、お前は辛いだろ?」

「当然だろう。耐えられん」

「リーシャちゃんも同じだと思うぞ。自分を庇ってお前が怪我したらめちゃくちゃ悲しむし泣くぞ。自己犠牲の精神ってのは、結局は自己満足だからな。愛してる相手にゃ嬉しいもんじゃねーよ。だから自分を大切にしろっつってんだよ」

「………分かった。時々俺よりも年上な気がするなヒューイは」

「おい俺をオッサンにするんじゃねえ」

「だがアラフォーは充分オッサンだぞ?」

「30代と40代は違うんだよ!微中年と中年には広くて深ぁい川がある」

「………………」

「………あ。指揮官どのはもう40でしたか。いや失礼しました!でもまだ前半の間は微中年枠に入れて差し上げますよ?」

「二度とコーヒー飲ませてやらん」

「あー、大人げないなー。そーゆうのリーシャちゃんも嫌じゃないかなー」

「………くっ。ああ言えばこう言う」

 少々ムカついて俺は帰り支度を始めた。

「おや?帰るにはまだ30分ほど早いんじゃないですか指揮官どのー?」

「微中年の顔を眺めてるより、可愛い妻の顔を眺めて心を癒したい」

「いや毎日癒やされてるべ」

「足りない。後片付けは頼むぞ」

「へいへい。コーヒーのお礼だからな。お疲れ~」

 ひらひらと手を振るヒューイを執務室に残し、俺は家路を急ぐ。


 ああ、愛するリーシャを抱き締めたい。




 しかし、屋敷に戻ると何故か、リーシャがレイモンド王子と子供たちにダメだしをしながら不思議な踊りをしていたので、あまやかな感情が驚きでどっかへ吹っ飛んでしまった。

「違うのよ!流れるように腕を回すの。こうよ!」

「「「「「はいコーチ!」」」」」

 何やら赤く塗った棒やら青く塗った棒を持った腕をグルグル振り回しながら、子供たちが言われた通りに1、2、3、4、1、2、3、4とテンポ良く踊っている。

 今まで見たことがないような、しかし思わず見入ってしまうような興味深いダンスだった。

「おい、リーシャ?」

 手拍子をしていたリーシャは振り向くと、汗だくであった。

「はうっ!ダークが帰ってくるまでにお風呂に入ろうと思ってたのに何でこんなに早いのよぅ。お帰りなさい。
 でもお願い今は来ないで汗臭いからー!
 みんな今日はここまでよー」

 そう言うとさささーっと2階の風呂へ消えていった。

「はーいコーチ!」

 子供たちも返事をするとゼイゼイ息を荒くしてうずくまった。
 彼らもミルバやサリー、アレックに1階の風呂場へ運ばれていった。

 側にいたルーシーに、

「これは………組みダンスなのか?何だかやたらとハードな感じだが」

 と尋ねた。

「坊っちゃま方が、どうもいいダンス案が浮かばないという事で、リーシャ様に助けを求めまして。
 前世の『おたげー』なるダンスが良いのではと言う事で、必死に思い出してご教授していたようでございます。
 わたくしも初めて見るようなダンスですが、躍動感と一体感がとても素晴らしいのです。流石リーシャ様は、何をやらせても一流でございます」

「あの棒は?」

「マカランが枝を切ってヤスリをかけたものに色を塗りました。本来ですと、自動で色んな色に光るライトのようなモノらしいのですが、なにぶんこちらにはないものなので代用で。
 これがまた、動きに合わせて回したり鳴らしたりするので、目が離せませんわ」

 ルーシーがいそいそと落ちている棒を集めて箱にしまう。

「それにしても、リーシャ様が以前過ごされた国は、よほど文化の発展した国だったのですね。わたくしいつも驚かされてばかりでございます」

「俺もだ」


 しかし、ウチの奥さんは本当に何でも出来てしまうんだな。尊敬する。


 感心していると、居間のソファーで寝ていたアズキが出迎えのつもりなのか、

「ニャ」

 と鳴きながら足にすりすりしてきた。

「アズキ、お前のママはすごい人だろう?パパも頑張らないとなぁ」

「ンニャ」

「ん?俺も頑張ってるか?いやまだまだ足りないな」

 撫でながらアズキに話しかけていると、

「旦那様もリーシャ様に年々似て来られましたわね、行動パターンが」

 とルーシーが苦笑した。

「そうか?」

 そう返しながらも、何だか嬉しいようなくすぐったいような気持ちで俺は寝室へ着替えに向かうのだった。



 
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