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ジークライン、翻弄される。
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【ジークライン視点】
僕はシャインベック家へ向かう馬車に揺られながら、ずっとクロエの事を考えていた。
リーシャさんの舞台は本当に楽しくて、リーシャさんも綺麗で、素晴らしいものだったが、なんといってもクロエの出ている舞台は別格だった。
子供たちの舞台だからと舐めていた。
カイルたちも皆演技力が半端ない。
シャインベック家では何かしらの英才教育でも施しているのだろうか?
あの完成された顔立ちのフォアローゼズは頭も良く、カイルやアナは剣も学んでいるし、ブレナンとクロエは絵が上手い。台本の手直しをしたのも主にブレナンだと言っていた。
時々ミステリアスな踊りをする以外は、恐ろしく完成度の高い子供たちなのである。
昨日の昼食では僕がうっかりリーシャさんの事を褒めるような台詞を口にしたせいで、クロエが泣きそうになってしまった。
慌てて弁解して機嫌を直してもらったが、もしやあれは嫉妬なのだろうか。
「クロエはジークライン様の事をかなりお慕いしてますから、その気がなければ早めに諦めさせて下さいね」
とリーシャさんが言っていたが、冗談じゃない。
あんなに可愛いクロエが、不細工な僕を「綺麗」と言って手をにぎにぎしてくれるのだ。この幸せを他の誰かに渡すなんて考えられない。
僕は女性から好意を向けられるなんて、そんな幸せは一生訪れないものだと思っていた。
曲がりなりにも王族だから結婚したければそれは可能だろう。
だが、泣いて嫌がる貴族の女性と政略結婚でもさせられるぐらいなら、一生独身でいい。それで終わる虚しい人生だと小さな頃から諦めていた。
「クロエはジークラインさまのおよめさんになりたいです」
と、ポポポっと顔を赤らめて手をにぎにぎして来たときには、死ぬかと思うほど心臓が高鳴った。
子供の冗談だと思い込もうとしたが、リーシャさんが嘘を言うわけはないし、クロエは本当に僕の事を慕ってくれているように思える。
僕は、夢を見てもいいんだろうか。
まだまだ幼いクロエだけれど、本当に大人になったら、僕の所へお嫁に来てくれるのだろうか。
昨日の舞台でクロエからのキスを頬へ受けていたカイルに、ちょっとイラっとしてしまうような大人げない僕の所へ。
「おはようございますジークラインさま!」
シャインベック家に到着すると、可愛らしいピンクのワンピースを着たクロエが、僕を見つけてパタパタと走って来た。
「これからあさごはんなの。かーさまのごはんはおいしいからいっしょにたべましょ?」
そう言うと、僕の手を引っ張って食堂へ案内してくれた。
「おはようございますジークライン様」
昨夜の舞台の疲れが出ているのか、スープ皿を運んでいたリーシャさんはひどく気だるげだった。
「さあ、どうぞクロエの隣の席へ」
やたらと艶やかな顔のシャインベック指揮官が、ご機嫌な声で声をかけてくれた。
表情があまり変わらないが、目元は柔らかなので怒っている訳ではないと思う。
「すみません朝早くから」
「いえいえ、午後の最終の船便で戻られるのでしょう?公務でお忙しい所を娘のために時間を作って下さり感謝しております」
腰掛けた僕の前にリーシャさんがスープ皿を置き笑いかけた。
「僕、いえ私は兄ほど忙しくはないのですが」
若輩者と軽く見られないように、仕事でもなるべく「私」を使うようにしているのだが、どうもこの人たちといると気が抜けて地の「僕」が出てきてしまう。
「宜しいのではないですか?お国に帰られるまでは【僕】でも」
指揮官が口角を上げている。恐らくこれが彼の笑顔なのだろう。
「でも、子供っぽいですよね?」
「まだ23ではございませんか。
無理して自分の呼び方を変える必要もないでしょう?公務ではないのですから」
「そう、そうですね。じゃあ僕で!」
いそいそといい香りのするスープを口に運ぶ。
「………美味しいですね、このスープ」
「クラムチャウダーはお気に召して?ふふふ、私の得意なスープですのよ」
リーシャさんがニコニコと自分もスープを口にする。
この家では貴族なのにリーシャさん自ら料理をすることが多いそうだ。単純に料理が好きらしい。
旦那様にお弁当を作るのもリーシャさんがしているとか。なんて羨ましい。
「クロエもこれだいすきなの。ジークラインさまもすきなら、かーさまにつくりかたおしえてもらいますね」
パンをスープに浸して食べていたクロエも、ニコニコとご機嫌だ。
実際に食べられるのは10年以上は先だろうが、嬉しいものは嬉しい。
「そうだね。クロエの料理、楽しみにしているよ」
頭を撫でると、照れ照れとしながら頷いた。
僕は決してロリ●ンではないが、本当に愛らしくて、抱き締めたくなる誘惑が強烈である。
※ ※ ※
「それでは、明るい時間にキチンとお送りしますので」
「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」
僕とクロエは、一緒に馬車へ乗り込んだ。
今日は天気がいいので昼間は公園の芝生で食べると気持ちいいですわ、とリーシャさんがランチまで用意してくれた。
「ジークラインさま、きょうのかっこうはかわいいですか?」
クロエが自分のワンピースを広げて見せる。
「可愛いよ。でも何を着ててもクロエは可愛いけどね」
クロエが真っ赤になって、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
ほんとくっそ可愛いな。
「あとね、僕、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「ジークって呼んでくれると嬉しいな」
母様しかその愛称は呼んでくれなかったけど。
「ジークさま?」
「さまはいらないけど、まあいきなり呼び捨ては難しいよね。うん、いいよジークさまで。その方が仲良しな感じだろう?」
「はい!」
心がほんのり温かくなる。
今日は、クロエに何かプレゼントをしたかった。それも身に付けられるものを。
昨日の舞台で実感した。
売約済である事を早めにアピールしておかないと、どこぞのクソガキにクロエが奪われてしまう。
「クロエ、髪飾りとか、何か欲しいものはある?何かプレゼントしたいなと思って。なかなか頻繁には会いに来られないから、それを見るたびに僕を思い出して欲しいんだ」
町の中心地に到着すると、僕はクロエを抱っこして歩き出す。
自分でも4歳の女の子に何を言ってるんだという自覚はある。でも、未来の妻になって貰うのだ。少し位は独占欲を満たしてもいいじゃないかとも思う。
この年までずっと、そんな思いすら存在しなかったのだから。
「うーんと、ジークさまとおそろいのがいいです」
クロエが僕を見上げて「わぁ、ちかい」と顔を逸らした。
「近いとダメなのかい?」
「ちかくでみてもキレーだから、ドキドキします」
ヤバい。本当にヤバいぞ。
何だろうこの妖精か天使のような生き物は。
「あはははっ、クロエにそう言ってもらえるとすごく嬉しいけど、他の人からみたら僕はかっこ悪いと思うよ?」
自虐気味に告げると、クロエがキョトンとして、
「そうなんですね。それはよかったです」
とうなずいた。
「何がいいの?」
「え?だって、そしたらジークさまとられないでしょう?わたしがおおきくなるまで」
心配しないで済みますね、と言われ、不覚にもキュンと胸が締め付けられる。
「ねえクロエ。………今はさ、クロエは僕の事を格好いいお兄さんだと思ってくれてるかも知れないけど、クロエが大人になるって事は、僕もトシを取るんだよ?お兄さんじゃなくてオジサンって言われるような年齢になるんだ」
「そーですね。クロエがけっこんできるころには、ジークさまはいまのとーさまくらいのとしになるのよ、ってかーさまがいってました」
「………うん、そうだね」
クロエが18になる頃には、僕は37である。問答無用でオッサンだ。
「とーさまとかーさまも14さいちがうので、19さいもたいしてちがわないとおもいます」
「いやちがうからね?結構な開きかただからね?」
下手すれば親子である。
「でも、オジサンになってもジークさまはジークさまでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「クロエはジークさまのかおもすきですが、やさしいところも、えがうまいところもぜんぶすきです。だから、オジサンになってもジークさまとけっこんしたいです」
「クロエ………」
「りょうりもうまくなるようにがんばります。よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げたクロエに涙が出そうになる。
どうしよう。本当に夢を見てしまう。
誰か止めてくれないと。
「そっか………じゃあ僕も絵の練習をして、クロエが好きな顔もなるべく老け込まないようにお手入れしないとね」
「ジークさまはオジサンになってもクロエよりキレーだからだいじょうぶ」
僕だけの天使がここにいる。
「………よし!じゃ、未来の奥さんにお揃いのネックレスとかどうだろう?」
「たかくないのでいいです。おおきくなったらまたそのときににあうものをかってください」
「うん、わかった」
僕は上機嫌で星のペンダントトップがついたネックレスをクロエとお揃いで買い、早速つけてあげた。
当然ながら僕もつける。
クロエと公園に向かっていると、
「クロエちゃん、今日は誰とデートなのー?」
と顔見知りなのだろう、パン屋の若い女性が声をかけてきた。
「みらいのだんなさまですー」
とクロエが手を振ると、一瞬呆然とした顔をした女性が、気を取り直し、
「そっかー、仲良くね~」
と手を振り返した。
「大丈夫かい?町の人にそんなこと言っちゃって」
僕は全く構わないが、きっとリーシャさんが慌てる事だろう。
あの人は、王族とお近づきになりたいと言うような邪な考えを一切持たない………と言うか避けているようにさえ思える。
だからこそ気が楽だというのもあるのだろう。あの家は本当に居心地がいい。
「………ちがうの?」
あ、クロエが泣きそうになっている。
「違う!違うよクロエ、そうじゃなくてね!クロエは可愛いからみんながお嫁さんにしたいと思ってるだろう?
それなのに、もう相手がいますみたいな事を言っちゃうのはどうなのかなって。リーシャさんに怒られたら僕が悲しいから」
「かーさまは、とーさまをひとりじめしたいからがんばってアタックしたのよといいました」
「………うん?」
「クロエもジークさまをひとりじめしたいので、まわりのひとにとられないようにするのです」
「………クロエ、早く大きくなってね。独り占めしたいままでいてくれるよう願ってるよ」
「バナナたくさんたべたらいいとジュリアがいってたのでがんばります」
そして、公園で幸せでのどかな時間を過ごして屋敷に向かっていた。
はあ。
また当分クロエに会えないんだなあ。
手紙のやり取りだけではやはり寂しい。
簡単な単語はかけるようになったクロエは絵といっしょに「だいすき」とか「おしごとがんばって」とか書いてくれるようになり、僕の執務室のクロエ専用の引き出しにしまわれている。
時々疲れた時に取り出して眺めては心癒されているのだが、やはり側にいるのとでは全然違う。
溜め息が漏れてしまったのか、クロエがじっと僕を見た。
「ジークさま、ちょっとめをつぶっててもらえますか?」
もじもじしながら言うので、靴下とか下着を直すのかと素直に目を閉じたら、唇に柔らかい物が触れて、離れた。
「もういいですよ」
「ななっ、ななななっ!」
今のはまさか。
「ジークさま、さびしそうなので、クロエの、えーっと、ファーストキス?をおくります。みらいのだんなさまなのでいいですよね?」
良くない!いやいいんだけど!良くないでしょ!指揮官にボコボコにされる気がする。
「げんきになりましたか?」
「………うん。ありがとう。でも、こういうのはちゃんと大人になってからにしようね。お父さんとお母さんにも黙ってた方がいいよ。ビックリしちゃうから」
「わかりました!」
まさか自分のファーストキスを4歳の女の子に無防備なまま奪われてしまうとは。
ん?………でも未来の妻だからいいのか?
いやだから僕はロリ●ンじゃない!
心臓がばくばくしてるのはそう!驚いただけだ。
扉を開けて出てきてくれたリーシャさんにクロエを預け、
「それじゃまたねクロエ。リーシャさんもお世話になりました」
「また来られる際にはお食事もお気軽に」
2人からにこやかに手を振られ、特急列車に乗るべく駅へ向かった。
「参ったなあ………もう逃がしてあげられないよクロエ」
本当に早く大きくなって。
ずっと僕の側にいて。
一生大切にするから。
特急列車の個室に入ると、僕はベッドにぼふんっ、と倒れ込み、成長したクロエの花嫁姿はきっと綺麗だろうなあ、などと思いを馳せ、まだ先は長い………と長い溜め息をこぼすのだった。
僕はシャインベック家へ向かう馬車に揺られながら、ずっとクロエの事を考えていた。
リーシャさんの舞台は本当に楽しくて、リーシャさんも綺麗で、素晴らしいものだったが、なんといってもクロエの出ている舞台は別格だった。
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時々ミステリアスな踊りをする以外は、恐ろしく完成度の高い子供たちなのである。
昨日の昼食では僕がうっかりリーシャさんの事を褒めるような台詞を口にしたせいで、クロエが泣きそうになってしまった。
慌てて弁解して機嫌を直してもらったが、もしやあれは嫉妬なのだろうか。
「クロエはジークライン様の事をかなりお慕いしてますから、その気がなければ早めに諦めさせて下さいね」
とリーシャさんが言っていたが、冗談じゃない。
あんなに可愛いクロエが、不細工な僕を「綺麗」と言って手をにぎにぎしてくれるのだ。この幸せを他の誰かに渡すなんて考えられない。
僕は女性から好意を向けられるなんて、そんな幸せは一生訪れないものだと思っていた。
曲がりなりにも王族だから結婚したければそれは可能だろう。
だが、泣いて嫌がる貴族の女性と政略結婚でもさせられるぐらいなら、一生独身でいい。それで終わる虚しい人生だと小さな頃から諦めていた。
「クロエはジークラインさまのおよめさんになりたいです」
と、ポポポっと顔を赤らめて手をにぎにぎして来たときには、死ぬかと思うほど心臓が高鳴った。
子供の冗談だと思い込もうとしたが、リーシャさんが嘘を言うわけはないし、クロエは本当に僕の事を慕ってくれているように思える。
僕は、夢を見てもいいんだろうか。
まだまだ幼いクロエだけれど、本当に大人になったら、僕の所へお嫁に来てくれるのだろうか。
昨日の舞台でクロエからのキスを頬へ受けていたカイルに、ちょっとイラっとしてしまうような大人げない僕の所へ。
「おはようございますジークラインさま!」
シャインベック家に到着すると、可愛らしいピンクのワンピースを着たクロエが、僕を見つけてパタパタと走って来た。
「これからあさごはんなの。かーさまのごはんはおいしいからいっしょにたべましょ?」
そう言うと、僕の手を引っ張って食堂へ案内してくれた。
「おはようございますジークライン様」
昨夜の舞台の疲れが出ているのか、スープ皿を運んでいたリーシャさんはひどく気だるげだった。
「さあ、どうぞクロエの隣の席へ」
やたらと艶やかな顔のシャインベック指揮官が、ご機嫌な声で声をかけてくれた。
表情があまり変わらないが、目元は柔らかなので怒っている訳ではないと思う。
「すみません朝早くから」
「いえいえ、午後の最終の船便で戻られるのでしょう?公務でお忙しい所を娘のために時間を作って下さり感謝しております」
腰掛けた僕の前にリーシャさんがスープ皿を置き笑いかけた。
「僕、いえ私は兄ほど忙しくはないのですが」
若輩者と軽く見られないように、仕事でもなるべく「私」を使うようにしているのだが、どうもこの人たちといると気が抜けて地の「僕」が出てきてしまう。
「宜しいのではないですか?お国に帰られるまでは【僕】でも」
指揮官が口角を上げている。恐らくこれが彼の笑顔なのだろう。
「でも、子供っぽいですよね?」
「まだ23ではございませんか。
無理して自分の呼び方を変える必要もないでしょう?公務ではないのですから」
「そう、そうですね。じゃあ僕で!」
いそいそといい香りのするスープを口に運ぶ。
「………美味しいですね、このスープ」
「クラムチャウダーはお気に召して?ふふふ、私の得意なスープですのよ」
リーシャさんがニコニコと自分もスープを口にする。
この家では貴族なのにリーシャさん自ら料理をすることが多いそうだ。単純に料理が好きらしい。
旦那様にお弁当を作るのもリーシャさんがしているとか。なんて羨ましい。
「クロエもこれだいすきなの。ジークラインさまもすきなら、かーさまにつくりかたおしえてもらいますね」
パンをスープに浸して食べていたクロエも、ニコニコとご機嫌だ。
実際に食べられるのは10年以上は先だろうが、嬉しいものは嬉しい。
「そうだね。クロエの料理、楽しみにしているよ」
頭を撫でると、照れ照れとしながら頷いた。
僕は決してロリ●ンではないが、本当に愛らしくて、抱き締めたくなる誘惑が強烈である。
※ ※ ※
「それでは、明るい時間にキチンとお送りしますので」
「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」
僕とクロエは、一緒に馬車へ乗り込んだ。
今日は天気がいいので昼間は公園の芝生で食べると気持ちいいですわ、とリーシャさんがランチまで用意してくれた。
「ジークラインさま、きょうのかっこうはかわいいですか?」
クロエが自分のワンピースを広げて見せる。
「可愛いよ。でも何を着ててもクロエは可愛いけどね」
クロエが真っ赤になって、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
ほんとくっそ可愛いな。
「あとね、僕、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「ジークって呼んでくれると嬉しいな」
母様しかその愛称は呼んでくれなかったけど。
「ジークさま?」
「さまはいらないけど、まあいきなり呼び捨ては難しいよね。うん、いいよジークさまで。その方が仲良しな感じだろう?」
「はい!」
心がほんのり温かくなる。
今日は、クロエに何かプレゼントをしたかった。それも身に付けられるものを。
昨日の舞台で実感した。
売約済である事を早めにアピールしておかないと、どこぞのクソガキにクロエが奪われてしまう。
「クロエ、髪飾りとか、何か欲しいものはある?何かプレゼントしたいなと思って。なかなか頻繁には会いに来られないから、それを見るたびに僕を思い出して欲しいんだ」
町の中心地に到着すると、僕はクロエを抱っこして歩き出す。
自分でも4歳の女の子に何を言ってるんだという自覚はある。でも、未来の妻になって貰うのだ。少し位は独占欲を満たしてもいいじゃないかとも思う。
この年までずっと、そんな思いすら存在しなかったのだから。
「うーんと、ジークさまとおそろいのがいいです」
クロエが僕を見上げて「わぁ、ちかい」と顔を逸らした。
「近いとダメなのかい?」
「ちかくでみてもキレーだから、ドキドキします」
ヤバい。本当にヤバいぞ。
何だろうこの妖精か天使のような生き物は。
「あはははっ、クロエにそう言ってもらえるとすごく嬉しいけど、他の人からみたら僕はかっこ悪いと思うよ?」
自虐気味に告げると、クロエがキョトンとして、
「そうなんですね。それはよかったです」
とうなずいた。
「何がいいの?」
「え?だって、そしたらジークさまとられないでしょう?わたしがおおきくなるまで」
心配しないで済みますね、と言われ、不覚にもキュンと胸が締め付けられる。
「ねえクロエ。………今はさ、クロエは僕の事を格好いいお兄さんだと思ってくれてるかも知れないけど、クロエが大人になるって事は、僕もトシを取るんだよ?お兄さんじゃなくてオジサンって言われるような年齢になるんだ」
「そーですね。クロエがけっこんできるころには、ジークさまはいまのとーさまくらいのとしになるのよ、ってかーさまがいってました」
「………うん、そうだね」
クロエが18になる頃には、僕は37である。問答無用でオッサンだ。
「とーさまとかーさまも14さいちがうので、19さいもたいしてちがわないとおもいます」
「いやちがうからね?結構な開きかただからね?」
下手すれば親子である。
「でも、オジサンになってもジークさまはジークさまでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「クロエはジークさまのかおもすきですが、やさしいところも、えがうまいところもぜんぶすきです。だから、オジサンになってもジークさまとけっこんしたいです」
「クロエ………」
「りょうりもうまくなるようにがんばります。よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げたクロエに涙が出そうになる。
どうしよう。本当に夢を見てしまう。
誰か止めてくれないと。
「そっか………じゃあ僕も絵の練習をして、クロエが好きな顔もなるべく老け込まないようにお手入れしないとね」
「ジークさまはオジサンになってもクロエよりキレーだからだいじょうぶ」
僕だけの天使がここにいる。
「………よし!じゃ、未来の奥さんにお揃いのネックレスとかどうだろう?」
「たかくないのでいいです。おおきくなったらまたそのときににあうものをかってください」
「うん、わかった」
僕は上機嫌で星のペンダントトップがついたネックレスをクロエとお揃いで買い、早速つけてあげた。
当然ながら僕もつける。
クロエと公園に向かっていると、
「クロエちゃん、今日は誰とデートなのー?」
と顔見知りなのだろう、パン屋の若い女性が声をかけてきた。
「みらいのだんなさまですー」
とクロエが手を振ると、一瞬呆然とした顔をした女性が、気を取り直し、
「そっかー、仲良くね~」
と手を振り返した。
「大丈夫かい?町の人にそんなこと言っちゃって」
僕は全く構わないが、きっとリーシャさんが慌てる事だろう。
あの人は、王族とお近づきになりたいと言うような邪な考えを一切持たない………と言うか避けているようにさえ思える。
だからこそ気が楽だというのもあるのだろう。あの家は本当に居心地がいい。
「………ちがうの?」
あ、クロエが泣きそうになっている。
「違う!違うよクロエ、そうじゃなくてね!クロエは可愛いからみんながお嫁さんにしたいと思ってるだろう?
それなのに、もう相手がいますみたいな事を言っちゃうのはどうなのかなって。リーシャさんに怒られたら僕が悲しいから」
「かーさまは、とーさまをひとりじめしたいからがんばってアタックしたのよといいました」
「………うん?」
「クロエもジークさまをひとりじめしたいので、まわりのひとにとられないようにするのです」
「………クロエ、早く大きくなってね。独り占めしたいままでいてくれるよう願ってるよ」
「バナナたくさんたべたらいいとジュリアがいってたのでがんばります」
そして、公園で幸せでのどかな時間を過ごして屋敷に向かっていた。
はあ。
また当分クロエに会えないんだなあ。
手紙のやり取りだけではやはり寂しい。
簡単な単語はかけるようになったクロエは絵といっしょに「だいすき」とか「おしごとがんばって」とか書いてくれるようになり、僕の執務室のクロエ専用の引き出しにしまわれている。
時々疲れた時に取り出して眺めては心癒されているのだが、やはり側にいるのとでは全然違う。
溜め息が漏れてしまったのか、クロエがじっと僕を見た。
「ジークさま、ちょっとめをつぶっててもらえますか?」
もじもじしながら言うので、靴下とか下着を直すのかと素直に目を閉じたら、唇に柔らかい物が触れて、離れた。
「もういいですよ」
「ななっ、ななななっ!」
今のはまさか。
「ジークさま、さびしそうなので、クロエの、えーっと、ファーストキス?をおくります。みらいのだんなさまなのでいいですよね?」
良くない!いやいいんだけど!良くないでしょ!指揮官にボコボコにされる気がする。
「げんきになりましたか?」
「………うん。ありがとう。でも、こういうのはちゃんと大人になってからにしようね。お父さんとお母さんにも黙ってた方がいいよ。ビックリしちゃうから」
「わかりました!」
まさか自分のファーストキスを4歳の女の子に無防備なまま奪われてしまうとは。
ん?………でも未来の妻だからいいのか?
いやだから僕はロリ●ンじゃない!
心臓がばくばくしてるのはそう!驚いただけだ。
扉を開けて出てきてくれたリーシャさんにクロエを預け、
「それじゃまたねクロエ。リーシャさんもお世話になりました」
「また来られる際にはお食事もお気軽に」
2人からにこやかに手を振られ、特急列車に乗るべく駅へ向かった。
「参ったなあ………もう逃がしてあげられないよクロエ」
本当に早く大きくなって。
ずっと僕の側にいて。
一生大切にするから。
特急列車の個室に入ると、僕はベッドにぼふんっ、と倒れ込み、成長したクロエの花嫁姿はきっと綺麗だろうなあ、などと思いを馳せ、まだ先は長い………と長い溜め息をこぼすのだった。
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