上 下
82 / 256

リーシャはご機嫌。

しおりを挟む
 何かを決める時のルーシーの動きはいつも素早い。


 ビアガーデンでのライラの接待から帰った翌日には、既に開催日も会場も印刷所の段取りも整っていて、やはりルーシーは本当に私には勿体ない子だとつくづく思う。
 どこに出しても恥ずかしくないチートレベルのメイドである。

 まあ、既にもうメイドの枠に収まるかどうか謎ではあるが。


「でも、会場に中央グランドホールを使うのは大きすぎやしないかしら?
 あそこは記念式典とか大々的なパーティーとかで使うところじゃないの」

 私はルーシーに疑問を投げる。

 中央通りの噴水広場からほど近いグランドホールを思い浮かべた。

 だってあそこ、巨大な体育館みたいなもので、3000人や4000人は入りそうなのだけど。

 こんな初開催の知名度もないヲタイベントにどれだけの人数が集まるかも分からないのに。スッカスカで閑散とした会場って物悲しいのよ。経験者は語るけど。


「ライラも編集長(兼社長)も大乗り気でございまして、善は急げと今日中にも印刷所の所長とイベント印刷割引などの話し合いを終わらせて、申込書つきのチラシを刷ってブックスカフェや街中で配布するそうでございます。
 店舗に先行して貼ったポスターへの問い合わせも続々と来ているようですし、恐らく抽選になる位の参加が見込まれるそうですわ。
 開催は2ヶ月後と少し開きますけれど、制作の期間も必要ですものね」

「流石にお金になりそうだと思うと動きが早いわね編集長は」

「ルージュの挿絵入りイザベラ=ハンコックの新作も出ますし、会場限定と言うのがやはり限定品好きなファン魂に訴えるかと」

「………え、小説にイラストも入れるの?」

「粘りましたが、落としどころがそこになりました。申し訳ございません。
 後半に数ページだけでもマンガを、との依頼も断れませんでした」

 仕事が何気に倍増した気がするが、それでも、即売会が行われると言うだけで私の期待度はMAXである。

 
 前世で、一般の人が「××のコンサートが最高だった!」とか「○○○のドラマが本当に泣けるのよ~」とかで盛り上がるのだとすれば、「●●様の新刊が!」「推しキャラがもう神展開で」などと身悶えするのが同人ヲタである。

 どちらも好きなものに対する愛情を注いでいるだけなのに、片方は変人扱いになるのはどうにも納得が行かないのだが、最近はマンガ家さんたちのクオリティが見違えるように上がっているし、お気に入りの萌え絵を描く人も増えてきたので、どんな作品が出るのかと思うと私は本当にワクワクである。


「ママ、たのしい?」

 乗り合い馬車モードでサリーにズルズル引きずられてリビングに現れたブレナンが、ご機嫌な私を見てにっこり笑った。
 くうぅ、子供の笑顔は邪気がなくて本当に可愛い。

 私のような腐女子には過ぎた子供である。きっとダークが徳を積んでるからだわ。

「そうなのーママとっても楽しいのー♪」

「よかったねー。ふんばばふんばば♪ふんばばふんばば♪」

 踊り出したブレナンと一緒につい私も踊ってしまう。

「楽しい夏~ふんばばふんばば♪」


「あの、リーシャ様は何故こんなに嬉しそうなのですか?」

 話が見えずに目を瞬かせていたサリーは、ルーシーに耳打ちされ、

「まあ!それでは私もまた絵の背景の方でお力添え出来ますわね」

 と笑みを浮かべて、一緒にふんばばふんばば♪と回りだした。

「るーちーも」

 とブレナンに言われて、

「………この踊りは妙にテンションが上がるので仕事中は避けたいところでございますが、ブレナン坊っちゃまにノーと言える訳もなし」

 と、ふんばば踊りに巻き込まれた。


 執事のアーネストがリビングを通り抜けようとして、この謎めいた踊りをしている私たちを微笑ましく眺めて、

「………リーシャ様が来られてからシャインベック家は本当に明るく賑やかになりましたねぇ………お子様はもとよりダーク坊っちゃまも幸せそうで………ま、それは我々もですかなぁ。
 ………おっといかん、今夜の夕食のメニューの確認をするんだった」

 と慌てて通り抜けていく姿があった事には気づいていなかった。



※   ※   ※


 余談ではあるが、リーシャからイベントの話を聞いたダークは惜しみない協力を約束した。

 そして、イザベラ=ハンコックの即売会場限定の新作が出ると言う話を聞いた翌日には、仕事場に有給休暇を申請し早々に取得していた。


 後日チラシを見て、慌てて有休を申請をしたヒューイともう一人までがギリギリ受理され、その後の希望者がキャンセル待ちになった事で、危なく有休が取れないところだっただろうがとヒューイがダークに詰め寄った。

「おいダーク、なぜ早めに知ったのならすぐ教えないんだよ。お前もイザベラ=ハンコックそんなに好きだったのか?
 つうか、お前には親友への思いやりというモノはないのかっ!?あれだけ相談に乗ってやったのにぃぃぃっ」

「………いや、実は密かに妻の影響で大ファンになってしまってなぁ。だが、このトシではなかなか恥ずかしくて言いづらいだろう?こう言う話は。
 それに恋人が好きとは聞いていたが、ヒューイがそこまで好きだとも聞いてなかったしな。
 リーシャが結構友人から情報を得る事もあるようだから、今後耳よりな情報が入ったらヒューイにも教える事にする」

「絶対だかんな!」

 と何とか和解に持ち込んだ、というささやかな修羅場が発生していた件についてリーシャに語られる事はなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を言われようとこの方々と結婚致します!

おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。 ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。 そんな私にはある秘密があります。 それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。 まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。 前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆! もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。 そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。 16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」 え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。 そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね? ……うん!お断りします! でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし! 自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】世界一醜い男の奴隷として生きていく

鈴元 香奈
恋愛
憧れていた幼馴染の容赦のない言葉を聞いてしまい逃げ出した杏は、トラックとぶつかると思った途端に気を失ってしまった。 そして、目が覚めた時には見知らぬ森に立っていた。 その森は禁戒の森と呼ばれ、侵入者は死罪となる決まりがあった。 杏は世界一醜い男の性奴隷となるか、死罪となるかの選択を迫られた。 性的表現が含まれています。十八歳未満の方は閲覧をお控えください。 ムーンライトノベルスさんにも投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...