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ルーシー警報。

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「………もうっ、またブレナンってば、こらーローリングするの止めなさーい!」


 長男カイルが動だとすれば、ブレナンは静である。


 カイルが半年ちょいで高速ハイハイからの1歳でたっち、そしてその後の一年弱で語彙力も格段に上がったのに比べ、ブレナンは生まれて5ヶ月、ハイハイをしていたのは最初だけで、いつの間にかローリングで移動するようになった。

 ローリングで進み、どこかに当たって止まるとちょっとハイハイで向きを変えまたローリング。前世にあった円形の自動掃除機のようである。

 (………この子、絶対に私の性格に近いわ)


 要はずぼらで面倒くさがりと言う事である。


 そして何よりも眠ることが趣味のようによく眠る。夜泣きもオムツ変えてくれーぐらいの時しか泣かない。

 パパンとママンが遊びに来ても大抵は寝ている。オッパイか離乳食与えると寝る。オムツ替えたら寝る。たまに起きればローリングである。
 寝る子は育つと言うが、ものぐさにもほどがある。

「ママ、ブレはどうしてコロコロするの」

 とカイルが聞いてくるが、こちらが知りたい。

「うーん、ママにも分からないわ」

「カイル坊っちゃま、きっとブレナン坊っちゃまはコロコロ遊びが好きなのですよ」
 
「たのしーの?」

「時々笑ってますから楽しいんでしょうねぇ」

「じゃ、おてつだいしてくるー」

 ローリングしてソファーで止まったブレナンを、よいしょ、よいしょ、と向きを変えてあげるカイルにキャッキャッ、とはしゃぎ、またローリングを始める。
 兄の助けでハイハイすらもサボっている。

「ルーシー、私あの子の将来がちょっと心配なのだけど」

「リーシャ様も5歳位まではそれはもうよく眠っておられましたよ。オヤツ食べてる途中で眠り、庭で遊んでたかと思うと砂場でスコップ持ったまま眠り、朝起きてパジャマから着替えてる途中で眠り、絵本を2ページも読まないうちに眠り。一日の7割以上は寝ておられたかと。
 ローリングしてる間は起きてるブレナン坊っちゃまの方がまだ活発化してるかと………あ、力尽きましたね」

 カイルが向きを変えても動かなくなったブレナンを見に行くと、すぴすぴ言って寝ていた。

 私は抱き上げてベビーベッドに移動させ、ルーシーを見た。

「やだ、私そんなに寝てたの?ますます私の性格が遺伝してるじゃない」

「まあお顔もリーシャ様に似てますし、致し方ございませんでしょう」

「中身だけでもダークの真面目で勤勉なところが似てくれるといいと思ってたのに。
 この先に期待!と言うところかしらね、まだ小さいし」

「何月刊誌の煽りオビみたいな事を。
 あるがままに受け止めましょう。なるようにしかなりませんから。どっちに似ても最悪、お人柄は悪くなりませんし。
 ところでリーシャ様」

「その最悪というところが気になるけれど何かしら」

「そろそろわたくしにも教えて頂きたいのですが、マンガなるものを」

「だから、イラストをコマで割って、台詞つけてストーリーにしてるモノだって教えたじゃないの」

「お話だけではなんとも。………実は、描いておられるのでしょう?」

「なっ、やだわ何の事かしら?」

 私は内心の動揺を悟られないようとぼける。

「夜中、図書室から謎のうめき声と、『あー、花を手描きするのってなんて面倒なのかしら………でも大事よ!やはりここはチラリズムが至上!』『モザイクのトーンが欲しい………影どうするのよ61番もないのに。斜線引けってか』『泡の点描ツラたん』などと不思議な独り言が聞こえておりまして。
 ブレナン坊っちゃまが手がかからないのを良いことに、何かきっと楽しい一人遊びをされておられるんだろうと、わたくし確信致しております」

「な、な、な、」

「リーシャ様、メイド兼影武者兼ブレーン兼マネージャー兼護衛兼子守り、ついでに愛読者ともう何が本業なのやら分からない程の責務を負うわたくしに隠し事とはつろうございます」

「………隠すつもりは、なかったのだけども………」

 嘘だ。本当は隠しておきたかった。
 私に過剰な尊敬をかけてくるルーシーに見せると、不穏な気がしてならないからだ。

「ほら、趣味の一環だから見せるほどのものじゃないのよ」

「最近わたくしリーシャ様と旦那様のらぶらぶな時間を過ごして頂くために、無理を押して深夜の子守りから日中の編集者との『新作寄越せ』『鋭意構想中しばし待たれよ』の壮絶バトルまでこなしているせいか、癒しが足りないのです。
 このままでは編集者とのバトルに負けて新作書き下ろしカラー挿絵12ページ予約特典ルージュ特製メモ帳などという依頼攻勢に押し負けてしまいそうで………」

「大メインのメイド業が欠片も見えないのだけれどそれはさておき、あの三つ編みメガネっ子そんなごり押しをしてきてるの?」

「もうイラストが入ってからのイザベラ=ハンコックの本の売れ行きが凄まじいようで、とうとう出版社のビルの屋上にビヤガーデンまで作り出したようでございます」

「ビヤガーデン?何それ行ってみたいじゃないの腹立つわ」

「そのぐらい押せ押せで来られてるわたくしの苦労も察して頂きたい訳でございまして」

「そうね、何なら数日休暇でも取ってーー」

「いえ休暇など不要です。マンガ見せて下さいお願い致します萌えが足りないのです」

「ちょっ、また無駄に綺麗な土下座しようとするの止めてちょうだい。カイルに見られたらまた冤罪が………」

 私は辺りを見回した。
 アレックとチャンバラごっこをしてるカイルを見てホッとする。

「………でも本当に大したもの描いてないんだけど、それでもいいなら見せるわよ」

「ありがとうございますありがとうございます」

 目をうるうるさせているルーシーを連れ図書室に入った。

 カギのついた引き出しから、30ページほどのBLマンガを引っ張り出してルーシーに手渡した。

「どうせ読むなら一応感想も聞かせて頂戴」

「かしこまりました」

 と、めくろうとした手を止め、ハッと気づいたように原稿をテーブルに置いて急いで手を洗いに行くルーシーを見送りながら、頭から爪の先までガチの腐女子を育成してしまった自分に少しだけ責任を感じた。




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