上 下
30 / 256

ダークもリーシャも頑張る。

しおりを挟む
「リーシャお嬢様」

「あ、あらっ、ダーク様、偶然ですわねっ」

「………棒読み感が半端ございませんが、まあダーク様なら何とかなりますでしょう。あくまでも自然な感じを装って下さいまし。
 わたくし、大切な美しいリーシャお嬢様が捨てた男を諦めきれず無理矢理追っているように見られるのだけは我慢なりませんから」



 ここは、ルーシーとリーシャが屋敷を抜け出してやって来た(フランは部屋で待機してみんな一緒に話してる振りをしてくれるのだそうだ)、騎士団の詰め所近くのカフェのオープンテラス。

 夜が近いせいか客もまばらで、少し春先とは言え肌寒い。

 リーシャはモスグリーンのワンピースに白いカーディガンを羽織ってきたが、やはり足元が冷える。


「捨てた男を………って、まあ当たらずとも遠からずなのだけれどもそれはさておき、本当にこちらを通られるのかしらねダーク様。もうお仕事は終わった頃だと思うのだけど。ほら、何人も騎士団の方が出ていらしてるじゃない?」

「間違いございません。わたくしの調査力を舐めて頂いては困ります」

「………ねえやっぱり、騎士団の詰め所の近くで偶然とかって無理がありすぎないかしらね………」

「では必然とかにしますか?痛い女扱いになるかも知れませんが。
 ただどちらにしても、ダーク様が避けておられる以上、どう思われようがこちらから攻めなくてはどうにもなりませんでしょう?
 それとも諦めて帰りますか?」

「嫌よ。どう努力しても好きになってもらえそうもないと分かるまでは頑張るって決めてるのよ」

 ルーシーはリーシャの強い決意を生あたたかい目で見つめながら、

「じゃあもう少し粘りま………あっ、お嬢様、出て来られましたよダーク様」

 大柄な身体に無造作に後ろで結んだダークシルバーの髪。整った横顔。間違いなくダークだ。
 大股でかなりの速さでスタスタ歩いていくので、ぐずぐずしてると声をかけられなくなってしまう。

 リーシャは慌てて、

「ダーク様っ!」

 と呼び止めた。

 ダークが足を止めてキョロキョロ辺りを見回し、ようやくカフェにいたリーシャとルーシーに気づき、同じ速度でスタスタこちらにやって来た。

「リーシャ!こんな時間にどうしたのだ?何か買い物だったのか?危ないぞ夜になろうと言うのに女性の二人歩きなんて」

 少し眉をしかめたダーク様も素敵だなー、とうっとりしたリーシャは、慌てて設定を思い出し、

「いえあの、ルーシーと洋服を見に来ていたのですが少し疲れてしまって休憩をしてから帰ろうとしていたのです。偶然っ、本当に偶然、ダーク様がいらっしゃったのでつい声をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

 ペコリと頭を下げたリーシャに、

「いや、ちょうど俺も話があったからな。良かったら、家まで送る」

「え?ダーク様からお話、ですか?」

 リーシャは、まさかもう迷惑だから誘わないでくれ、とかそう言う話だろうかと不安のあまり挙動不審になった。

「リーシャお嬢様、ダーク様に送って頂けるなら安心でございます。
 ダーク様、わたくし屋敷の買い物を一部忘れておりまして。
 ご迷惑でなければリーシャお嬢様をお願いしてもよろしいでしょうか」

 ルーシーが深々とお詫びをする。

「ああ、心配いらない。ちゃんと送り届けるから安心して欲しい」

「ありがとうございます。それではお嬢様、申し訳ありませんが買い物してから帰りますので、先にお戻り下さいませ」

 そういってリーシャを見る目は、一瞬ではあったが、

(邪魔者は消えますから千載一遇のチャンスをモノにするんですよ)

 と言っているようだった。



◇   ◇   ◇



「………あの、ダーク様………」

「ん?どうした」

 街の通りを二人で歩きながら、リーシャは話しかけた。

「………その、今回は運動不足解消も兼ねまして、馬車には乗ってきてませんの。
 私の屋敷までダーク様に一時間近くも歩かせる訳にはいきませんわ。やはりどこかで辻馬車でも拾って帰ろうかと………」

 本当は待ち伏せするのに都合が悪いので徒歩で来ましたとは言えないので、リーシャはそう言ってお辞儀をした。

「ですからその、お話と言うのを今伺えると………」

「………リーシャは帰りも歩くつもりだったのだろう?………じゃあ俺も運動不足解消という事で、リーシャと一緒に歩きたいのだが、ダメだろうか?出来れば、えー………手を繋いで、行けると嬉しい」

 と、そっと手を差し出してきた。
 暗がりでも、ダークの顔が少し赤いのが分かる。



 何ですかこのおねだりする可愛らしい生き物は。



 私を殺す気ですか。

 絶対萌え殺しさせる気で来てますよね。

 ストーカー予備軍にそんなこと言っていいんですか。


「………よろしいのですか?」

「良くなきゃ言わないだろう?………ダメか?」

「いえ喜んで!」

 ダーク様が降ろそうとした手を慌てて掴んだリーシャは、踊り出したいような気持ちであった。

 しかし。

 手を繋いでウキウキと歩き出したのもつかの間、さっきからダークが肝心な話について切り出して来ないのがどうしても気にかかる。

 これが最後の逢瀬になったらどうしよう。

 うん、そうよね。
 だって、ダーク様という方がありながら他の男とデートするようなふしだらな女だと思われてるんだもの。
 次のデートすら避けられてるんだもの。
 私が諦めたくなくても、嫌われてまでまとわりつく訳には行かないし。
 今回は夜道の女歩きだったから仕方なくという可能性も高いわよね。だって、紳士だものダーク様は。

 でも、でもせめて一回は挽回のチャンスを貰えないかしら。

 リーシャは歩きながらも胸のざわつきが止まらなかった。

 手を引いて歩くダーク様の背中を見ながら、涙が滲みそうになる。


 屋敷への道を進みつつ、グルグルと頭を色んな感情が回りだした時に、ダーク様が前を向いたままリーシャに話しかけた。



「リーシャ、その…な……………まだ俺の事を、好き、だと思ってくれているか?」



 ………何を言ってるのかこの人は。

 リーシャはさっきまでの不安を押し退け腹を立てた。

「………いいえ」

 そう返すと、ダークの足が止まった。

「………そう、か………」

「好きではありません。大好きです、愛してます。
 朝から晩までダーク様の事を考えて、デートの思い出を脳内でリピートしては次はいつ会えるのかと身悶えし、更には夢にも出てきてくれないかと毎日お願いしてるような、むしろ病的じゃないかとドン引きされても仕方がないぐらいの私の気持ちを、そんな軽い『好き』にしないで下さい!」

 ダークは足を止めたまま、リーシャを振り返った。

「あい、……し、てる………?」

「もう自分でも恐くなるぐらい愛してますっ!いつまでたっても振り向いて貰えませんが、それでもいつか好きになって貰えたらとじたばたしている諦めの悪い女なんです!!
 ………でも、ダーク様に嫌われたくはないので、どうしても無理だと、こんな執着する年下の女に恋愛感情は沸かない、と言われたら、諦めざるを、えな、えないのですが………」

 リーシャは自分でも抑えきれない感情を吐き出したものの、最後は呟きのようになり、涙がボロボロこぼれ落ちた。

「先日の、ルイ・ボーゲン様の縁談は、あちらが勝手に進めようとしてるだけで、決して、決してダーク様を蔑ろにした訳ではないのです!何度断っても聞いて頂けないのです。信じて下さい、本当に、私はそんなふしだらな女ではーー」

 リーシャが言いかけた言葉は、ダークが急に強く抱き締めて来た事で途切れた。

「…あの……ダーク、様………?」

「リーシャ、済まない。お前を泣かせるつもりなんかなかった。
 俺はな、最初っから、思えば少年の格好して釣りに来てた時からお前に惹かれていたんだ。一緒にいて楽しくて、釣り場でお前に会うのが本当に楽しみだった。
 ただお前があまりにも綺麗で眩しかったから、不細工な俺なんかが本気で好きになっていいのかとずっと思ってた。かなり年上のオッサンだし。
 ………それに怖かったんだよ俺は。今まで女性に好かれた事なんかないから、どうしても自分から足が踏み出せなかったんだ。こんなに綺麗なリーシャが本気で好いてくれてるかどうかも心の底では信じきれなくてな」

 ダークの心臓の鼓動があり得ない位に速いのを感じて、リーシャは未だに頭の中を?マークが飛び交っていた。


 え?ダーク様は、私の事を好きなの?

 あれ?あれ?じゃ、諦めなくていいの私?


「ルイ・ボーゲンと会ってるとこを見て、あー、年も見た目もお似合いだと思って、大人として潔く身を引こうと思ったけど、友達がな、不細工が美しく身を引いても仕方がないから足掻けと言われて、俺は気持ちひとつ伝えてないことに気づいた。

 君を愛してる、リーシャ。俺の唯一愛した人。
 いい年して恥ずかしいが、初恋なんだ。リーシャ以外は要らない。リーシャさえいればそれでいい。
 俺は、リーシャとこれからもずっと一緒にいたい。
 ………こんな情けない俺だが、どうか結婚してくれないか?」

 リーシャは泣きながらダークに聞いた。

「ダーク様を幸せにしたかったのは私なんですけど。………私が側にいて、貴方を幸せに出来ますか?」

「ああ、これ以上ないくらいに」

「………あれ………でも考えて見ると、それだと私もこの上なく幸せになってしまうし、あの、ちょっと幸せを過剰に頂きすぎでは、という気がして不安に………」

「俺は、リーシャがいないとこの先ずーっと不幸になるんだぞ?幸せにしてくれるつもりがあるのなら一番側にいてくれないと。
 リーシャが俺といてこの上なく幸せになるなら、それは俺を幸せにするオマケだと思えばいい。ちっとも貰いすぎじゃない。なんなら溢れたら還元すればいい。………例えば、その、子供とか。
 リーシャに似た子供がいたら、俺は特に溺愛する自信はある」

「私はダーク様に似てた方が溺愛する可能性が高いですよ。私史上最高のイケメンですから」

「………ヒューイが言ってたが、リーシャは、本当に俺が不細工には見えないのか?………いや、ウソを言ってるようには見えないな。
 恋愛って怖いな。いつか魔法が解けそうだ」

「私には目を開けてられない位に眩しくて神々しい男前ですけれど、でも魔法は解けないので大丈夫ですわ。私死ぬまでずっとダーク様大好きですから。
 ダーク様も出来たらなるべく長いこと私を綺麗だと思う魔法がかかっていてくれるといいなと思います」

「だがそれは事実だろう?リーシャは美しい。俺の女神だ。きっとおばあちゃんになってもすごく可愛らしいと思う」

「大いなる勘違いだと思いますけど、そう思って下さるならその方が有り難いです。
 ちなみに、いつか万が一私がケガしたり病気になったりして、すごい不細工になったらどうします?嫌いになりますか」

「ん?いや別に。
 どんなに不細工になったところでリーシャはリーシャだろ?
 俺の女神(リーシャ)は、外見もだが中身はもっと奇跡のように綺麗だし、嫌いになりようがないな」

「………今ちょっとすごい殺し文句でした。私はそんなダーク様に一生ついていきます」

「………おう。ついてこい」

「でも一つだけお願いが」

「なんだ?」

「新婚旅行は海釣り海鮮食べ放題と行きませんか。
 海釣りは初めてですが、今回は絶対に負けませんよ、ニュー竿がありますからねこちらは」

「一度も勝ったこと無いくせに。
 いいぞ、また俺の勝ちだと思うがな」

「それで、勝ったらご褒美下さいませんか」

「何をだ?」

「………ダーク様から、キスして頂きたいです」

「っっ!………………あのなー………」

 ダークは呆れたような溜め息をついたのでリーシャは少し慌てた。

「やはり少し、贅沢過ぎましたか?では、お、お姫様抱っこと言うのは如何ですか?でも私少し重いかも知れーー」

 言いかけたリーシャの身体がふわりと持ち上がる。

「わ、わ、わ、」

「軽いよリーシャは。あとな、そう言うのをご褒美にするのは禁止だ。
 ………俺がやりたくてもやれなくなるだろう?」


 ダークはそう笑うと、リーシャの唇にそっと唇を寄せた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を言われようとこの方々と結婚致します!

おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。 ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。 そんな私にはある秘密があります。 それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。 まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。 前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆! もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。 そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。 16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」 え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。 そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね? ……うん!お断りします! でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし! 自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】世界一醜い男の奴隷として生きていく

鈴元 香奈
恋愛
憧れていた幼馴染の容赦のない言葉を聞いてしまい逃げ出した杏は、トラックとぶつかると思った途端に気を失ってしまった。 そして、目が覚めた時には見知らぬ森に立っていた。 その森は禁戒の森と呼ばれ、侵入者は死罪となる決まりがあった。 杏は世界一醜い男の性奴隷となるか、死罪となるかの選択を迫られた。 性的表現が含まれています。十八歳未満の方は閲覧をお控えください。 ムーンライトノベルスさんにも投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...