上 下
28 / 256

そろそろ我慢も限界点。

しおりを挟む
「………………ふぅ………」

「リーシャお嬢様、あまり溜め息ばかりつくと幸せが逃げると申しますよ」

「ルーシー、そんなこと言っても、もう2週間もダーク様にお会い出来てないのよ?私は既に不幸なのよ」


 あのコケシとの無理矢理のデートでダーク様と鉢合わせしてから、仕事が忙しくなったとデートの約束もして頂けず、仕事場への差し入れも慌ただしくて不在のことも多いから遠慮して欲しいと断られ、私はかなりやさぐれた状態になっている。


「ルイルイもまだ懲りもせず何回もデートに誘ってくるんでしょ?断ったのちゃんと」

 自分が持参したマドレーヌの袋を開けながら、フランがルーシーに私はカフェオレにしてー、と声をかけている。

 ソウルメイト認定されたせいか、この侯爵令嬢は2、3日置きに訪れてきては私の部屋でゴロゴロしていくようになった。

 ルーシーともすっかり馴染んで、心友がいきなり二人も出来たとご機嫌で、侯爵令嬢に友達認定されたルーシーは顔面蒼白になり「畏れ多い」と首を振っていたものの、この頃フランへの扱いが私と同レベルになってきたことには気づいていないようだ。


「ちゃんと断って、二回目の時はもうお会いするつもりはないとまで言ったのよはっきりと。『私はダーク様が好きだから』とまで伝えたのに」

「………のに?」

「『顔はアレでもちょっと剣が立つ大人の男というのに惹かれる時期はどんな女性でもありますし、気にしてません。それに、僕は結婚するのには条件もいいし、見た目も悪くないでしょう?』とか言うのよ?気にしろと言いたいわよ。大体顔がアレって何よ。ダーク様は素敵なのよ外見も心の有り方もっ」

 やはり地球外生命体とは意思の疎通が図れない。会話が全く成り立たないのだ。
 何度あなたの事は何とも思ってないと言っても「人は変わるから」と意に介さない。


「外見は、………まあ個人の趣味嗜好の問題なので敢えて何もコメントしませんが、確かにダーク様はお人柄は文句なしの方でございます。お嬢様はダージリンでよろしいですか?」

「ええ、お願い」

 腹立ちが収まらない私を見ながら、フランがマドレーヌを渡す。

「腹が立ったら甘いものと言うじゃない。食べて食べて」

 袋を開けたそれを口元に持ってこられ、ついパクリと口に入れた。

「………もぐもぐ。美味しいわね。
 でもそんなことよりこのままだと私なし崩しに婚約させられちゃうわ」

 父様が《ようやく娘が外の世界に目を向けた》とかやけに乗り気で、デートの誘いを何とか断ろうと画策している私を妨害するのだ。

 やれこれから先、ルイ君以外の男性との外出があった時に失礼がないように勉強する意味合いで、とか、父様は寂しいが可愛い娘が家にずっと引きこもりになるのも世界の損失だとか。
 お陰で断りきれず三回も出掛ける羽目になったのだ。

 確かにどこへ連れていかれても食事はビックリするほど美味しかったけど、コケシの自慢話だけを聞く苦痛と引き換えにするにはただただ辛い時間だった。

 相変わらず私の事など何一つ知ろうとしないし。まあ本音はむしろ有り難いけど。


「小さい頃は一生家に居ておくれだの、どこにも嫁にやりたくないだの騒いでたクセに父様ってば」

 ルーシーの入れた紅茶をぐいっと飲む。
 飲み物は全て猫舌の私の好みに合わせて少しだけぬるめにしてくれているので、すぐ口に入れられるから嬉しい。ルーシー大好き。

「いくら輝くほど綺麗で愛する娘だとしても、甘やかし過ぎて嫁きおくれにしたくはない気持ちもおありかと。
 ルイ様は顔も地位もお金もまあ一通り標準以上ですし、反対する理由もございませんしね」

 フランにもカフェオレを置き(彼女は熱々が好きらしい)、促されて席に腰を下ろしたルーシーはそんなことを呟いた。

「ルーシーはアレがイケメンだと思うんだったわね。まあ顔は人の好みになるから何とも言えないけど、実際に条件はいいわよね、ナルシストの馬鹿だけど」

 フランは美味しそうにカフェオレを啜ると、私を見た。

「条件なんかどうでもよくて、私はダーク様しか必要ないのよ。あの人を幸せにしたいのよ。それが私の幸せなの!」

「でもねえ、今の状況だと、避けられてるわよね間違いなく」

 私の胸を抉る台詞に心が沈む。

「やっぱり………誰にでも媚を売るふしだらな女だと思われて嫌われたのかしら………」

 弁解もさせてもらえないし。
 思わず目尻に涙が滲む。

「いえ、恐らくダーク様の人となりですと、リーシャお嬢様が他の方を好きになったのなら、自分なんかが近くにいるのは迷惑だろうから身を引いた、という流れかと」

「あー、そんな感じよねあの方。相手の事を先に考えちゃうタイプよ。それに、自分の容貌にコンプレックスある人はどうしても引け目感じちゃうから」

「身を引いてくれとか頼んでないわよ!
 せっかくもう少しで私の事を好きになってくれそうな気配があったのに!!」

 ルーシーとフランはそろりとお互いの目を見た。

(………今までの話だけ聞いてると、どう見てもダーク様、リーシャにベタぼれだと思えるのだけど)
(奇遇ですねわたくしもです。でもお嬢様は自分が何度好きだと伝えてもダーク様が相手にしてくれないと片想いこじらせ中です)
(いや、からかってるのかと警戒はしたと思うけど、あの裏表がない性格のリーシャが本気かどうかなんて、すぐ分かるでしょう?)
(まあ、ダーク様は感情をあまり出さない方ですからね。感じ取れないリーシャお嬢様もソッチ系はポンコツなので)
(………ああ。あんな作品書いてるのにね………)
(あんな作品を生み出されてるのに………)

「何こそこそ二人で話してるのよ。私がこんなに辛い思いをしてると言うのに。
 あー、もういっそのこと無理矢理夜這いでもかけて既成事実を作るしかないのかしらね?チチはたわわではないけどそこそこあるし、肉弾戦でこうーー」

「「色々ステップぶっ飛ばしてるからそれはやめましょう」」

「………じゃあ一体どうすればいいのよ」

 コケシと会うのはもう嫌よぅ、とおいおい泣き出した私の肩や背中をルーシーとフランが優しくさすりながら、

「泣いてないで、善後策を練りましょうお嬢様。大丈夫です何とかなりますよ」

「そうよ。泣くのはダーク様を手に入れてからになさい」

 と慰めてくれた。


 私は顔を上げた。

「………そうよ、諦めるもんですか。不戦敗なんて認められないわ」

 やはり夜這いを、とクローゼットに向かう私は二人に押し止められた。

「だから極端なのよ貴女は!キス1つで浮かれている女が、ダーク様に夜這いをかけて、ベッドに押し倒して服を脱がせ行為を迫れるとでも本気で思ってるの?
 自分の官能小説の音読ぐらいで顔を赤くしてのたうち回る女が?」

「………」

 そうか。私が服を脱ぐだけじゃただの痴女止まり。惚れてもない女に迫られてもダーク様がどうこうしてくれるとはとても思えない。私は大人の色気というのも皆無だし。

「無理矢理って、大変よね………」

「犯罪に手を染める前にお気づきになって頂けて嬉しいですお嬢様。
 では、理性が戻ったところで『待ち伏せ』についてご相談致しましょうか」

「ルーシー、私にはそれも少し犯罪案件に思えるのだけど」

「夜這いをかけるとか仰っていた性犯罪予備軍に更正の道を指し示しているだけでございます。
 『たまたま偶然に』ダーク様が通られる道に『たまたま偶然に』リーシャお嬢様がいた、ならギリセーフです」

「あー、それならまだセーフゾーンね」

「更正の道と言うか、更正しないといけないルート歩いてる認定でもうアウトじゃないかと思うのだけど私」

「そんな些細な事に気を取られてどうするのです。勝てば官軍というではございませんか」

「………そうよねそうよね。ルーシー、フラン、私のために力になってくれて本当にありがとう」

 また涙が溢れてくるのを抑えられずに私は二人を抱き締めた。


(リーシャって、本当に………鈍感でおバカだけど、素直で可愛くて飽きが来ない子よね………)
(お陰様で15年お仕えしても未だに倦怠期が参りません)


 何かひそひそ話をしていた二人の声は、私に届くことはなかったが、泣いてる私の頭を撫でてくれる手は、とても気持ちよくて安心するのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を言われようとこの方々と結婚致します!

おいも
恋愛
私は、ヴォルク帝国のハッシュベルト侯爵家の娘、フィオーレ・ハッシュベルトです。 ハッシュベルト侯爵家はヴォルク帝国でも大きな権力を持っていて、その現当主であるお父様にはとても可愛がられています。 そんな私にはある秘密があります。 それは、他人がかっこいいと言う男性がとても不細工に見え、醜いと言われる男性がとてもかっこよく見えるということです。 まあ、それもそのはず、私には日本という国で暮らしていた前世の記憶を持っています。 前世の美的感覚は、男性に限定して、現世とはまるで逆! もちろん、私には前世での美的感覚が受け継がれました……。 そんな私は、特に問題もなく16年生きてきたのですが、ある問題が発生しました。 16歳の誕生日会で、おばあさまから、「そろそろ結婚相手を見つけなさい。エアリアル様なんてどう?今度、お茶会を開催するときエアリアル様をお呼びするから、あなたも参加しなさい。」 え?おばあさま?エアリアル様ってこの帝国の第二王子ですよね。 そして、帝国一美しいと言われている男性ですよね? ……うん!お断りします! でもこのまんまじゃ、エアリアル様と結婚させられてしまいそうだし……よし! 自分で結婚相手を見つけることにしましょう!

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】世界一醜い男の奴隷として生きていく

鈴元 香奈
恋愛
憧れていた幼馴染の容赦のない言葉を聞いてしまい逃げ出した杏は、トラックとぶつかると思った途端に気を失ってしまった。 そして、目が覚めた時には見知らぬ森に立っていた。 その森は禁戒の森と呼ばれ、侵入者は死罪となる決まりがあった。 杏は世界一醜い男の性奴隷となるか、死罪となるかの選択を迫られた。 性的表現が含まれています。十八歳未満の方は閲覧をお控えください。 ムーンライトノベルスさんにも投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...