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女神との再会

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【ダーク視点】


 女神が訓練場に舞い降りた。


 部下たちがざわつく前から、俺は目の隅で輝くような艶やかな黒髪と、少し弧を描く麗しく涼やかな目元と唇を捉えていた。

 本当はもっと間近で直視したかったが、こんな顔を彼女の近くに晒すなど、神をも畏れぬ所業である。眩しくて目がつぶれる。いやリーシャ嬢が穢れてしまう。


 しかし、本当にリーシャ嬢は生身の人間なのだろうか。

 あんなに神々しいほど美しいと、普通はもっと居丈高と言うか、勝ち気で傲慢な性格をしててもおかしくはないと思うし、そうなっても当然なのに、釣り場での彼女は、とても気さくで気取りがなく、物腰も柔らかかった。


 体が弱いらしい、とあのあと噂で聞いてはいたが、釣りと言う淑女らしからぬ行動は、思えば彼女が空気の清浄な場所で療養しつつ健康作りをしていたのかも知れない。

 そう考えると、生涯リーシャ嬢に会える事なく、交わる線もなく終わっていた筈の俺の人生は、釣りを趣味にしていた事で奇跡を起こした訳である。
 彼女が奇跡そのものみたいな存在だが。

 俺は子供の頃、釣りに興味を持った俺を誉め称えたい。グッジョブ自分。よくやった自分。

 彼女と出会った川は、俺の中では既に聖地である。

 巡礼のように定期的に訪れては居たが、あそこではもう釣りは出来ない。

 リーシャ嬢がこれから釣るはずの魚を横取りするという行為は許されるものではないからだ。

 小魚一匹に至るまで、すべて彼女への神からの供物なのである。
 

 しかし、まさかこのB訓練場にリーシャ嬢が来るとは。

 単なる好奇心なのか。まさか俺に会いに来た訳ではあるまい。

 それでも、少しでも自分を見て貰いたいという浅ましい気持ちが、思った以上に部下をしごく羽目になってしまったのは、まだまだ隊長としての心構えがなってないと言われても仕方がなかった。


 だがしかし!

 神は俺に再度の奇跡を与えてくれた。

 訓練場を出ようと裏口に回った時に、リーシャ嬢が俺を待っていてくれたのだ。

 この俺を待っていてくれたのだ。

 大事な事だから二度でも三度でも言おう。

 俺、を待っていたのだ。

 そしてこの不細工が多い隊でもひときわ醜いであろう自分に、女神が話までしてくれた。

 よくよく話を聞くと、あの毎日持ち歩いていたハンカチは、なんと祖母の形見だったようだ。そんな大切な品を俺ごときのケガに惜しげもなく使うとは、やはり女神か。

 良かった、直ぐに返せる。

 真っ先に思ったのはそんな喜びである。

 後から、どうして持ってない振りをして後日改めて会うチャンスを作らなかったんだ!と己のバカさ加減に目眩がしたが、その時は彼女を早く安心させたい気持ちが先行してしまったのである。

 直ぐに取りに行くから待っていて欲しい旨伝えたところ、予想もしてなかったのか目を見開いた。

 ああ、黒々とした美しい瞳が俺をしっかりと見ている。目を背けないのだこの醜い俺に対して。

 抑えきれない歓喜に一瞬目眩がしたが、いつの間にか一緒に来ていたらしいメイドが突然リーシャ嬢の横に現れ、うずくまった彼女に声をかけていた。

 やはりまだ完全に健康な体とは言えないらしく、無理を押してやってきたようだ。

 メイドが近寄った際にリーシャ嬢の腹部に黒い影が走ったような気がしたが、多分目眩の影響であろう。


 後日改めて、という話に内心沸き上がる嬉しさと彼女の具合が悪いのにそんな事を考えた己の後ろめたさを押し隠し、こちらから休みの予定を確認して連絡をするということになった。

 本当に体調が悪いのだろう、頭を何度も下げながら帰っていくリーシャ嬢の愛らしさは、潤んだ瞳も相まってそれは心臓に悪いほどの破壊力を持って無抵抗な俺を攻撃した。


 なんと尊いのか。


 無言で余韻に浸っていた俺は、背後から忍び寄る奴の気配を全く読めなかった。

「ダーク隊長どの、ちょっと話をしようか?」

 俺の肩に腕を回し、ニヤリと笑った男。
 それは第三部隊の副隊長であり、俺の親友でもあるヒューイであった。
 


◇   ◇   ◇



 俺の執務室に遠慮もせずにズカズカと入り込んだヒューイは、ソファーにドカッと腰を下ろした。

「………で?リーシャ嬢とはどういう関係だ?」

 こいつは、俺の4つ下で、第三部隊の中でも屈指のイケメンである。

 切れ長の一重に上品な小ぶりの鼻筋、薄い唇、ダークブラウンの癖っ毛に180センチの鍛え上げた筋肉も色気に華を添える、正統派美男子という羨ましい男である。


 子爵家の三男坊で、顔立ちもいいし第一か第二部隊にも入れた男だった(実際打診もされたらしい)が、

「え?せっかく俺の腕を試せると思ったのに、実戦ないなんて何のために騎士団入ったかわかんねぇじゃん」

 と、第三部隊へやって来た鍛練好きの筋肉バカである。

 最初に俺にボッコボコにされた時から妙にウマが合い、いつの間にか一緒に飲んだり飯に行ったりしてるうちに、気兼ねなく付き合える数少ない友人になった。


「関係、と言われてもだな…特に何がある訳でも……」

 しらばっくれて逃げ切ろうとしたが、結局いつものごとく、出会いから告白紛いのからかいを受けた事、そして祖母の形見のハンカチを今度返すことになった事などすべてボロボロ吐かされた。


「ほー………ダーク、それでお前はどうなんだよ?リーシャ嬢の事、好きなのか?」

「嫌いになれるヤツがいたらお目にかかりたいもんだ。
 だが、………俺はその、好きとか言える資格がないだろ?こんな顔だしな」

 椅子に腰を下ろした俺は、笑いながらもこぼした溜め息に、自分でダメージ受けるなら言わなきゃいいのに、とも思った。


「うーん、正直に言ってもいいか?」

「ああ」

「俺は、今の話を聞いた限りでは、リーシャ嬢が男心を弄ぶようなタイプには思えない、んだけどな………いや、ダークは中身は頼りになるし友達思いだし、人間的には凄くいいヤツだと思う。だけど、だから付き合いたいかと言うと、別問題だ。
 俺は、男でも女でも、来るもの拒まず去るもの追わずのタイプだが、お前に自分から仕掛ける気にはなれない」

「いや、仕掛けられても困るが」

 ヒューイはバイセクシャルなので、その時々で彼氏だったり彼女だったりと最初はビックリしたものだがもう慣れた。

「ただよ、人の好みってのは本当に十人十色だから、本気で好きだと思われてるのかも知れない」

「だが、確かめようにもなぁ………」

 からかっただけなのか、そうでないかなど、こんな付き合った女1人いない自分にどう確かめろと言うのだ。

 ヒューイは、

「いや、ぶっちゃけどうなんのか俺も気になるし、全面的にサポートしよう。
 先ずはだな、ちょっと耳貸せ」

 と手招きすると、かなり俺には難易度の高い手段をアドバイスしてきやがった。

「いや、俺にそんな事、出来るんだろうか」

「馬鹿野郎、出来るんだろうか、じゃなくて、やるんだよ。応援してんだからよこれでも」


 年下の友人に呆れたように諭されて、俺は情けなく思いながらも、頑張る、と頭を下げた。






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