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ブレナンの場合。【4】
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先日の一件があってから、僕は週に一、二度はリアーナを夕食に誘うようになった。彼女も仕事に集中しすぎていつも遅くなることが多かったから、帰りの時間が似通っており誘いやすかったのもある。それに、彼女と話しても話題が途切れることもなく、たまに鋭い考えなども聞けたりと、自分にはとても有意義な時間になっていた。
実家に食事に誘ったこともあったが、両親も小さな頃から知っており話題豊富なリアーナが大好きで、「せっかく同じ会社に働いているのだからもっとマメに連れておいでなさい」とせっつかれる始末だ。我が家も子供たちが結婚などで全員独立してしまい、寂しい思いをしていたようである。
ある日、昼時の混雑が嫌いな僕は、いつものように少し時間をずらしたランチを取るため、一人で例のビストロに入った。ハンバーグと白身魚フライのランチを食べつつ、今日リアーナに残業がなければまた実家の夕食に誘おうかなー、などとのんびり考えていたら、背後のテーブルで「ほんとあの子ムカつくのよ!」と苛ついた声がした。聞き覚えがある声だ。気づかれないようそっと確認すると、以前食事に誘ってくれたことのある職場の同僚である。名前も憶えていないが、フワフワとおっとりした喋り方をする子で、周りが言うには可愛い癒し系とかいうタイプらしいが、自分の話しかせずに、彼女から誘ったくせに頼んだ食事を半分以上「食べきれない」と残してしまうような勿体ない真似をするので、どうにもいい気分にはなれずに誘われても断るようになった。食べられないなら元から少なく頼めばいいのにね。食事は大切よ、健康とメンタルのバロメーターなのだから! と断言する母がいる我が家では、食べ物を粗末にする人はどうも好きになれない。別に聞くつもりもなかったが地声が大きいので自然に耳に入ってしまう。だが、次のセリフで聞き耳を立てずには居られなくなった。
「ああ、あの新人の。リアーナだっけ? 侯爵令嬢だとか」
愚痴をこぼしている女性も顔は見た覚えがあるので同じ職場の同僚だろう。
「そうよ。あんなぶっさいくな顔して侯爵令嬢よ。それなりに礼儀作法は身に着けてるみたいだけど、『ここの校正部分、少々勘違いしておられると思うのですが、本当にこれで進めてよろしいんでしょうか?』とか腹立つ言い方してきて!」
「……いや、でもそれ貴女がミスしてたんじゃないの?」
「そ、それはたまたまよ。言い方ってものがあるじゃない先輩に対して。ムカついたから、じゃあこれあとはあなたに任せるので直して出しておいて、って渡したら夜遅くまでやって提出したみたいで。編集長には何も文句言われなかったし」
「じゃあいいじゃないの」
「こんなことも出来ないのかと見下されているようで腹が立つのよ。だから、自分に頼まれた仕事でも、面倒くさいのはリアーナに全部振ることにしたのよ。時間がかかるとか、あちこちに確認が必要なのとかね。少しは助けて下さいとかこの量は無理です、って弱音吐いて先輩に頼って来るんじゃないかと思って。そしたら、しれーっと仕上げてるのよ。もう可愛げないのなんのって」
「いやいや、出来のいい新人で何よりじゃない。うちの部署の新人なんて、お茶頼んだら運んで来る時に大事な書類にぶちまけるし、簡単な仕事頼んでも何時間もかかるし、本当に育てるの大変よ」
「……一番腹が立つのはね、あのご面相でブレナンと仲が良いってことよ。私が何度誘っても都合が悪いで断るくせに、あの子とは何度も食事している姿を見たのよ。それも楽しそうに。あんな色素薄い髪の毛に青い瞳よ? そばかすも散ってるし、うちの部署の男性にも『仕事は頑張ってるし真面目だけど……付き合うにはちょっとなあ(笑)』って言われるぐらいの子よ? 私の方が断然美人でしょうよ。ダークブラウンの瞳にブラウンヘア。二重だけど切れ長って良く言われるし、鼻だって小さいし唇薄いし、チヤホヤして周りにデート誘ってくれる人が何人もいるのよ?」
「でも、確か幼馴染みでしょう? あの二人。仲が良くて当然じゃない?」
「それでも、男女じゃないの。幼馴染みとご飯は食べるくせに、そこそこモテる私からの誘いは断るってどういう訳よ。プライドが傷つくわ。それに侯爵令嬢なら働かずに家にいりゃいいじゃないの、生活困ってる訳じゃあるまいし。どうせコネでしょ」
「……まあ結局、単に貴女がブレナンと上手く行かないのをその子のせいにしてるんじゃないかと思うけどね。いくら反りの合わない関係だって、変に後輩いじめをするのは止めなさいよ。コネでもなんでも一生懸命働いているんだから構わないでしょう? あんまりストレス溜めるとお肌に悪いわよ。はいはい早く食べて仕事戻りましょう」
「──そうね。少し言いたいこといったら気分がスッキリしたわ。仕事押し付けられるせいで帰る時間も早くなって、キープの男の人とデートする時間が増えたのも事実だし。でもやっぱりブレナンと比べると顔もスマートさも劣るのよねえ……」
……リアーナは先輩に仕事を押し付けられて残業していたのか。
お相手の同僚は至極まっとうな考えの持ち主だが、あの子はちょっと考え方がおかしい。大体リアーナは可愛いじゃないか。頭はいいし一緒に話してて楽しいし、いたずらっ子みたいな笑い方も魅力的だし、勤勉で努力家だ。それに幼馴染みだから無理に仲良くしてる訳じゃないし。
それにしても、子供の頃と変わらず、リアーナは職場でのいじめもまた僕に黙ってるのか。全く、僕はそんなに頼りにならないんだろうか。
だが、自分があれこれ言って変にこじれるのも問題だ。同じ部署同士のトラブルに他部署の人間が口を挟むのもどうかと思う。でもリアーナが不利を被るのも何とかしたい。はてどうしたものか、と彼女たちが出て行った後もあれこれ頭を悩ませ、とりあえず食事に誘おう、それで送りがてらでも探るしかない、と心に決めた。
実家に食事に誘ったこともあったが、両親も小さな頃から知っており話題豊富なリアーナが大好きで、「せっかく同じ会社に働いているのだからもっとマメに連れておいでなさい」とせっつかれる始末だ。我が家も子供たちが結婚などで全員独立してしまい、寂しい思いをしていたようである。
ある日、昼時の混雑が嫌いな僕は、いつものように少し時間をずらしたランチを取るため、一人で例のビストロに入った。ハンバーグと白身魚フライのランチを食べつつ、今日リアーナに残業がなければまた実家の夕食に誘おうかなー、などとのんびり考えていたら、背後のテーブルで「ほんとあの子ムカつくのよ!」と苛ついた声がした。聞き覚えがある声だ。気づかれないようそっと確認すると、以前食事に誘ってくれたことのある職場の同僚である。名前も憶えていないが、フワフワとおっとりした喋り方をする子で、周りが言うには可愛い癒し系とかいうタイプらしいが、自分の話しかせずに、彼女から誘ったくせに頼んだ食事を半分以上「食べきれない」と残してしまうような勿体ない真似をするので、どうにもいい気分にはなれずに誘われても断るようになった。食べられないなら元から少なく頼めばいいのにね。食事は大切よ、健康とメンタルのバロメーターなのだから! と断言する母がいる我が家では、食べ物を粗末にする人はどうも好きになれない。別に聞くつもりもなかったが地声が大きいので自然に耳に入ってしまう。だが、次のセリフで聞き耳を立てずには居られなくなった。
「ああ、あの新人の。リアーナだっけ? 侯爵令嬢だとか」
愚痴をこぼしている女性も顔は見た覚えがあるので同じ職場の同僚だろう。
「そうよ。あんなぶっさいくな顔して侯爵令嬢よ。それなりに礼儀作法は身に着けてるみたいだけど、『ここの校正部分、少々勘違いしておられると思うのですが、本当にこれで進めてよろしいんでしょうか?』とか腹立つ言い方してきて!」
「……いや、でもそれ貴女がミスしてたんじゃないの?」
「そ、それはたまたまよ。言い方ってものがあるじゃない先輩に対して。ムカついたから、じゃあこれあとはあなたに任せるので直して出しておいて、って渡したら夜遅くまでやって提出したみたいで。編集長には何も文句言われなかったし」
「じゃあいいじゃないの」
「こんなことも出来ないのかと見下されているようで腹が立つのよ。だから、自分に頼まれた仕事でも、面倒くさいのはリアーナに全部振ることにしたのよ。時間がかかるとか、あちこちに確認が必要なのとかね。少しは助けて下さいとかこの量は無理です、って弱音吐いて先輩に頼って来るんじゃないかと思って。そしたら、しれーっと仕上げてるのよ。もう可愛げないのなんのって」
「いやいや、出来のいい新人で何よりじゃない。うちの部署の新人なんて、お茶頼んだら運んで来る時に大事な書類にぶちまけるし、簡単な仕事頼んでも何時間もかかるし、本当に育てるの大変よ」
「……一番腹が立つのはね、あのご面相でブレナンと仲が良いってことよ。私が何度誘っても都合が悪いで断るくせに、あの子とは何度も食事している姿を見たのよ。それも楽しそうに。あんな色素薄い髪の毛に青い瞳よ? そばかすも散ってるし、うちの部署の男性にも『仕事は頑張ってるし真面目だけど……付き合うにはちょっとなあ(笑)』って言われるぐらいの子よ? 私の方が断然美人でしょうよ。ダークブラウンの瞳にブラウンヘア。二重だけど切れ長って良く言われるし、鼻だって小さいし唇薄いし、チヤホヤして周りにデート誘ってくれる人が何人もいるのよ?」
「でも、確か幼馴染みでしょう? あの二人。仲が良くて当然じゃない?」
「それでも、男女じゃないの。幼馴染みとご飯は食べるくせに、そこそこモテる私からの誘いは断るってどういう訳よ。プライドが傷つくわ。それに侯爵令嬢なら働かずに家にいりゃいいじゃないの、生活困ってる訳じゃあるまいし。どうせコネでしょ」
「……まあ結局、単に貴女がブレナンと上手く行かないのをその子のせいにしてるんじゃないかと思うけどね。いくら反りの合わない関係だって、変に後輩いじめをするのは止めなさいよ。コネでもなんでも一生懸命働いているんだから構わないでしょう? あんまりストレス溜めるとお肌に悪いわよ。はいはい早く食べて仕事戻りましょう」
「──そうね。少し言いたいこといったら気分がスッキリしたわ。仕事押し付けられるせいで帰る時間も早くなって、キープの男の人とデートする時間が増えたのも事実だし。でもやっぱりブレナンと比べると顔もスマートさも劣るのよねえ……」
……リアーナは先輩に仕事を押し付けられて残業していたのか。
お相手の同僚は至極まっとうな考えの持ち主だが、あの子はちょっと考え方がおかしい。大体リアーナは可愛いじゃないか。頭はいいし一緒に話してて楽しいし、いたずらっ子みたいな笑い方も魅力的だし、勤勉で努力家だ。それに幼馴染みだから無理に仲良くしてる訳じゃないし。
それにしても、子供の頃と変わらず、リアーナは職場でのいじめもまた僕に黙ってるのか。全く、僕はそんなに頼りにならないんだろうか。
だが、自分があれこれ言って変にこじれるのも問題だ。同じ部署同士のトラブルに他部署の人間が口を挟むのもどうかと思う。でもリアーナが不利を被るのも何とかしたい。はてどうしたものか、と彼女たちが出て行った後もあれこれ頭を悩ませ、とりあえず食事に誘おう、それで送りがてらでも探るしかない、と心に決めた。
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