フォアローゼズ~土偶の子供たちも誰かを愛でる~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

文字の大きさ
上 下
26 / 30

ブレナンの場合。【4】

しおりを挟む
 先日の一件があってから、僕は週に一、二度はリアーナを夕食に誘うようになった。彼女も仕事に集中しすぎていつも遅くなることが多かったから、帰りの時間が似通っており誘いやすかったのもある。それに、彼女と話しても話題が途切れることもなく、たまに鋭い考えなども聞けたりと、自分にはとても有意義な時間になっていた。
 実家に食事に誘ったこともあったが、両親も小さな頃から知っており話題豊富なリアーナが大好きで、「せっかく同じ会社に働いているのだからもっとマメに連れておいでなさい」とせっつかれる始末だ。我が家も子供たちが結婚などで全員独立してしまい、寂しい思いをしていたようである。

 ある日、昼時の混雑が嫌いな僕は、いつものように少し時間をずらしたランチを取るため、一人で例のビストロに入った。ハンバーグと白身魚フライのランチを食べつつ、今日リアーナに残業がなければまた実家の夕食に誘おうかなー、などとのんびり考えていたら、背後のテーブルで「ほんとあの子ムカつくのよ!」と苛ついた声がした。聞き覚えがある声だ。気づかれないようそっと確認すると、以前食事に誘ってくれたことのある職場の同僚である。名前も憶えていないが、フワフワとおっとりした喋り方をする子で、周りが言うには可愛い癒し系とかいうタイプらしいが、自分の話しかせずに、彼女から誘ったくせに頼んだ食事を半分以上「食べきれない」と残してしまうような勿体ない真似をするので、どうにもいい気分にはなれずに誘われても断るようになった。食べられないなら元から少なく頼めばいいのにね。食事は大切よ、健康とメンタルのバロメーターなのだから! と断言する母がいる我が家では、食べ物を粗末にする人はどうも好きになれない。別に聞くつもりもなかったが地声が大きいので自然に耳に入ってしまう。だが、次のセリフで聞き耳を立てずには居られなくなった。

「ああ、あの新人の。リアーナだっけ? 侯爵令嬢だとか」

 愚痴をこぼしている女性も顔は見た覚えがあるので同じ職場の同僚だろう。

「そうよ。あんなぶっさいくな顔して侯爵令嬢よ。それなりに礼儀作法は身に着けてるみたいだけど、『ここの校正部分、少々勘違いしておられると思うのですが、本当にこれで進めてよろしいんでしょうか?』とか腹立つ言い方してきて!」
「……いや、でもそれ貴女がミスしてたんじゃないの?」
「そ、それはたまたまよ。言い方ってものがあるじゃない先輩に対して。ムカついたから、じゃあこれあとはあなたに任せるので直して出しておいて、って渡したら夜遅くまでやって提出したみたいで。編集長には何も文句言われなかったし」
「じゃあいいじゃないの」
「こんなことも出来ないのかと見下されているようで腹が立つのよ。だから、自分に頼まれた仕事でも、面倒くさいのはリアーナに全部振ることにしたのよ。時間がかかるとか、あちこちに確認が必要なのとかね。少しは助けて下さいとかこの量は無理です、って弱音吐いて先輩に頼って来るんじゃないかと思って。そしたら、しれーっと仕上げてるのよ。もう可愛げないのなんのって」
「いやいや、出来のいい新人で何よりじゃない。うちの部署の新人なんて、お茶頼んだら運んで来る時に大事な書類にぶちまけるし、簡単な仕事頼んでも何時間もかかるし、本当に育てるの大変よ」
「……一番腹が立つのはね、あのご面相でブレナンと仲が良いってことよ。私が何度誘っても都合が悪いで断るくせに、あの子とは何度も食事している姿を見たのよ。それも楽しそうに。あんな色素薄い髪の毛に青い瞳よ? そばかすも散ってるし、うちの部署の男性にも『仕事は頑張ってるし真面目だけど……付き合うにはちょっとなあ(笑)』って言われるぐらいの子よ? 私の方が断然美人でしょうよ。ダークブラウンの瞳にブラウンヘア。二重だけど切れ長って良く言われるし、鼻だって小さいし唇薄いし、チヤホヤして周りにデート誘ってくれる人が何人もいるのよ?」
「でも、確か幼馴染みでしょう? あの二人。仲が良くて当然じゃない?」
「それでも、男女じゃないの。幼馴染みとご飯は食べるくせに、そこそこモテる私からの誘いは断るってどういう訳よ。プライドが傷つくわ。それに侯爵令嬢なら働かずに家にいりゃいいじゃないの、生活困ってる訳じゃあるまいし。どうせコネでしょ」
「……まあ結局、単に貴女がブレナンと上手く行かないのをその子のせいにしてるんじゃないかと思うけどね。いくら反りの合わない関係だって、変に後輩いじめをするのは止めなさいよ。コネでもなんでも一生懸命働いているんだから構わないでしょう? あんまりストレス溜めるとお肌に悪いわよ。はいはい早く食べて仕事戻りましょう」
「──そうね。少し言いたいこといったら気分がスッキリしたわ。仕事押し付けられるせいで帰る時間も早くなって、キープの男の人とデートする時間が増えたのも事実だし。でもやっぱりブレナンと比べると顔もスマートさも劣るのよねえ……」

 ……リアーナは先輩に仕事を押し付けられて残業していたのか。
 お相手の同僚は至極まっとうな考えの持ち主だが、あの子はちょっと考え方がおかしい。大体リアーナは可愛いじゃないか。頭はいいし一緒に話してて楽しいし、いたずらっ子みたいな笑い方も魅力的だし、勤勉で努力家だ。それに幼馴染みだから無理に仲良くしてる訳じゃないし。

 それにしても、子供の頃と変わらず、リアーナは職場でのいじめもまた僕に黙ってるのか。全く、僕はそんなに頼りにならないんだろうか。
 だが、自分があれこれ言って変にこじれるのも問題だ。同じ部署同士のトラブルに他部署の人間が口を挟むのもどうかと思う。でもリアーナが不利を被るのも何とかしたい。はてどうしたものか、と彼女たちが出て行った後もあれこれ頭を悩ませ、とりあえず食事に誘おう、それで送りがてらでも探るしかない、と心に決めた。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

処理中です...