17 / 30
アナの場合。【3】
しおりを挟む
あと十日で結婚式。
ガーランド国では王族男性の婚姻の際にはちょっとしたイベントがある。
今回はシカ狩りである。現国王陛下の際にはイノシシだったのだが、要は増えすぎて国民の田畑に害があったりするので、その被害状況に応じて数を減らしつつ、ついでに多くの国民に振る舞う料理の素材にするという名目があるらしい。それと、国民や家族を護れる勇敢で頼りがいある為政者だというアピールも少しはあるらしい。私は個人的には遊び感覚の無意味な殺生でなければ、人が生きている以上肉や魚を食べて生活しているのだし、仕方のないところはあるんじゃないかという考えだが、レイモンドは私が生き物関連ほぼ大好きな事を知っているので、気にしたのか狩りの時は来なくていいと言い出した。
「何言ってるの? 婚約者に成果を掲げる儀式あるじゃないの」
「だがな、ほら、猟銃を使うし、シカが血まみれだったりするぞ。きっとアナの気分が悪くなってしまうだろう?」
「やあね。お肉や魚を捌く時だって血合いとか取ったりするのよ。まあ母様の料理する姿を見て知った時にはショックだったけど、もう小さい頃の話だわ。自分が可愛がる生き物と食べる物とはまた別だから、気を遣わなくていいのよ。私はそんなに繊細じゃないから大丈夫」
「……そうか? それならいいんだが……」
その夜護衛を伴い我が家に現れたレイモンドと一緒に家族で夕飯を食べながら、私は心配する彼に笑顔を見せた。本当は可愛いシカが血まみれになっているのを見たくはないけれど、田畑の作物を勝手に食べられる農家の人だって死活問題だし、最終的には皆のお腹の中に入る訳なので、シカには許してもらうしかない。私は天使でもなければ神様でもない。今まで美味しく頂いて来た肉や魚にだって感謝こそすれ詫びたことはないし、これからも美味しく頂く予定である。
「じゃあ明後日は予定通りでいいんだな?」
「もちろんよ」
再度の確認をするレイモンドに頷いた。だが、私がどうしても参加したかったのは、シカの死に顔を見たい訳ではない。山は獣道が多く、どうしても護衛が分散気味になるのが心配だったからだ。警備が手薄になっているところにクマや山賊、その他何が起きるか分からない。私がいれば少しでも役に立てるのではないかと思ったのだ。
「──アナ、レイモンド様にご迷惑をおかけしないようにな」
デザートのコーヒーゼリーをつまみながら、私の顔から何か感じたのか、父様が苦笑して小声でそう言った。
「ダーク、この子は昔からレイモンド様には迷惑かけまくってるから『なるべく』ってつけないとダメよ」
母様が笑いながら付け加える。
「ひどい言われよう」
「お義父上もお義母上もいい加減に様づけも止めて頂けませんか。ようやく殿下は付けないようになったのにそれでは余り変わりませんよ。あと、アナのおかげでヘビ嫌いも克服出来たし、体も鍛えるようになりました。それに友人も沢山出来ましたから、色々ありましたがいい思い出です」
「……色々の部分、私たちが知らないことが多々あるんでしょうねえ。いえ、言わないでちょうだい。正直土下座で済まないレベルのやらかしをしていると思うから。本当にこの子だけは小さな頃から何をしでかすか読めなくて、心配が尽きなかったわ。まさか本当にレイモンド様と結婚まで行くとは思わなかったわねえ」
「「……本当に一番リーシャ(様)に性格が似て……」」
「ちょっとルーシーもダークも、このシャイでヒッキーな私と行動力の塊みたいなアナのどこが似てるのよ? 似てるのは顔だけよ」
「思考回路の飛躍っぷり」
「予測不可な行動」
父様もメイドのルーシーも間髪入れず回答し、母様は若干ショックを受けているようだった。ふらりと立ち上がった母様は、居間のソファーで眠るアズキを撫でながら、「……オイチャンは、ただヒッキーなだけでさ、結構ごくごく一般的な常識人だと思ってたんだよ。そしたらだよ、オイチャンの家族がまるでオイチャンを特殊性癖のある変態みたいに言うんだよ。ひどくないかい? ブロークンハートだよ……おおそうかい肉球触らせてくれるのかい? 済まないねえ、ご指名料も今日はサービスするって? アズキちゃんは優しいねえ」と呟き出した。
あら、母様がまたオイチャンを召喚してるわ。
「待て待て違うぞリーシャ! そういう自分にないところが好きという話なんだ!」
「リーシャ様、前から申し上げているではありませんか、私のメイド兼護衛兼その他沢山のスキルアップが図れたのもそんなリーシャ様のお陰なのです!」
母様が大好きな二人が早速フォローに回ったところを見て、レイモンドが私の大好きな笑みを見せた。
「相変わらず仲の良いことだ。私たちも死ぬまでお義父上たちのように仲良く暮らしたいものだな」
「そうね」
「おっといけないこんな時間か、そろそろ帰らねば。それじゃアナ、明後日また」
「分かったわ。気を付けて帰ってね」
玄関まで彼を見送って戻ると、母様はご機嫌が直ったようで、
「それでは先延ばしにしていたお仕事に戻りましょうね」
とルーシーに引きずられるようにして仕事部屋の方へ去っていった。父様は風呂に行ったようだ。我が家は一般的な貴族としては少々特殊な環境だが、小さな頃から出入りしていたレイモンドにとってはよくある光景ではあるのだろう。だが、私の大好きな両親のようになりたいと言われて、私は心の中でレイモンドに深く感謝をしていた。
ガーランド国では王族男性の婚姻の際にはちょっとしたイベントがある。
今回はシカ狩りである。現国王陛下の際にはイノシシだったのだが、要は増えすぎて国民の田畑に害があったりするので、その被害状況に応じて数を減らしつつ、ついでに多くの国民に振る舞う料理の素材にするという名目があるらしい。それと、国民や家族を護れる勇敢で頼りがいある為政者だというアピールも少しはあるらしい。私は個人的には遊び感覚の無意味な殺生でなければ、人が生きている以上肉や魚を食べて生活しているのだし、仕方のないところはあるんじゃないかという考えだが、レイモンドは私が生き物関連ほぼ大好きな事を知っているので、気にしたのか狩りの時は来なくていいと言い出した。
「何言ってるの? 婚約者に成果を掲げる儀式あるじゃないの」
「だがな、ほら、猟銃を使うし、シカが血まみれだったりするぞ。きっとアナの気分が悪くなってしまうだろう?」
「やあね。お肉や魚を捌く時だって血合いとか取ったりするのよ。まあ母様の料理する姿を見て知った時にはショックだったけど、もう小さい頃の話だわ。自分が可愛がる生き物と食べる物とはまた別だから、気を遣わなくていいのよ。私はそんなに繊細じゃないから大丈夫」
「……そうか? それならいいんだが……」
その夜護衛を伴い我が家に現れたレイモンドと一緒に家族で夕飯を食べながら、私は心配する彼に笑顔を見せた。本当は可愛いシカが血まみれになっているのを見たくはないけれど、田畑の作物を勝手に食べられる農家の人だって死活問題だし、最終的には皆のお腹の中に入る訳なので、シカには許してもらうしかない。私は天使でもなければ神様でもない。今まで美味しく頂いて来た肉や魚にだって感謝こそすれ詫びたことはないし、これからも美味しく頂く予定である。
「じゃあ明後日は予定通りでいいんだな?」
「もちろんよ」
再度の確認をするレイモンドに頷いた。だが、私がどうしても参加したかったのは、シカの死に顔を見たい訳ではない。山は獣道が多く、どうしても護衛が分散気味になるのが心配だったからだ。警備が手薄になっているところにクマや山賊、その他何が起きるか分からない。私がいれば少しでも役に立てるのではないかと思ったのだ。
「──アナ、レイモンド様にご迷惑をおかけしないようにな」
デザートのコーヒーゼリーをつまみながら、私の顔から何か感じたのか、父様が苦笑して小声でそう言った。
「ダーク、この子は昔からレイモンド様には迷惑かけまくってるから『なるべく』ってつけないとダメよ」
母様が笑いながら付け加える。
「ひどい言われよう」
「お義父上もお義母上もいい加減に様づけも止めて頂けませんか。ようやく殿下は付けないようになったのにそれでは余り変わりませんよ。あと、アナのおかげでヘビ嫌いも克服出来たし、体も鍛えるようになりました。それに友人も沢山出来ましたから、色々ありましたがいい思い出です」
「……色々の部分、私たちが知らないことが多々あるんでしょうねえ。いえ、言わないでちょうだい。正直土下座で済まないレベルのやらかしをしていると思うから。本当にこの子だけは小さな頃から何をしでかすか読めなくて、心配が尽きなかったわ。まさか本当にレイモンド様と結婚まで行くとは思わなかったわねえ」
「「……本当に一番リーシャ(様)に性格が似て……」」
「ちょっとルーシーもダークも、このシャイでヒッキーな私と行動力の塊みたいなアナのどこが似てるのよ? 似てるのは顔だけよ」
「思考回路の飛躍っぷり」
「予測不可な行動」
父様もメイドのルーシーも間髪入れず回答し、母様は若干ショックを受けているようだった。ふらりと立ち上がった母様は、居間のソファーで眠るアズキを撫でながら、「……オイチャンは、ただヒッキーなだけでさ、結構ごくごく一般的な常識人だと思ってたんだよ。そしたらだよ、オイチャンの家族がまるでオイチャンを特殊性癖のある変態みたいに言うんだよ。ひどくないかい? ブロークンハートだよ……おおそうかい肉球触らせてくれるのかい? 済まないねえ、ご指名料も今日はサービスするって? アズキちゃんは優しいねえ」と呟き出した。
あら、母様がまたオイチャンを召喚してるわ。
「待て待て違うぞリーシャ! そういう自分にないところが好きという話なんだ!」
「リーシャ様、前から申し上げているではありませんか、私のメイド兼護衛兼その他沢山のスキルアップが図れたのもそんなリーシャ様のお陰なのです!」
母様が大好きな二人が早速フォローに回ったところを見て、レイモンドが私の大好きな笑みを見せた。
「相変わらず仲の良いことだ。私たちも死ぬまでお義父上たちのように仲良く暮らしたいものだな」
「そうね」
「おっといけないこんな時間か、そろそろ帰らねば。それじゃアナ、明後日また」
「分かったわ。気を付けて帰ってね」
玄関まで彼を見送って戻ると、母様はご機嫌が直ったようで、
「それでは先延ばしにしていたお仕事に戻りましょうね」
とルーシーに引きずられるようにして仕事部屋の方へ去っていった。父様は風呂に行ったようだ。我が家は一般的な貴族としては少々特殊な環境だが、小さな頃から出入りしていたレイモンドにとってはよくある光景ではあるのだろう。だが、私の大好きな両親のようになりたいと言われて、私は心の中でレイモンドに深く感謝をしていた。
0
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される
こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!?
※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください
※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる