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クロエの場合。【6】

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「寂しいわ……もうクロエもお嫁に行っちゃうのよーダークぅぅっ」
 
「そうだな。でもカイルみたいに国から離れる訳じゃないし、馬車で20分位の近場で暮らすんだから行き来は出来る。ほら泣いてたら女神がただの美人になるぞ。
 鼻をチーンてしなさいチーンて」
 
「……ずびびびーっ。
 ああもうクロエ、本当に可愛いわぁ。
 だけど自分そっくりの娘を褒め称えるのってすごくナルシストみたいでイヤなのよぅ」
 
「でもあからさまな美人を可愛くないと言うのも謙遜が過ぎて嫌味じゃないか? 仕方ないだろう可愛いリーシャの血を引きまくってるんだから、クロエが可愛いのは当然だろう」
 
「そうですよリーシャ様。
 もういい加減自己評価の低さをペイっと海に捨てて真っ当な価値観を持ちましょう」
 
「だから私が真っ当な価値観なんだってばぁぁぁっ」
 
 
 
 
 母様と父様は相変わらずラブラブな様子だし、ルーシーは母様至上主義だ。
 
 ジークは私と結婚する事で公爵位になる為、カイル兄様のように王族が通常行うような派手派手しい結婚式ではなかったものの、それでも成り上がりの伯爵家と比べても格が違った。
 仕事絡みでも結構な人数の列席者がおり、町の教会は人で溢れていた。
 
 無事に誓いのキス(かすめる程度)と指輪の交換をして、ようやく待ちに待ったジークの妻になった。
 
 とても長かった。
 何しろ私が一目惚れしてから15年だ。
 だが、私も気が長い方だと思うが、ジークなど結婚適齢期から更に15年。気が遠くなるほど長かったのではないかと思う。
 
 
 私についてメイドとして働く事になったメリッサは、日に日にルーシーのように動きに無駄がなく、仕事も手際が良くなって、護衛術もルーシーが言うには『メリッサもクレアも飲み込みがいい』そうで、最初の頃は青アザを作っていたりカタカタした動きで筋肉痛に喘いでいたメリッサたちも、今ではグエンおじ様も巻き込んでの鍛練になるほど仕上がってきたとの事だ。
 
「まあ時間がないので付け焼き刃ですが、日々の努力は怠らないように仕込んでおりますのでご安心下さい」
 
 ルーシーは無表情に報告してきたけど、あれはかなり満足げな感じだった。
 
 しかし以前は確かに拐われたりする事もあったが、流石に人妻になってしまえばそこまで鍛える必要はない気がするのだけども。
 大袈裟にも程がある。
 
 メリッサにそんな話をしたら、
 
「クロエ様。私やクレアが学校でどれだけクロエ様やアナスタシア様にラブレターだの釣書を渡してくれだの、何とかデートに持ち込むチャンスを作ってくれと親御さんまで現れてお金を渡されそうになったかご存知ありませんわね?」
 
「……そんなにあったの?」
 
「そんなに、というかほぼ学校に通っている8割9割の男子の名前はそれで覚えたと言っても過言ではありませんでした。本人たちは断られたらみっともないからとろくに直接アピールもしないクソばかりでしたが」
 
 アナは男子に混ざって騎士団ごっことかして遊んでたから話をしてて好きになるのは分かるけど、私は料理クラブでほぼ女子としか絡みがなかったし、ジークがいるから周りの男子をそんな目で見た事がなかった。
 
 そっか、知らない間にモテていたのね。
 別にジーク以外はどうでもいいけれど、ジークにこの話をしたらちょっと焼きもち妬いてくれるかしら。
 大人だから無理かしらね。
 
「でもそんな話全くしなかったじゃないのメリッサ」
 
「実は友人になった当初の頃から、クロエ様やアナスタシア様はもう王族が手放さないだろうから、変に粘着する男性が現れても面倒だ、アナタたちが是非隠れて男避けになって欲しいとルーシー様から頼まれてたのです」
 
「そうだったの……。ごめんなさいね迷惑かけて。
 ルーシー1人で母様以外に私たちまで気遣ってたのよねえ……大変だったと思うわ。
 これからはメリッサと一緒に頑張っていかないとね。よろしくお願いするわ。
 あと仕事以外の時は今まで通り敬語は止めてね」
 
「かしこまりました。師匠に負けないようにクロエ様の懐刀になれるよう精進致します」
 
「ちょ、師匠ってルーシーの事? あなたたちの関係性ってどうなってるのよ」
 
「学生時代から実はルーシー師匠に憧れておりました。気がつけばリーシャ様の背後に立ち、常に周囲に気を配っておられる隙のない姿。
 アナ様やクロエ様の送り迎えは勿論、たまに私たちが町に買い物に行く時も、少し離れた所から目立たぬよう護衛されてたのですが、ゲスな目的で近づこうとする男性を追い払うスピードは驚くほどで、いつもクレアと惚れ惚れすると話し合っていたものですわ」
 
「──私、長い付き合いなのにルーシーについては知らない事が多々あるわね」
 
「正直、1メイドの枠に収まる方ではないのです師匠は。リーシャ様への忠誠心と友情と作品への限りない愛は他の追随を許さないものがございます」
 
 
 
 なるほど。
 うちの母様は幸せ者である。 
 
 ……まあ作品への限りない愛というのが、
 
「もう無理ぽ」
「眠い」
「何も浮かばない」
「エロ枯渇。ワタシモウ引退ヨ」
 
 とアズキを抱き締めてえうえう涙声で訴えてる母様を宥めながら、再びずりずりと作業部屋に連れ戻す手際の良さに繋がっていたりもするのだが。
 
 
 
「あ、そうでしたわ。リーシャ様からのお手紙を預かっておりました」
 
 スカートから注意深く取り出した手紙を私に手渡したメリッサは、片付けが残っておりますのでまた後ほど、とルーシーのように足音も立てずに下がっていった。
 
(母様から? 何かしら)
 
 封を開けて手紙を読む。
 
 
『クロエへ
 
 結婚おめでとう! まずは幸せになってね!
 
 父様と母様はずっと途中で気が変わってくれないかしら、とこの15年何度も何度も思わなかったと言えば嘘になるけれど、しぶといクロエとジークライン王子には脱帽したわ。

 あ、別にロリコンだからとか嫌だと思っていた訳じゃなくてジークラインはいい人なのは分かってるの。
 
 でもほら、もう王族はお腹いっぱいというか、こんな公爵位でも侯爵位でもない下位貴族が何でどんどんやんごとなき御方が親族に加わるのかしらという……まあ面倒な事が増えるんじゃないかと言う不安よね。
 
 でも、アナタたちが幸せになるなら家柄にこだわってる場合じゃないものね。
 いいのよ、我が家の親族だけで国際会議が出来そうだとか、孫が出来たら更に王族ホイホイしそうだとか些末な事なのよ。
 
 父様と母様は今、凪いだ海の上でアタリを待つ釣り人のような穏やかな心持ちよ。
 人生何が起きるか分からないものなのよ。
 諦めも肝心なのよね。
 
 だけど母として1つだけ言っとくわ。
 ジークラインは恐らく……アレだから、数日はクロエは身動き出来ないだろうと思うの。
 母様も経験したから分かるわ。
 アレを舐めてると大変なの。
 父様がちょっと泣いちゃうと思うから、家に来るのはちゃんと歩けるようになってからでいいから。
 無理しないでね。
 
 母様より』
 
 
 ……後半は何を言ってるのか良く分からない。
 今もちゃんと歩けてるのに。
 それにアレって何かしら。
 
 手紙を封筒に戻すと私は首をひねった。
 
「ああ! ジークが王族で身分の高い人ばかり来ているから、社交的な意味で疲れきってしまうという事かしら?」
 
 そうね、確かにまだご挨拶は残っているし既に気疲れはしているけども。
 
 でも一時の事だものね。
 もう母様ったら心配性なんだから。
 
 
 私は苦笑してメイクを直すと気合いを入れた。
 心配かけないように頑張りますか。
 
 
 
 
 
 だが母様の心配はそんな事じゃなかった、と理解するのはあと数時間後のことであった。
 
 
 
 
 
 
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