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王都へ②
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ゼアキスは本性はどうであれ、王太子として一定の知名度を得ていた。そんな彼が、拘束されていない自由の身でありながら、私とエディアス様を庇う様に立ったのだ。
どよめきが起き、動揺が──迷いが、さざ波のように人々の間に広がっていくのがわかる。
「あれは……王太子殿下!?」
「王家の方を肉の盾にするとはなんと卑怯な……」
「しかし、殿下のあのお姿を見よ。まるで海のように凪いで静かでいらっしゃる」
「たしかに、とても捕虜に身をやつしている様には見えない」
王太子に刃を向ける勇気のあるものはいないらしく、兵士らは一斉に道を開けた。エディアス様が最低限丁重さをもって、ゼアキスを保護していたことで、彼らの間に──国を守るための一族としての絆が芽生えたのかもしれない──と思うのは、都合よく物事を解釈しすぎだろうか?
「あー……このゼアキスは、王太子である!」
ゼアキスの言葉に、民衆はじっと耳を傾けた。
「私は故あって、聖女と同盟関係にある。王都に瘴気が発生している事は、ご覧の通り。我が大叔父であるエディアス・ラング公爵は反逆者ではない。聖女の伴侶として、この国を影から支え続けていた功労者である」
「本当に、この声は王太子さまだ……」
「ラング公爵と言うのは、後ろの青年のことか? 生きていれば、老人のはずだが……」
「ここに居るのは前王──俺の祖父の実の兄であるエディアス・ラング公爵に相違ない。歴史が示すとおり、彼は既に齢七十を超えた老体である。その彼が、何故このような若々しい姿で王都へと舞い戻ったのか──それすなわち、発芽した世界樹の力に他ならない」
ゼアキスがこちらを振り向き、小さく頷いた。エディアス様へ、会話の主導権が渡されるのだ。
「私、エディアス・ラングは発芽した世界樹の恵みを受け、若さを取り戻した。この様な御業、常人に可能だろうか──それこそが、このアリア・アーバレストが聖女であると言う証。彼女こそが、救国の聖女だと、私が保証する」
私を見る目が一気に変わったのが、肌でわかる。
「そ、そんな……シェミナ様が、聖女として世界樹の種を発芽させたのではないか?」
誰の問いとも判別がつかない言葉に、エディアス様はゆっくりと首を振った。
「違う。シェミナ・アーバレストは聖女として選定されたにもかかわらず、姉であるアリアに全ての責任を押しつけ、自分が王太子妃の座についた。そして、アリアが聖女として目覚めた後も、その功績を全て奪い取ろうとした。だから彼女は、知己を尋ねるために、世界樹とともに王都を出たのだ」
「何を言っているんです! いくらなんでもありえませぬ!」
たちまちに、いろいろな所から悲痛な叫び声が上がった。
「あちらの方角を見よ」
エディアス様が指し示したのは、ラング領の方向だ。肉眼でもわかるほどに、いつのまにか、巨大に成長した世界樹がまっすぐに天へ向かって伸びていた。
「あれこそが、この王国に恵みをもたらす世界樹。世界樹はあの地に根を張った。聖女であるアリアについてきたのだ。もし彼女が悪しき魔女、悪女であるなら、世界樹があのように立派に成長するはずがない」
自分達が今まで信じていた事が全て嘘だったと突然突きつけられたのだ、動揺しないわけがない。しかし、兵士達はエディアス様の言葉に耳をかたむけはじめているのは間違いがなかった。
「世界樹はこの地にはない。私は彼女を支持し、共に歩む覚悟を決めた。聖女は争いを望まない。あまねく国民に、マナの奇跡をもたらすだろう。ラング領では清水が湧き、瘴気に傷ついたもの全てが癒やされる。このフェンリルもだ。この神々しい輝きを見よ。魔性のものまでが、聖女アリアに付き従っている。この事実を突きつけられて尚、君たちは自分の頭で考える事を、しないのか」
エディアス様の言葉に、辺りはシン……と静まりかえり、風の音だけが響いた。皆が立ち止まっているなか、私は一歩前に出る。
「ひっ! く、来るな!」
剣や槍が擦れ合う音に、今更怯むわけがない。一歩、また一歩と、歩みを進める。
「皆さん聞いてください。私はかつて、聖女になる事を恐れました。未知のものに身を任せる恐怖……その気持ちは分かります、けれど、私は、この国で生まれ育ちました。故郷が滅び、同郷の人間が苦しむ。そんな事を望む人間が、いるでしょうか。私は……ただ、この国を元に戻したい、それだけです」
何割かの兵士は、武器を捨てた。けれど、まだ大多数は戸惑っている。
「お、俺たちは、今更……」
「そうだ、ここで止めなければ、どのみち俺たちは殺される……」
長年染みついた、シェミナによる恐怖政治の影響は、これほどまでに根強いのか……。けれど、猛一押しだ。恐怖を与えて力でこじ開けては、私もシェミナと変わらない存在になってしまう。
「だから、道をあければ、殺さないと言っているだろう、この愚……」
ゼアキスが声を荒げたのを、ラーミヤが前足でパンチをして止めた。
その時だ。にぶい音がして、ゆっくりと城門が開きはじめた。
内部で騒乱が起きている気配はなかった。あれば、軍隊が私たちに集中できるはずもないから。義勇軍も、王国軍も、きしんだ音を立ててゆっくりと開く扉を、ただじっと眺めた。
「──遅れまして、申し訳ありません!」
扉の隙間から顔を出したのは、先に潜入していたアルフォンスだ。そして──。
「私がちょっと本気を出せば、ほらこの通りです」
「お前、後から出てきていいところだけいけしゃあしゃあと……!」
続けてアルフォンスの肩越しに顔を出したのは、──行方不明だったはずの、カーレンだった
どよめきが起き、動揺が──迷いが、さざ波のように人々の間に広がっていくのがわかる。
「あれは……王太子殿下!?」
「王家の方を肉の盾にするとはなんと卑怯な……」
「しかし、殿下のあのお姿を見よ。まるで海のように凪いで静かでいらっしゃる」
「たしかに、とても捕虜に身をやつしている様には見えない」
王太子に刃を向ける勇気のあるものはいないらしく、兵士らは一斉に道を開けた。エディアス様が最低限丁重さをもって、ゼアキスを保護していたことで、彼らの間に──国を守るための一族としての絆が芽生えたのかもしれない──と思うのは、都合よく物事を解釈しすぎだろうか?
「あー……このゼアキスは、王太子である!」
ゼアキスの言葉に、民衆はじっと耳を傾けた。
「私は故あって、聖女と同盟関係にある。王都に瘴気が発生している事は、ご覧の通り。我が大叔父であるエディアス・ラング公爵は反逆者ではない。聖女の伴侶として、この国を影から支え続けていた功労者である」
「本当に、この声は王太子さまだ……」
「ラング公爵と言うのは、後ろの青年のことか? 生きていれば、老人のはずだが……」
「ここに居るのは前王──俺の祖父の実の兄であるエディアス・ラング公爵に相違ない。歴史が示すとおり、彼は既に齢七十を超えた老体である。その彼が、何故このような若々しい姿で王都へと舞い戻ったのか──それすなわち、発芽した世界樹の力に他ならない」
ゼアキスがこちらを振り向き、小さく頷いた。エディアス様へ、会話の主導権が渡されるのだ。
「私、エディアス・ラングは発芽した世界樹の恵みを受け、若さを取り戻した。この様な御業、常人に可能だろうか──それこそが、このアリア・アーバレストが聖女であると言う証。彼女こそが、救国の聖女だと、私が保証する」
私を見る目が一気に変わったのが、肌でわかる。
「そ、そんな……シェミナ様が、聖女として世界樹の種を発芽させたのではないか?」
誰の問いとも判別がつかない言葉に、エディアス様はゆっくりと首を振った。
「違う。シェミナ・アーバレストは聖女として選定されたにもかかわらず、姉であるアリアに全ての責任を押しつけ、自分が王太子妃の座についた。そして、アリアが聖女として目覚めた後も、その功績を全て奪い取ろうとした。だから彼女は、知己を尋ねるために、世界樹とともに王都を出たのだ」
「何を言っているんです! いくらなんでもありえませぬ!」
たちまちに、いろいろな所から悲痛な叫び声が上がった。
「あちらの方角を見よ」
エディアス様が指し示したのは、ラング領の方向だ。肉眼でもわかるほどに、いつのまにか、巨大に成長した世界樹がまっすぐに天へ向かって伸びていた。
「あれこそが、この王国に恵みをもたらす世界樹。世界樹はあの地に根を張った。聖女であるアリアについてきたのだ。もし彼女が悪しき魔女、悪女であるなら、世界樹があのように立派に成長するはずがない」
自分達が今まで信じていた事が全て嘘だったと突然突きつけられたのだ、動揺しないわけがない。しかし、兵士達はエディアス様の言葉に耳をかたむけはじめているのは間違いがなかった。
「世界樹はこの地にはない。私は彼女を支持し、共に歩む覚悟を決めた。聖女は争いを望まない。あまねく国民に、マナの奇跡をもたらすだろう。ラング領では清水が湧き、瘴気に傷ついたもの全てが癒やされる。このフェンリルもだ。この神々しい輝きを見よ。魔性のものまでが、聖女アリアに付き従っている。この事実を突きつけられて尚、君たちは自分の頭で考える事を、しないのか」
エディアス様の言葉に、辺りはシン……と静まりかえり、風の音だけが響いた。皆が立ち止まっているなか、私は一歩前に出る。
「ひっ! く、来るな!」
剣や槍が擦れ合う音に、今更怯むわけがない。一歩、また一歩と、歩みを進める。
「皆さん聞いてください。私はかつて、聖女になる事を恐れました。未知のものに身を任せる恐怖……その気持ちは分かります、けれど、私は、この国で生まれ育ちました。故郷が滅び、同郷の人間が苦しむ。そんな事を望む人間が、いるでしょうか。私は……ただ、この国を元に戻したい、それだけです」
何割かの兵士は、武器を捨てた。けれど、まだ大多数は戸惑っている。
「お、俺たちは、今更……」
「そうだ、ここで止めなければ、どのみち俺たちは殺される……」
長年染みついた、シェミナによる恐怖政治の影響は、これほどまでに根強いのか……。けれど、猛一押しだ。恐怖を与えて力でこじ開けては、私もシェミナと変わらない存在になってしまう。
「だから、道をあければ、殺さないと言っているだろう、この愚……」
ゼアキスが声を荒げたのを、ラーミヤが前足でパンチをして止めた。
その時だ。にぶい音がして、ゆっくりと城門が開きはじめた。
内部で騒乱が起きている気配はなかった。あれば、軍隊が私たちに集中できるはずもないから。義勇軍も、王国軍も、きしんだ音を立ててゆっくりと開く扉を、ただじっと眺めた。
「──遅れまして、申し訳ありません!」
扉の隙間から顔を出したのは、先に潜入していたアルフォンスだ。そして──。
「私がちょっと本気を出せば、ほらこの通りです」
「お前、後から出てきていいところだけいけしゃあしゃあと……!」
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