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王都からの刺客③

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「皆アリア様の軌跡を目の当たりにして感激しておりますね」
「俺もわざわざ狩りの真似事をした甲斐がありました」

 魔力がない人には瘴気もマナもあまり感知できないはずだが、皆の目には私から放出された水色のマナが瘴気を浄化するところがはっきりと見えたそうだ。

「瘴気の影響がなければ、ただの肉ですっ!」

 豚はイノシシを家畜化したものだから、魔獣がほとんど野生の猪となってしまった今では、十分に領民にとって栄養価の高い食料となりうるだろう──との事だった。

 私はその言葉にほっと胸を撫で下ろした。助けられるばかりではなく、やっと人の為になることが出来た──そんな実感があった。

 あっと言う間に肉は解体され、可食部分と素材に分けられる。厨房の人々が、猪肉を使ってシチューを作るつもりだと興奮気味に語った。

「アリア様、ありがとうございます。魔の森から食料を調達できるとなると、ラング領が抱える問題が一気に進展します」

 父上も大層喜ぶと思います──その言葉に、私は思いきって訪ねてみることにした。

「エディアス様はどうしているのかしら?」

 今日になってから、エディアス様はもちろんアルフォンスの姿も見ていない。昨日はわんわんと泣いてしまったので、気まずいと言えば気まずいので、朝一番に顔を合わせなくて良かったと言えなくもないのだけれど。セバスチャンははエディアス様の代役としていつもおそばに仕えているというけれど、私がエディアスさまを抱っこする係を分担できれば彼の負担も少しは減るのではないだろうか。

「お忙しい方ですから。アリア様がいらっしゃって、これからますます考えることが増えるでしょうから」

「そうなの……」
「あの、ほら、食事もいらないですし」

 エディアス様の御心が心配になってしまうけれど、彼はずっとそうしてやってきたのだろう。私は私で、彼に頼らずやるべき事を見つけなければいけない。

 午後になると、礼拝堂に呼び出された。簡素な作りの礼拝堂は椅子がすっかり並び替えられて、食事会場に様変わりしていた。

「すごいわね」

 どうやら、大量に肉が手に入った事でささやかながら私の歓迎会が開かれるようだ。

「どうぞ召し上がりください。その辺の子供の自信作です」
「いただきます」

 カーレンに違わず、カイルの発言もなかなかに独特だ。差し出された木の器には、できたてのシチューが入っている。一さじ掬って口に含むと、野生動物だから肉質は相当に固いだろう──との予想を裏切り、口の中で簡単にほぐれた。

「美味しいわ」

「はい。独自の進化を遂げた結果なのか、それとも聖女の浄化に肉質を改善する効果があるのか? 甚だ疑問です」

 いつの間にかアルフォンスが近くにやって来ていた。昨日は元気いっぱいだったのに、今日は目の下にクマができている。

 ──彼は忙しいのだ。それならば、ずっとこの生活を続けているエディアス様はもっと……肉体から切り離されて魂だけになっているとは言え、不便はあるだろうし心労は計り知れない。そんなに負荷をかけるような生き方をして、術の効力はいつまでなのか……と心配な気持ちになる。

「ねえ、カイル」
「はい。わかりました」

 まだ何も言っていないのに、彼は先回りをして返事をした。

「定期的にあの生き物を取ってこい、と言うのですね」
「その通りだけれど……」

 カイルは快く了承してくれた。カイルが獲物を取ってきて、私がそれを浄化する……他者の助けがあってこそだけれど、お世話になる分ぐらいの貢献はできるだろう。

 エディアス様は「自分はこんな体だし、あと何年持つかわからないから」と言った。

 けれど、このまま、許されるなら、私は──。

「ねえ、このシチュー、エディアス様のところで……」

 食べてもいいかしら、と口にしようとした瞬間、どんどんと乱暴に礼拝堂の扉を叩く音がして、周りに居た子供達がびくりと体をゆらした。

 一番扉に近い所にいたアルフォンスが、魔法を使って扉をふさぐのが見えた。

「聖女を出せ!」

 と大声で叫ぶ声が聞こえる。やはり、追っ手がやってきたのだ。
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