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聖女ですが、この国を出て行きます(前)

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「ど……どく?」

 怠かった体の中で急に血が巡りだす。彼女は私に毒が盛られていると言った。

「アリア様。あなたは食事会と称して呼び出されましたね。そのなかの食事か……おそらく、酒の中に薬物が入っておりました」

「な……なんで」

 アルフォンスの口調は確信めいていた。

 具合が悪くなったのは悪酔いではなく薬物で、熱を持っていたのは私の体内のマナが防衛反応として毒にあらがっていたから。

「……どうして私がそこまでされなきゃいけないの?」

 理不尽さに、体が怒りで震えた。

 そんな私の前に、カーレンはすっと両手を差し出した。掌の上には小さな光の玉がある。その玉から、人間の声が聞こえてくる。話には聞いたことがある、世の中にはその場の音を記録しておくことができる魔法があるのだと。

「……だから、ババアは嫌だって言っているだろう! アーサー、自分は結婚しなくていいからと無神経なことを!」
「ゼアキス、これは国命だ。聖女をこの国につなぎとめておかねばならないんだ」
「ちっ、ババアとババアの争いに、なぜ俺が犠牲にならなきゃいけないんだ?」

「それだよ。このままだと、世界樹が復活したとしても、マナの恵みはすべて王太后に集約されるだろう。そうなると、俺たちが年老いて、それこそ死ぬまで権力の頂点に立つことはかなわない」

「む……それは、確かに、そうだが……」

「考えても見ろ。向こうの肩を持つわけじゃないが……あの聖女の態度。あれは王太后と決闘して地底に叩き落とそうって器ではないと思うね。王太后は聖女を完全に支配下に置きたがっている。用無しなのではなく、恐怖で支配しようとしている。つまり……あの女には、まだ何らかの利用価値はあるということだ」

「だから優しくして、取り入るためにババア相手に俺が尽くせと言うのか?」

 アーサーが、ふっと息を吐いて笑う気配がした。

「ババアじゃない。お前は顔を見ていなかったが……外見上は、若い女だよ」
「そうなのか?」

「ああ。別に使い古しと言うわけでもないだろうし、お楽しみ程度にはなるだろう。相手にされないで寂しがっているだろうから、お前が優しくしてやればころっといくさ。何しろ、五十年前はあまりもの同士でくっつこうとしていたぐらいだからな。向こうにとっても相手の格が上がるのだから、悪い気はしないだろうさ。食事会にものこのこ出てくるぐらいだからな」

 アルフォンスがちっと舌打ちをした。アーサーが父であるエディアス様までも侮辱したのだから、当然だ。その怒りのせいなのか、音が急に不明瞭になった。

「あのデコ禿、次に顔を見たら髪の毛を全部引っこ抜いてやる」
「黙れ神官。これは過去でしかないし、何よりお前の魔力で音が乱れて、アリア様がお困りだ」

「失礼いたしました」

 アルフォンスがこほんと咳ばらいをすると、音は元に戻った。

「……そうして聖女を引き込んで、お前に依存させるんだ」
「わかった。しかし、神官にすでにいろいろ吹き込まれているのではないか?」
「なに、抵抗はされん。食事に薬を盛っておくように指示したからな」
「手籠めにしてしまえばこっちのものということか」
「そうだ」

 男二人の下卑た笑い声が響いて、そこでカーレンの魔法は終わった。
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