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×××は嫌だ(後)

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 「ババア……」

 なんとなく、皆の反応を見たくなって、あたりを見渡してみた。アーサーは私の言葉で王太子が何を言ったのか察したらしく、顔を引きつらせている。

 さすがのアルフォンスもこの発言には面食らったようだったが、すぐに取り繕った。額に青筋は浮いているけれど……。

「六十八歳って、絶妙すぎるだろ!」

 王太子はなおも熱弁を振るっている。私も聞かなくてもいいのだけれど、ついつい聞いてしまう。

「しかも聖女なんて、絶対に長生きに決まっている。余命数年ならともかく、三十年も老婆を正妃に据える? 冗談じゃない。そうなった頃には俺が老人だぞ」

「しかし、先ほども言いましたがそれが立太子の条件だったのですから……」

「俺が結婚する前に聖女が目覚めるなんて思わないだろう! 結婚した後なら名ばかりの後宮に閉じ込めておけばいい……そう思っていたんだよ。今この時に目覚めて正妃にしろだ? 冗談じゃない! 役目を終えたなら力を使い果たして死ねばいいものを、ああ腹立たしい」

 その言葉を聞いて、私はアルフォンスが反対していた理由を理解した。もちろん期待なんてしていないつもりだったけれど、形ばかりの安寧すら訪れないだろう事は、間違いがないからだ。

「……とりあえず結婚してしまって、後から田舎に押し込んでしまえばいいのでは」
「それが、聖女を城から出すのはいかん、と言うのだ。そもそも、聖女とは名ばかりで、王太后を害そうとして、それに失敗した結果マナの泉に落ちた愚かな女だと言うではないか。なぜそのような者に、王太子たる俺の妻の座を与えなくてはいけない?」

「……」

 両の拳を強く、強く握る。私はシェミナ──妹に危害を加えようなんて、していない。……やはり、シェミナはあの後、周囲に被害者として振る舞い、それが歴史としてこの国に刻まれたのだ。

 城の人々の対応が冷たいのは、私が悪事を働いた人間だと言う偏見があるからだろう。

「……とりあえず我々はお邪魔の様です。アリア様、戻りましょう」

 アルフォンスの提案に、私は頷くしかなかった。


 離宮の一室まで戻ってきてから、大きなため息をつく。

 目覚めてこの方、いいことが何一つ起きていないのもあるし、王太子の言葉を聞いていたはずのアルフォンスが内容に何も言及しないのも、なおさら気分を沈ませる。

 私がシェミナを陥れようとした──冤罪を、証明する術がないのだ。そばに居るだけで、彼の立場も悪くなるだろう。エディアス様の子供だと言うだけで、親切にしてくれるような気がしていたのだけれど、実際は彼も、私のお世話にうんざりし始めているかもしれない。

「アリア様、今日はさすがにお疲れでしょう。ゆっくりお過ごしください」
「……もう、疲れすぎてマナの泉にもう一度飛び込みたい気分よ」

「そんな事をすれば、今度こそ本当にマナと同化して、人間を辞めることになってしまいますよ」

 自虐的な言葉に、アルフォンスは眉根を寄せた。

「ご、ごめんなさい」

「……歴史とは生き残ったものの証言で作られていくものですから、都合良く編纂されてしまうのは仕方がありません。けれど真実を知るものは必ず存在します。貴女の味方は私以外にも沢山いますので、どうか彼らに出会うまで、そう気落ちせずにいていただけると」

「……ありがとう」

 私は一人じゃないんだ。その言葉だけで、少し救われたような気がして微笑むと、アルフォンスも笑った。

「あんな男との縁談なんて最初から存在しなかった事にしましょう。数日中には弟のティモシーが戻ってくると思います。話はそれからになりますが……現状、特にすることがありませんね。気晴らしのために、本でも持ってきましょうか」

「いっそのこと、散歩にでも行った方が気分が紛れていいんじゃないかと思うのだけれど」

 私の体はマナのおかげで時が止まっており、若さを失ったわけではない。しかし感覚を取り戻すまでには時間がかかりそうで、現状はのろのろと歩く事しかできていない。

「そうですね。裏手の森など王城内の割には雰囲気が良いですが……」

 アルフォンスの言葉を遮るように、部屋のドアが乱暴にノックされ、返事より先にいかめしい顔の騎士たちが大量に乗り込んできた。

「聖女様の私室に無断で立ち入るとは何事だ!」

 アルフォンスが怒りの声を上げたが、先頭に立っていた年かさの騎士がフンと鼻を鳴らした。

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