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そして王女は去る②

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「ええ。大精霊、ノエルさま。あなたの思うままに」

 私はノエルの手を取った。ふっと体が軽くなり、気が付くとルベルも、祭壇も、王都の何もかもが消えて、私はノエルと一緒に、真っ白な何もない世界にいた。

『ここは……』
『精霊のすみか。なにもなくてつまんない。精霊はつまんないからいつもここで寝てる』

 ノエルは手を繋いだまま軽く跳ねた。

『ユリーシャはね、カリナをここに連れてこようとした。そうすれば精霊とおなじ命が手に入るから。でも、人間がちょこちょこしてるのを見るのが面白いから、カリナを人間のままにした。ふたりきりのながーい命より、みじかい命でもたくさん、たくさんわかんない面白い事が起きるのを待ってるのがいいんだって』

『だから、ノエルもそうしようと思う』

 軽く繋いでいた手を、ノエルがぎゅっと握った。体の中に燻っていた魔力のしこりが、すっと消えていく。

『もう、だいじょうぶだよ』
『ありがとう。ノエルには助けてもらってばかり』
『お礼はね、ポニーでいいよ』
『そんなのでいいの?』
『お菓子も、ごはんも、すぐお腹いっぱいになる。ちょっとずつもらう。いっぱい、いっぱい、ずっと』

『わかったわ。必ず』

 ノエルは手を放して、小さく私に手を振った。

『エメレットで、まってるね』

『ええ。行くわ。必ず。あの人と一緒に』

 私はノエルを愛して、守ってあげたいと思っていた。けれど、愛されているのは私のほうだった。これから、一生をかけてみんなにも愛を返していこうと思う。

『あ、さいごに、もうちょっとおどろかしておこうかな』

「え?」

 不穏な言葉と共に、ノエルの気配がなくなった。


 目を開くと、王族、貴族、平民を問わずすべての人が地に頭をこすりつけていた。あたり一体を包むあまりにも濃い魔力に押しつぶされているのか、それとも精霊に対する畏れのせいなのか……これが『みんな地面にめり込む』と言うことかしら。私の意識が一瞬飛んでいるあいだにノエルったら、何を言ったのかしら。

 皆が恐れおののいている中に、まっすぐに立っている人が一人。

 ──カシウスだ。今度は、本物の。

 カシウスも精霊の森での幻視を通して、私と気持ちを通わせてくれた。昔と違って、ただ与えられた妻を受け取るのではなくて──彼は自分の意思で、自分の足で「私」を迎えに来てくれたのだ。

「アリエ、ノール……様」

 大急ぎで王都へ向かって来たのだろう、カシウスは息を切らして、顔には疲労の色が見えていた。祭壇をのぼる足取りはよろよろとしている。

 けれど緑の瞳は、まっすぐに私を見つめている。精霊の威厳に恐れ慄く人々の中でただ一人、カシウスだけが「アリエノール」を見つめている。

 階段の途中で、彼は遠慮がちに立ち止まり、眩しそうに私を見つめた。

「エメレット領主、カシウス・ディ・エメレットと申します」

「私は精霊の巫女、ただのアリエノールです。人は皆、私の事をアリーと呼びます。どうかあなたも、そのように」

 カシウスは薄く笑った。

「私があなたの事をアリエノール、と正しく呼ぶのは……遠慮ではありません。……ただの好みです」

 ──なんだ、そうだったの。私ったら、やっぱりお馬鹿だわ。

 祭壇を駆け降りる。体が軽い。あんまりにも身軽すぎて、勢い余ってカシウスに抱き止められてしまうほどに。

「あまり動くと体に障りますよ」
「大丈夫よ。今、私、とっても元気なの」
「それは良かった。精霊のおかげですね」
「あなたのおかげでもあるわ」

「俺は何もしていません。これから、誠心誠意を持って巫女様に今までの感謝を伝えさせていただきます」
「はい。私も、精一杯頑張らせていただきます。末永く、よろしくお願いいたしますね」

 先代巫女の末裔であり、エメレットを守護するカシウスと、今代の巫女となった私。泣いても笑っても、これからはずっと一緒だ。お互いがお互いを理解し、支え合うためにより一層の努力が必要だ。

 ──今までやろうとしても出来なかったこと。望んでも手に入らないと思いこんでいたもの。その全てが、いっぺんに転がりこんできて、心臓がどきどきと飛び跳ねている。

「ところで……つかぬ事をお伺いしたいのですが」
「何でしょう?」
「巫女様は独身でしょうか」
「ええ。最近、離縁したばかりで」

「あなたを手放すなんて、その男はこの国で一番馬鹿ですね。間抜け面を拝んでみたい」

 ──彼の自虐は、相変わらずだ。

「私を見てくださいな。瞳の中に──そのひとが、映っているから」
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