夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子

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王女殿下は暗躍する

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「アリー様、アリー様!」

 エレノアが私の肩をつついた。

「エレノア?」

 気が付くと、明るい森の中で、カシウスとノエルの姿はどこにもなくて、エレノアと、お付きの騎士たちが私を見つめていた。……眠っていたのだろうか?

「ほら、あそこに可愛らしい鳥がおりますよ」

「あら本当。可愛いわね」

 指し示された木々の向こうに何かがいるらしい。私はエレノアと違って目がいいわけではないのだけれど、とりあえず話を合わせておく。

「はい。オオタカでございます」

 太陽の位置からして、時はほんの一瞬だったに違いなかった。随分長く話をしていたような気がするけれど……。

「殿下、そろそろお戻りになられた方が」

 エレノアの兄が、そっと馬を寄せて私に恐る恐る進言してきた。

「ええ。分かったわ。無理は禁物だものね」

 私が機嫌を直したことに、騎士たちは心の底からほっとしているようだ。さりげなくポシェットの中を確認すると、チョコレートは全てなくなっていた。

「素敵な散歩となりましたでしょうか?」

 エレノアはぱちりとウィンクをした。私の様子で、この森が何かの情報をもたらしてくれたことに気が付いたのだろう。

「連れてきてくれてありがとう。本当に、素敵な森だわ」

「そうですか。また、明日はいかがですか? エレノアはいつでもお供いたします」

「明日は乗馬を教えて」

「……乗馬を?」

 エレノアは私の顔をのぞき込んで、少しだけ、笑った。

「ええ。薬が効いてきたから、これからは必要になると思うの。絶対にね」

「わかりました。精霊の巫女が白馬に乗っていたら、とても素敵です」

「でしょう?」

 先ほどの会話はこの世界の現実ではなく、移ろいゆく不安定な世界での出来事。けれど話した内容と、確かめ合った気持ちは本当だ。

 私と、カシウスと、ノエル。エメレットを利用し尽くそうとする人々にちょっとだけ仕返しをして、私はここを離れてエメレットに戻る。

「おお、アリエノール。やっと顔を見せてくれたか」

 晴れやかな様子で帰城した私に、父である国王はほっとした顔を見せた。まさか大精霊の怒りによって王都が遷都されそうだったとか、かよわい末の娘である私に王座を奪われそうになっていたなんて、夢にも思わないだろう。

「父上、母上。お二人に伝えたい事がありまして」

「まあ。やっと気持ちの整理がついたのね。とても幸せそうな顔をしているわ」

 王妃である母は嬉しそうにぎゅっと私の手を握った。悪気はないのだ、相容れないだけであって。

「はい。私は神託を受けました。それにより今は、とても満ち足りた気分です」

「なんと……神託が降りたのか?」

 父ががたりと音を立てて、椅子から立ちあがった。

「はい」

「して……なんと?」

 父はじっと私の瞳を覗き込んでいる。信心深い人だ。私が真実を知ったいま、精霊と結託して反旗を翻すのではないかと日々心配なのだろう。

「大精霊は……私を巫女と認め、祝福してくださるそうです。ですから、安心して儀式に臨むが良いと」

 二人の顔にほっと安堵の色が浮かんだ。

「そうか。お前には苦労をかけるな。よろしく頼む」

「国の……ひいては自分自身の幸福のためですもの。精一杯、勤めさせていただきます」

 にっこりと作った仕事用の微笑みに、両親は破顔した。悪い人たちではない。カシウスと私を振り回した事には文句の一つも言いたくなるけれど、今は未来の事だけ考えて過ごしたい。

「大精霊の言う事には、儀式に備えて人払いをしておいて欲しいそうです。ですから侍女はエレノア・レンズビー伯爵令嬢一人で十分です。残りのものは新たな部署に配属してください」

「ああ、分かった。お前の言うとおりにしよう」

「ありがとうございます」

 大精霊との契約の儀式は、もう目前にまで迫ってきている。


 ──ここから、いなくなる準備をしなくてはいけない。

 地霊契祭の日、私、アリエノール・エレストリア・セファイアは王女籍をはく奪され、王都から姿を消すのだから。
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