36 / 40
王女殿下は暗躍する
しおりを挟む「アリー様、アリー様!」
エレノアが私の肩をつついた。
「エレノア?」
気が付くと、明るい森の中で、カシウスとノエルの姿はどこにもなくて、エレノアと、お付きの騎士たちが私を見つめていた。……眠っていたのだろうか?
「ほら、あそこに可愛らしい鳥がおりますよ」
「あら本当。可愛いわね」
指し示された木々の向こうに何かがいるらしい。私はエレノアと違って目がいいわけではないのだけれど、とりあえず話を合わせておく。
「はい。オオタカでございます」
太陽の位置からして、時はほんの一瞬だったに違いなかった。随分長く話をしていたような気がするけれど……。
「殿下、そろそろお戻りになられた方が」
エレノアの兄が、そっと馬を寄せて私に恐る恐る進言してきた。
「ええ。分かったわ。無理は禁物だものね」
私が機嫌を直したことに、騎士たちは心の底からほっとしているようだ。さりげなくポシェットの中を確認すると、チョコレートは全てなくなっていた。
「素敵な散歩となりましたでしょうか?」
エレノアはぱちりとウィンクをした。私の様子で、この森が何かの情報をもたらしてくれたことに気が付いたのだろう。
「連れてきてくれてありがとう。本当に、素敵な森だわ」
「そうですか。また、明日はいかがですか? エレノアはいつでもお供いたします」
「明日は乗馬を教えて」
「……乗馬を?」
エレノアは私の顔をのぞき込んで、少しだけ、笑った。
「ええ。薬が効いてきたから、これからは必要になると思うの。絶対にね」
「わかりました。精霊の巫女が白馬に乗っていたら、とても素敵です」
「でしょう?」
先ほどの会話はこの世界の現実ではなく、移ろいゆく不安定な世界での出来事。けれど話した内容と、確かめ合った気持ちは本当だ。
私と、カシウスと、ノエル。エメレットを利用し尽くそうとする人々にちょっとだけ仕返しをして、私はここを離れてエメレットに戻る。
「おお、アリエノール。やっと顔を見せてくれたか」
晴れやかな様子で帰城した私に、父である国王はほっとした顔を見せた。まさか大精霊の怒りによって王都が遷都されそうだったとか、かよわい末の娘である私に王座を奪われそうになっていたなんて、夢にも思わないだろう。
「父上、母上。お二人に伝えたい事がありまして」
「まあ。やっと気持ちの整理がついたのね。とても幸せそうな顔をしているわ」
王妃である母は嬉しそうにぎゅっと私の手を握った。悪気はないのだ、相容れないだけであって。
「はい。私は神託を受けました。それにより今は、とても満ち足りた気分です」
「なんと……神託が降りたのか?」
父ががたりと音を立てて、椅子から立ちあがった。
「はい」
「して……なんと?」
父はじっと私の瞳を覗き込んでいる。信心深い人だ。私が真実を知ったいま、精霊と結託して反旗を翻すのではないかと日々心配なのだろう。
「大精霊は……私を巫女と認め、祝福してくださるそうです。ですから、安心して儀式に臨むが良いと」
二人の顔にほっと安堵の色が浮かんだ。
「そうか。お前には苦労をかけるな。よろしく頼む」
「国の……ひいては自分自身の幸福のためですもの。精一杯、勤めさせていただきます」
にっこりと作った仕事用の微笑みに、両親は破顔した。悪い人たちではない。カシウスと私を振り回した事には文句の一つも言いたくなるけれど、今は未来の事だけ考えて過ごしたい。
「大精霊の言う事には、儀式に備えて人払いをしておいて欲しいそうです。ですから侍女はエレノア・レンズビー伯爵令嬢一人で十分です。残りのものは新たな部署に配属してください」
「ああ、分かった。お前の言うとおりにしよう」
「ありがとうございます」
大精霊との契約の儀式は、もう目前にまで迫ってきている。
──ここから、いなくなる準備をしなくてはいけない。
地霊契祭の日、私、アリエノール・エレストリア・セファイアは王女籍をはく奪され、王都から姿を消すのだから。
158
お気に入りに追加
1,734
あなたにおすすめの小説

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

もう、今更です
ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。
やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる