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再会①
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「カシウス……!」
思わず木の陰から飛び出すと、唖然としたカシウスの顔がそこにあった。
「アリエノール……?」
なんてことだろう、目の前にカシウスがいる。
「アリエノール……本当に、アリエノール?」
カシウスは私に向かって手を伸ばす。その手を取ろうと思ったけれど、彼の手はむなしく宙を切った。これは幻影で私たちは同じ場所にいるわけではないらしい。けれど、まっすぐ彼の目を見て会話できる。こんなにも嬉しい事はない。
「カシウス……! 逢いたかった!」
困らせるつもりはなかったのに涙が溢れてきてしまって、カシウスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「カシウス、ごめんなさい。私、あなたが自分の加護を外してまで私の事を気遣ってくれていたのを知らなくて……自分勝手な事ばかりで。ろくにお話も出来ず別れてしまったから、どうしても謝りたくて」
カシウスは目を細めてから、ゆっくりと首を振った。
「あなたが元気ならそれでいい。どこで何をしていてもかまわない。最初から定められた期間付きの婚姻だ──死別ではなくてよかった。そう思おうとしたけれど、どうやら今あなたは幸せではなさそうだ」
彼が私の幸せを願って送り出してくれたのに、私はなんて自分勝手なんだろうと思う。けれど、カシウスの幻影を目の前にして、どうして自分は彼から離れてしまったのだろう、と後悔が押し寄せてくる。
「アリエノール、あなたの友人として話を聞かせてくれ。一体、あなたの身に何があったのか……」
「私……王家の秘密を知ってしまったの。エメレット伯爵家こそが初代の巫女カリナの血を引く正統な後継者なのよ」
私の言葉にカシウスの緑の瞳が一瞬ゆらいだ。彼はとうの昔にその事実を知っていたのだ。
「ああ……。俺も……森の中できっとあなたと同じ過去を見た。けれど祖先は誰も──初代すら、その事実を知らなかった。今更セファイア王家に恨みがある者なんていないさ。今、国はうまく回っている。精霊がそれを許してくれるなら、エメレットはこのままでいいんだ」
「でも、あなたはずっと、そのために負担を強いられて……」
カシウスは精霊の加護の為にエメレットに縛られて、そのせいで次代の巫女として王女である私を妻に迎えなくてはいけなくて、私を守るために、愛する故郷をひとり離れたのだ。
「強要されたわけじゃない。俺は俺なりに、自分の意思であなたを愛しているつもりだから。あの日からずっと」
「私を……」
風が吹いて、カシウスの前髪を揺らして、緑の瞳がはっきりと見えた。愛していると言われたのは初めてのことだった。
「家族を失って、一人ぼっちになったころ……エメレットの事なんて、どうでもよいと思っていた」
ゆっくりと、過去を思い出すように語る彼の言葉に耳を傾ける。
「まだ何もできない子供なのに、領主の責任を押し付けられて、お前は頑張らなければいけないんだ、エメレットの血を絶対に絶やしてはいけない、と大人たちから口々に言われて、ならなぜ俺だけを残して皆逝ってしまったのだと、己の不運を恨んだ。お前のために、お家を守るために王女様が伯爵ごときに降嫁されるのだ──平身低頭し、誠心誠意お仕えするのだ、と耳にタコができるほど言われたよ」
「ごめんなさい。助けてもらったのはそれこそ私のほうなのに」
生きながらえたのはエメレットではなく、私だ。
「いいや。俺はたしかに、幼いあなたに救われたんだ。初めて花嫁姿のあなたを見た時は本当に驚いた。小さくて、押したらそのまま倒れてしまいそうなほど弱くて、明日の命さえわからないのに知らぬ土地に嫁がされて──それでも王女としての勤めを果たそうと──俺に歩み寄って、寄り添おうとしてくれた」
結婚式の夜の事が思い起こされる。小さな私は精一杯強がろうとして、自分は仕事のためにやってきたのだ、しっかりしなくてはと気を張っていた気がする。そうしないと、誰からも必要とされないままに、消えてしまうような気がしていたから。
「恥ずかしくなったよ──年下のあなたが本当に眩しくて、早く大人に──立派になりたかった。でも、成長するにつれて……怖くなっていった」
「どうして……?」
「いつか、あなたの事を返さなくてはいけないと分かっていたから。失うのも、取り上げられるのも嫌だった。いつか必ずいなくなるアリエノールを愛さないようになりたかった。だから、言い訳をつけて俺はエメレットを離れた」
「私は……エメレットからも、カシウス、あなたからも離れるつもりなんてなかったわ」
お互い、言葉が足りなかったのだと思う。私だって、カシウスの事を心配して、戻って来てくれたらと思っていたけれど、聞き分けのいい妻の役を演じようと空回りしていた。きちんと言葉にして伝えなければ、家族だってわかり合える筈がないと知っていたはずなのに。
「……あなたが俺の隠し子を受け入れたと聞いて、ああ──あなたは誇り高い王女のままでいられたんだ、と。だから……俺はあなたに、恩を返せたと思った。それが独りよがりな押しつけだと、気が付くこともないままに」
「──結局、あなたを不幸にしてしまった」
──カシウスは目を閉じて、深く息を吐いた。
思わず木の陰から飛び出すと、唖然としたカシウスの顔がそこにあった。
「アリエノール……?」
なんてことだろう、目の前にカシウスがいる。
「アリエノール……本当に、アリエノール?」
カシウスは私に向かって手を伸ばす。その手を取ろうと思ったけれど、彼の手はむなしく宙を切った。これは幻影で私たちは同じ場所にいるわけではないらしい。けれど、まっすぐ彼の目を見て会話できる。こんなにも嬉しい事はない。
「カシウス……! 逢いたかった!」
困らせるつもりはなかったのに涙が溢れてきてしまって、カシウスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「カシウス、ごめんなさい。私、あなたが自分の加護を外してまで私の事を気遣ってくれていたのを知らなくて……自分勝手な事ばかりで。ろくにお話も出来ず別れてしまったから、どうしても謝りたくて」
カシウスは目を細めてから、ゆっくりと首を振った。
「あなたが元気ならそれでいい。どこで何をしていてもかまわない。最初から定められた期間付きの婚姻だ──死別ではなくてよかった。そう思おうとしたけれど、どうやら今あなたは幸せではなさそうだ」
彼が私の幸せを願って送り出してくれたのに、私はなんて自分勝手なんだろうと思う。けれど、カシウスの幻影を目の前にして、どうして自分は彼から離れてしまったのだろう、と後悔が押し寄せてくる。
「アリエノール、あなたの友人として話を聞かせてくれ。一体、あなたの身に何があったのか……」
「私……王家の秘密を知ってしまったの。エメレット伯爵家こそが初代の巫女カリナの血を引く正統な後継者なのよ」
私の言葉にカシウスの緑の瞳が一瞬ゆらいだ。彼はとうの昔にその事実を知っていたのだ。
「ああ……。俺も……森の中できっとあなたと同じ過去を見た。けれど祖先は誰も──初代すら、その事実を知らなかった。今更セファイア王家に恨みがある者なんていないさ。今、国はうまく回っている。精霊がそれを許してくれるなら、エメレットはこのままでいいんだ」
「でも、あなたはずっと、そのために負担を強いられて……」
カシウスは精霊の加護の為にエメレットに縛られて、そのせいで次代の巫女として王女である私を妻に迎えなくてはいけなくて、私を守るために、愛する故郷をひとり離れたのだ。
「強要されたわけじゃない。俺は俺なりに、自分の意思であなたを愛しているつもりだから。あの日からずっと」
「私を……」
風が吹いて、カシウスの前髪を揺らして、緑の瞳がはっきりと見えた。愛していると言われたのは初めてのことだった。
「家族を失って、一人ぼっちになったころ……エメレットの事なんて、どうでもよいと思っていた」
ゆっくりと、過去を思い出すように語る彼の言葉に耳を傾ける。
「まだ何もできない子供なのに、領主の責任を押し付けられて、お前は頑張らなければいけないんだ、エメレットの血を絶対に絶やしてはいけない、と大人たちから口々に言われて、ならなぜ俺だけを残して皆逝ってしまったのだと、己の不運を恨んだ。お前のために、お家を守るために王女様が伯爵ごときに降嫁されるのだ──平身低頭し、誠心誠意お仕えするのだ、と耳にタコができるほど言われたよ」
「ごめんなさい。助けてもらったのはそれこそ私のほうなのに」
生きながらえたのはエメレットではなく、私だ。
「いいや。俺はたしかに、幼いあなたに救われたんだ。初めて花嫁姿のあなたを見た時は本当に驚いた。小さくて、押したらそのまま倒れてしまいそうなほど弱くて、明日の命さえわからないのに知らぬ土地に嫁がされて──それでも王女としての勤めを果たそうと──俺に歩み寄って、寄り添おうとしてくれた」
結婚式の夜の事が思い起こされる。小さな私は精一杯強がろうとして、自分は仕事のためにやってきたのだ、しっかりしなくてはと気を張っていた気がする。そうしないと、誰からも必要とされないままに、消えてしまうような気がしていたから。
「恥ずかしくなったよ──年下のあなたが本当に眩しくて、早く大人に──立派になりたかった。でも、成長するにつれて……怖くなっていった」
「どうして……?」
「いつか、あなたの事を返さなくてはいけないと分かっていたから。失うのも、取り上げられるのも嫌だった。いつか必ずいなくなるアリエノールを愛さないようになりたかった。だから、言い訳をつけて俺はエメレットを離れた」
「私は……エメレットからも、カシウス、あなたからも離れるつもりなんてなかったわ」
お互い、言葉が足りなかったのだと思う。私だって、カシウスの事を心配して、戻って来てくれたらと思っていたけれど、聞き分けのいい妻の役を演じようと空回りしていた。きちんと言葉にして伝えなければ、家族だってわかり合える筈がないと知っていたはずなのに。
「……あなたが俺の隠し子を受け入れたと聞いて、ああ──あなたは誇り高い王女のままでいられたんだ、と。だから……俺はあなたに、恩を返せたと思った。それが独りよがりな押しつけだと、気が付くこともないままに」
「──結局、あなたを不幸にしてしまった」
──カシウスは目を閉じて、深く息を吐いた。
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