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王女殿下は真相究明を進めるようです
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「王女殿下?」
不安をにじませた侍女の言葉に、はっと我に返る。気が付くと、私は変わらず祈りの間に居て、大鏡には間抜けな顔の私が映っている。
「……あなた、今の様子を見ていた?」
その問いに侍女は困惑した様子で微笑んだ。
「殿下が熱心に祈りを捧げていらっしゃる様子を見ておりましたが、それ以外は、特に……何も起きていなかったと思いますが……」
侍女はどうしてそんな事を聞かれるのかわからない、と言った様子だ。
……それでは、過去の出来事を眺めていたのは私だけということになる。
──エメレット伯爵はセファイア王の古い家臣で、遷都の際に聖地を守る役目としてこの地に残ったと聞かされていた。
けれど、私が今見てきた過去の様子はまるで──我がセファイア王家が、あるべきところから王位を簒奪し、正当な後継者をエメレットの地に封じ込めたとしか考えられない。
精霊が私に──王家の血を引き、そしてエメレットに縁のある私に見せたのだ。なんの意味もないとは思えない。
……けれど今更、私に、どうしろと……。
頭を抱えても、この城の中に頼れる人はいない。自分でなんとかするしかないだろう。まずは事実確認からだ。
「……書庫に行ってくるわ」
「殿下、お顔のお色が悪い様ですが……お部屋にお戻りになられては」
「いいえ、大丈夫。少し一人で考え事をしたいの。ついてこないでね」
やや高飛車に聞こえるようにお付きの侍女達を引き離して、一人書庫への道を歩く。
「……っ」
早足で歩いたせいか、先ほどの一人で受け止めるにはあまりにも重い事実を突きつけられてしまったからなのか。心臓は嫌な音を立てているし、息が苦しい。でも、真実を知ることが、私が王女として戻って来た理由なのかもしれない──そんな使命感に突き動かされて、書庫の扉を押した。
普段人の立ち入る事が少ない、王家にまつわる書簡を納めている場所。真実に近づけるような証拠があったとして、学者が入れるような浅い所にはないだろう。
「……あった」
しばらく書庫の中を探し回って、奥深く、王族しか謁見を許されていない禁書の棚。そのさらに奥、別の本にまぎれるようにして置かれていたのは古い日記だ。
記名はない。けれど一見そうと分からない様に立派なカバーが掛けられて、なんてことのない『セファイアの庶民生活』だなんて題名がついている。
偽装するのは見られたくないから。見られたくないのに捨てられないのは、それがとても重要なものだから。
ゆっくりとページをめくる。古めかしい旧字体で書かれたものだ。一文字一文字緊張を持って書かれただろう字の達者さとは違い、文章はたどたどしい。
「私の命はもう長くない。父親を失い、そして母を失う子供があまりにも不憫で仕方がない。兄はきちんと面倒を見てくれるだろうけれど、その成長を間近で見られない事がこんなにもつらい」
さらに、ゆっくりとページをめくる。病のせいか文字は明瞭ではなく、途切れ途切れで、読みにくくなっている箇所があった。
「精霊との契約──代替わりまでは三百年もない。次の精霊は、ふたたび契約してくれるだろうか……いや、ユリーシャの言う通り、私の血を引くあの子が血をつないでくれればきっと……」
王家がなんの縁もない個人の日記を保存しておくとはとても思えない。ページをめくるたびに、全身の血がすこしずつ冷えていくようだ。
精霊と契約し、この地に恵みをもたらし、初代の女王となるはずだった少女は、確かに若くして命を落とした。けれど、言い伝えとして残された話は正しくはなかった。
彼女には後を継がせるべき子供が居たのだ。けれどカリナを支えていたはずの兄が彼女の遺志を裏切り、王位を簒奪し──そして、王座を継ぐべき子はエメレット伯爵となった。
──カシウスこそが、この国の正当なる後継者。
「なんてことなの……」
思わず声が出た。あまりにも──残酷な話だ。きょうだいは、母は、そして父はこの事実に気がついているのだろうか。それとも知っていてエメレット家の人々に国を守る役目を押し付けていたと言うのだろうか?
とにかく、カシウスと話をしなければ。これは彼と──この国にも関わることだ、離縁がどうの言っている場合ではない。精霊は──ノエルはこの事実を知っている。知っていて、私がどうするかを見ているのだ。
──もしかして、精霊はこの国を捨てるつもりなのかもしれない。あるいは私に巫女として、正しい道に戻すように示しているのかもしれない……。
「落ち着くのよ、アリエノール。命があるうちに、真実に辿り着けたことに感謝すべきよ」
胸に手を当てて、自分に言い聞かせる。呼吸を整える。
皆の前では何事もなかったかのように振る舞わなくては。この日記をなんとかローブの中に隠して……。
「……知ってしまったんだね」
「え?……っ!」
日記をローブの中にしまい込もうとした瞬間、声が聞こえ、背後から体を羽交い締めにされた。
不安をにじませた侍女の言葉に、はっと我に返る。気が付くと、私は変わらず祈りの間に居て、大鏡には間抜けな顔の私が映っている。
「……あなた、今の様子を見ていた?」
その問いに侍女は困惑した様子で微笑んだ。
「殿下が熱心に祈りを捧げていらっしゃる様子を見ておりましたが、それ以外は、特に……何も起きていなかったと思いますが……」
侍女はどうしてそんな事を聞かれるのかわからない、と言った様子だ。
……それでは、過去の出来事を眺めていたのは私だけということになる。
──エメレット伯爵はセファイア王の古い家臣で、遷都の際に聖地を守る役目としてこの地に残ったと聞かされていた。
けれど、私が今見てきた過去の様子はまるで──我がセファイア王家が、あるべきところから王位を簒奪し、正当な後継者をエメレットの地に封じ込めたとしか考えられない。
精霊が私に──王家の血を引き、そしてエメレットに縁のある私に見せたのだ。なんの意味もないとは思えない。
……けれど今更、私に、どうしろと……。
頭を抱えても、この城の中に頼れる人はいない。自分でなんとかするしかないだろう。まずは事実確認からだ。
「……書庫に行ってくるわ」
「殿下、お顔のお色が悪い様ですが……お部屋にお戻りになられては」
「いいえ、大丈夫。少し一人で考え事をしたいの。ついてこないでね」
やや高飛車に聞こえるようにお付きの侍女達を引き離して、一人書庫への道を歩く。
「……っ」
早足で歩いたせいか、先ほどの一人で受け止めるにはあまりにも重い事実を突きつけられてしまったからなのか。心臓は嫌な音を立てているし、息が苦しい。でも、真実を知ることが、私が王女として戻って来た理由なのかもしれない──そんな使命感に突き動かされて、書庫の扉を押した。
普段人の立ち入る事が少ない、王家にまつわる書簡を納めている場所。真実に近づけるような証拠があったとして、学者が入れるような浅い所にはないだろう。
「……あった」
しばらく書庫の中を探し回って、奥深く、王族しか謁見を許されていない禁書の棚。そのさらに奥、別の本にまぎれるようにして置かれていたのは古い日記だ。
記名はない。けれど一見そうと分からない様に立派なカバーが掛けられて、なんてことのない『セファイアの庶民生活』だなんて題名がついている。
偽装するのは見られたくないから。見られたくないのに捨てられないのは、それがとても重要なものだから。
ゆっくりとページをめくる。古めかしい旧字体で書かれたものだ。一文字一文字緊張を持って書かれただろう字の達者さとは違い、文章はたどたどしい。
「私の命はもう長くない。父親を失い、そして母を失う子供があまりにも不憫で仕方がない。兄はきちんと面倒を見てくれるだろうけれど、その成長を間近で見られない事がこんなにもつらい」
さらに、ゆっくりとページをめくる。病のせいか文字は明瞭ではなく、途切れ途切れで、読みにくくなっている箇所があった。
「精霊との契約──代替わりまでは三百年もない。次の精霊は、ふたたび契約してくれるだろうか……いや、ユリーシャの言う通り、私の血を引くあの子が血をつないでくれればきっと……」
王家がなんの縁もない個人の日記を保存しておくとはとても思えない。ページをめくるたびに、全身の血がすこしずつ冷えていくようだ。
精霊と契約し、この地に恵みをもたらし、初代の女王となるはずだった少女は、確かに若くして命を落とした。けれど、言い伝えとして残された話は正しくはなかった。
彼女には後を継がせるべき子供が居たのだ。けれどカリナを支えていたはずの兄が彼女の遺志を裏切り、王位を簒奪し──そして、王座を継ぐべき子はエメレット伯爵となった。
──カシウスこそが、この国の正当なる後継者。
「なんてことなの……」
思わず声が出た。あまりにも──残酷な話だ。きょうだいは、母は、そして父はこの事実に気がついているのだろうか。それとも知っていてエメレット家の人々に国を守る役目を押し付けていたと言うのだろうか?
とにかく、カシウスと話をしなければ。これは彼と──この国にも関わることだ、離縁がどうの言っている場合ではない。精霊は──ノエルはこの事実を知っている。知っていて、私がどうするかを見ているのだ。
──もしかして、精霊はこの国を捨てるつもりなのかもしれない。あるいは私に巫女として、正しい道に戻すように示しているのかもしれない……。
「落ち着くのよ、アリエノール。命があるうちに、真実に辿り着けたことに感謝すべきよ」
胸に手を当てて、自分に言い聞かせる。呼吸を整える。
皆の前では何事もなかったかのように振る舞わなくては。この日記をなんとかローブの中に隠して……。
「……知ってしまったんだね」
「え?……っ!」
日記をローブの中にしまい込もうとした瞬間、声が聞こえ、背後から体を羽交い締めにされた。
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