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カシウス・ディ・エメレットの憂鬱②

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「お前じゃないよ、ノエルだよ。アリエノール、子供、ほしいって言ってたから……子供になったら、おやついっぱいもらえると思った」

 カシウスは深い、深いため息をついて、頭を抱えた。

「カシウス、アリエノールにこどもあげなかった。家族をつくりたいって、アリエノールずっと思ってた。だから、ほんとは違うかもって思っても、自分で自分に暗示をかけた」

「喋れるならば子供のフリなんかしないで一言言えば良かっただろう。私は精霊です、貢物を出せ。それだけ言えば、アリエノールが必要以上に傷つく必要はなかったんだ。もし、体調に異変をきたしたらどう責任を取るつもりだったんだ」

「アリエノール、元気じゃないの魔力つかうのへたくそだから。ノエルがそばにいれば大丈夫。ノエルうそはつくけどカシウスとの約束まもる」

 ──約束?

「約束……あの言葉を、聞いていたのか?」
「うん」

 小さなノエルは子ウサギの様にぴょこんと立ち上がって、カシウスと向かい合った。

「カシウス、アリエノールがこの土地にいるかぎり、自分の代わりに彼女をお守りくださいと願った。昔の盟約、効果ある。大精霊の友人、この地に定められた子。正しく力使えば……むずかしいけど、かんたん」

 ノエルが両手を広げると、風のざわめきがぴたりとおさまった。

「ノエル、ちいちゃくてエメレットまもるのに失敗して、カシウスにしか加護を与えられなかった。でも、そのカシウスは自分じゃない人間への加護を願った」

「ノエルはそうすべきじゃないのは分かってた。エメレットの子はカシウスであって、セファイアのアリエノールじゃない。でも、カシウスはエメレットから与えられたものすべてをアリエノールにゆずるときめて、一人分しかない加護を置いてエメレットを出た。だからノエルはカシウスの意思を尊重することにした」

「……アリエノールが今まで生きながらえたのは、大精霊の力だと?」

「ノエルとくになにもしない、ちょっとととのえてあげるだけ。アリエノール、生きたいと願う。ノエル、ちょっとだけ仕事する。だからお菓子もらう。カシウスとは別に、アリエノール、家族ほしい願う。だからノエル、アリエノールの子供になることにした。そしたら、みんな楽しくなると思って」

 ……成人までは到底生きられない。持って十四、十五歳……ずっとそう言われていた私が生きながらえることが出来たのは、エメレットの──大精霊の加護があってこそだったのだ。そしてそれは、カシウスが精霊に願掛けを──私と会わないこと、そしてエメレットの土地に戻らないこと。与えられた加護も、財産も、仲間からもすべて距離を置いて──。

「……心底バカだな、俺は」
「まだ間に合うよ。かんたん。アリエノールを迎えにいけばいい。馬も手伝ってくれるって言ってた」

「……もう、遅い。いや、最初から決まっていたんだ、アリエノール姫は貸しただけ、お前の妻だと思うな、とずっと言われていたから。それを逃げの口実にして、失うのが怖くて向き合うことを諦めた最低な夫は、彼女にはふさわしくない」

「でも、アリエノールは泣いてる」

「……だとすると、やっぱり俺は、最低の夫だな」

 ──カシウスは、心底寂しそうに、笑った。
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