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カシウス・ディ・エメレットの憂鬱
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私の意識はふわふわと、森の中を漂っている。
これは夢だ。もはや懐かしさすらあるエメレットの風景を、私は漂いながらぼんやりと眺めている。
何度も通った神殿への道を、カシウスがぶっきらぼうにポケットに手を入れて、お供も付けずにひとりで歩いている。
「カシウス」
声をかけてみたけれど返事はなかった。肩に触れようと思っても触れることはできない。けれど、私が都合のよい夢を見ているとは思えない。
だって私の記憶に頼っているのならば、カシウスの事をこんなにはっきりと思い描けないだろうし、何よりも今のカシウスは、私の印象よりも大分感傷的な表情をしている。
──だから、きっと私は、今現在の彼を見ているのだと思う。
『怒ってる?』
カシウスのそばに、緑のぼんやりとした光がぽっと現れた。彼の周りをつきまとうようにふわふわと漂っている。……この声は、ノエルだ。
「怒ってる」
カシウスはノエルが語りかけてきたのに驚く様子でもなく、そっけなく返事をした。
『泣きたい?』
「もう泣いている」
『泣かないで』
「これが泣かずにいられるか……誰のせいだと思っているんだ!!」
カシウスが虚空に向かって声を上げると、何もなかった道端から、ぽんっとノエルの姿が現れた。
「ごめんなさい」
「……その不気味な姿をやめろ。アリエノールはもういないんだぞ」
「わかった」
ノエルがぱっと光ったかと思うと、今度は小さな私の姿になった。……十歳ぐらいだろうか、記憶より大分美化されている気がするけれど。
「……っ、その顔をやめろ! やめろ、やめてくれ……」
カシウスの懇願に、ノエルは元の姿に戻った。彼女は姿を自由自在に変えることができる──カシウスの幼少期にそっくりなのは当然のことだ。ノエルは皆に──私に愛されるために、あの姿を取ったのだから。
「今、あの人の姿を見せるのはやめてくれ。先に俺の心臓が破裂しそうだ」
「でもカシウス、アリエノールの絵を見てためいきついてる。あの絵あんまり似てない。ノエルの方がうまくできる」
「……いいだろう別に、ため息をつくくらい。誰が困るわけでもなし」
「ノエル困る。森がしんきくさくなる」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「カシウス」
言い換えされて、カシウスはぐっと返事に詰まった。
「……ああ、そうだよ。俺はどうせ、頑固で偏屈でなんの人望もない、幼馴染にも不貞行為をして愛人に子供を産ませて、それを今までほったらかしにしていた病気の妻に押し付けて平気な顔でいると思われているクズの田舎貴族だよ。おまけに辛気くさい。精霊様はこんなのが当代の領主でさぞやがっかりしていらっしゃるでしょうね」
「じぎゃくてき……」
「自虐的じゃない。客観的事実だ」
ノエルは私よりも、怒鳴って追い出した筈のカシウスに随分気さくに接している。これが森の魔力によるものなのか、それとも精霊と縁の深いエメレットの血がそうさせるのか。
私がもっとこんな風に二人と話せたならば。未来は変わっていたのかもしれない。
「うそついて、ごめんなさい。ノエル、ほんとはカシウスのこどもじゃない。カシウス、疑われて傷ついた。ごめんね」
「当たり前だ。居てたまるか」
カシウスは大きなため息をついて、切り株に腰をかけた。その隣に、ちょこんとノエルが寄り添うように座る。
「けらい達、悪くないよ。ノエルの力で、みんなノエルのこと認めちゃうのあたりまえ」
「別にそのことについて怒っている訳じゃない。自分が信用されない様な態度を取っていたのは認めるし、エメレットの恵みは精霊のものなのだから、お前が何を求めようと勝手だ」
「じゃあ、何におこってるの」
ノエルはまったくわからないとばかりに、首をかしげている。
「お前、どうしてそんな嘘をついたんだ。アリエノールは心底がっかりしていた」
これは夢だ。もはや懐かしさすらあるエメレットの風景を、私は漂いながらぼんやりと眺めている。
何度も通った神殿への道を、カシウスがぶっきらぼうにポケットに手を入れて、お供も付けずにひとりで歩いている。
「カシウス」
声をかけてみたけれど返事はなかった。肩に触れようと思っても触れることはできない。けれど、私が都合のよい夢を見ているとは思えない。
だって私の記憶に頼っているのならば、カシウスの事をこんなにはっきりと思い描けないだろうし、何よりも今のカシウスは、私の印象よりも大分感傷的な表情をしている。
──だから、きっと私は、今現在の彼を見ているのだと思う。
『怒ってる?』
カシウスのそばに、緑のぼんやりとした光がぽっと現れた。彼の周りをつきまとうようにふわふわと漂っている。……この声は、ノエルだ。
「怒ってる」
カシウスはノエルが語りかけてきたのに驚く様子でもなく、そっけなく返事をした。
『泣きたい?』
「もう泣いている」
『泣かないで』
「これが泣かずにいられるか……誰のせいだと思っているんだ!!」
カシウスが虚空に向かって声を上げると、何もなかった道端から、ぽんっとノエルの姿が現れた。
「ごめんなさい」
「……その不気味な姿をやめろ。アリエノールはもういないんだぞ」
「わかった」
ノエルがぱっと光ったかと思うと、今度は小さな私の姿になった。……十歳ぐらいだろうか、記憶より大分美化されている気がするけれど。
「……っ、その顔をやめろ! やめろ、やめてくれ……」
カシウスの懇願に、ノエルは元の姿に戻った。彼女は姿を自由自在に変えることができる──カシウスの幼少期にそっくりなのは当然のことだ。ノエルは皆に──私に愛されるために、あの姿を取ったのだから。
「今、あの人の姿を見せるのはやめてくれ。先に俺の心臓が破裂しそうだ」
「でもカシウス、アリエノールの絵を見てためいきついてる。あの絵あんまり似てない。ノエルの方がうまくできる」
「……いいだろう別に、ため息をつくくらい。誰が困るわけでもなし」
「ノエル困る。森がしんきくさくなる」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
「カシウス」
言い換えされて、カシウスはぐっと返事に詰まった。
「……ああ、そうだよ。俺はどうせ、頑固で偏屈でなんの人望もない、幼馴染にも不貞行為をして愛人に子供を産ませて、それを今までほったらかしにしていた病気の妻に押し付けて平気な顔でいると思われているクズの田舎貴族だよ。おまけに辛気くさい。精霊様はこんなのが当代の領主でさぞやがっかりしていらっしゃるでしょうね」
「じぎゃくてき……」
「自虐的じゃない。客観的事実だ」
ノエルは私よりも、怒鳴って追い出した筈のカシウスに随分気さくに接している。これが森の魔力によるものなのか、それとも精霊と縁の深いエメレットの血がそうさせるのか。
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「うそついて、ごめんなさい。ノエル、ほんとはカシウスのこどもじゃない。カシウス、疑われて傷ついた。ごめんね」
「当たり前だ。居てたまるか」
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「けらい達、悪くないよ。ノエルの力で、みんなノエルのこと認めちゃうのあたりまえ」
「別にそのことについて怒っている訳じゃない。自分が信用されない様な態度を取っていたのは認めるし、エメレットの恵みは精霊のものなのだから、お前が何を求めようと勝手だ」
「じゃあ、何におこってるの」
ノエルはまったくわからないとばかりに、首をかしげている。
「お前、どうしてそんな嘘をついたんだ。アリエノールは心底がっかりしていた」
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