夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子

文字の大きさ
上 下
20 / 40

出戻り姫の憂鬱②

しおりを挟む
「ルベル……? 彼には王位継承権も広い領地もあり、若く健康です。王女とはいえ、今更バツのついた女を妻として求めなくてもよいでしょう」

 もっともな返答をしたつもりだったのだけれど、母はころころと、無邪気に笑った。

「鈍感ね。ルベルはずっとあなたの事を気にかけていたのに。そのために決まった婚約者も作らないで……」

 彼が私に特別親切であるのはわかっていた。けれど、それはかわいそうな、かよわい生き物を保護してやらねば、という憐憫の情からくるものだと思っていたので、急に向こうが持ちかけて来たのだと言われても、なんだかぴんと来ない。

「結婚にはこりごりです」

 ずっとエメレット伯爵夫人である事を自分の矜持としてきたのに、今更他の人とすぐ再婚しなさい、と言われてもはいそうですか、と返事ができるはずもない。

「気の毒なアリエノール。子供の頃から大役を背負わされて、まだ幸せに慣れていないのね、かわいそうに」

 母は私が再婚を受け入れないのを、情緒が発達していないせいだと思っているらしく、子供をあやすように頬を撫でた。

「地霊契祭が終わって、収穫祭の時期に王家から出た精霊の巫女と公爵令息の結婚だなんて、国をあげての祝日にしてもいいぐらいだわ」

 母は元々夢見がちな人だけれど、この件に関しては妄想がどうにも止まらなくなるらしい。自分の結婚でもないのに、少女のように頬を赤らめてうっとりとしている。

「急にそのような事を一息に言われても、受け入れられません。再婚以前に、祭の前にお迎えが来るかもしれませんし」

 私の自虐を、今度は父が笑い飛ばした。

「なんだ、エメレット伯爵から聞いておらんのか。道理で悲観的な物言いだ」
「何をですか?」

「お前の病を食い止める薬があるのだよ」

「……薬?」

「ええ。海の向こうの国だけれどね、そちらの国の王女も同じ病にかかっていて……腕利きの薬師が症状を抑える薬の調合に成功して、あちらは成人されたそうよ。門外不出とされていたそうだけれど、エメレット伯爵が何とか契約を取り付けてくれたのよ。ありがたいことね」

「そ、そんな事のために……伯爵を長い間、領地に戻さなかったと?」

 カシウスが五年もの間、領地に戻ってこなかったのは──これなかったのは──私のために、薬を求めていたから……。

「酷いですよ。領主の不在のあいだ、どれだけ領民が心配していたか……」

「私もそう言ったのだがな。これは彼のたっての希望だったのだ。『必ず王女殿下の病を食い止める薬、その手配を取り付けてまいります』とな。領地経営については優秀な部下がお前を補助してくれるから大丈夫、うるさい自分がいない方が彼女ものびのび出来てよいでしょうと」

 ──カシウスが。彼は自分の意思で故郷を離れたと言うのだ。あんなにも、エメレットの事を愛している彼の居場所を、私が奪い取っていたのだ。

「そんな……」

「あなたは自分の身をもってエメレット伯爵家を守り、領地の管理もしっかりと行ってきた。やっと、そのご褒美がもらえるのよ」

──ご褒美?

 母が私の肩を抱いた。目尻には涙がにじんでいて、私のことを大切な娘と思っていることは疑う余地がない。

 王女の身分に戻り、何不自由ない都会で暮らして、自分を大切にしてくれるだろう人の妻になる。病を抑える薬があり、突然の死に怯えて暮らす必要もない。

「私、何も知らなくて……」
「あれは真面目な男だからな。お前に期待をさせたくなかったのだろう」
「期待なんて……私、ただ……」
 
「伯爵に申し訳ないと思っているのね。でも、もういいの。あなたは、幸福になっていいのよ」

 ──これが、幸福?

 父も母も、満足そうに微笑んでいる。彼らは私が幸福の入り口の前にやっと立ったのだと、信じて疑っていない。

 ──家族を、失ったのに?


 「旅の疲れが出たので』と面会を切り上げて寝台に寝転がっている。私の部屋はそのままだ。

 ずっとひとりで寝る事に慣れていたはずなのに、ノエルの温かさを知ってしまうと、寝台が随分と広く感じて、じわりじわりと喪失感が込み上げてくる。

 ──結婚して、エメレット家の人間になったと思っていたのは私だけで、実質はただ、預けられていただけだったらしい。カシウスは私を放置して仕事に邁進していた、と言うのは間違いで、私にエメレットの全権を与えて好きにふるまえるよう気を遣っていたし、仕事の合間に、薬を求めて故郷に戻る暇もなかった。手紙をくれていたのは、彼の精一杯。

 ──つまり、今までの事はすべて、お膳立てされたおままごとでしかなかった。精一杯努力していたつもりだったけれど、私は彼を支えるどころか、知らず知らずのうちに多大なる負担を強いていた。

「情けない……こと」

 ひとりごとに返事をしてくれる人は、誰も、いなかった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

もう、今更です

ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...