上 下
13 / 40

令嬢は毒見役もこなせるのです

しおりを挟む
「あ」

 ノエルの目が驚きに見開かれた。

 エレノアがゆっくりと咀嚼するのを、ノエルは呆然と眺めている。何が起きているのかわからない──ノエルは、その言葉を口にすることができないほど、衝撃を受けているらしい。口がぱっかりと開いたままだ。気の毒だけれど、この顔も愛嬌があってかわいい。

「!?!?!?」
「ふむ。相変わらず結構なことです。異常は無いようですね。それでは……」

「ひ……」
「ひ?」

「ひどい。エレノア、ハンバーグひとりじめする……?」

 ノエルがやっと絞り出した言葉を、エレノアは鼻で笑った。

「人聞きの悪い事を言うな。これは毒味だ」
「どく? どくなんて入ってないよ……?」

 ノエルは腕を組み、ハンバーグとエレノアを交互に見つめた。それでも納得がいかなかったのか、テーブルクロスの下を覗いてみたり、コップの水を揺らしてみたり。

「当たり前だ。この屋敷は安全だが、外では貴族と言う名の魑魅魍魎が跋扈している。昨日はそれどころではなかったが、食事の前にはきちんとふさわしいものが提供されているかどうか確認するのだ。……まあ、普段はしないけどな」

「毒をみつけたらどうすればいいの?」

 ノエルはテーブルの上の花瓶を指差した。確かに、そこには食用ではなく、毒のある花が飾ってある。おそらく、知っていて言っているわけではなくて偶然だろうけれど。

「どうすれば、とは……まず食べないこと。そして、信頼のできる人間にこっそり知らせるのだ」

「わかった。毒を見つけたらエレノアにいう」

『信頼できる人間』に自分が分類されていると思わなかったのか、エレノアは虚を突かれたように目をぱちぱちさせている。

「うん……まあ、そうだな。私はそう言う時のために、アリー様にずっとお仕えしているのだ。もっとも、今までにそのような事件にアリー様が巻き込まれたことはないわけだが」

「エレノア、ずっとアリエノール守ってる?」
「ふ、そうとも言えるかな……しかし、私一人では心もとないのも確かだ。ノエルお嬢様が武芸を身につけて一緒に護衛してくれると助かるな」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。まかしといて。どどんとどろぶね」
「大船、だ」

 ……なんだかんだで二人はすっかり打ち解けたようだ。こういうのを地元の言葉で「ちょろい」と言うのよね。

 思わず笑いが漏れると、二人が一斉に私を見た。エレノアは私にちょろいと思われたのを察しているのか、少し顔が赤くなっている。

「アリー様。せっかく食べやすいハンバーグにしたのですから、お召し上がりください。朝もいつも通りスープだけなのでしょう?」

「あら。今日はノエルと一緒にパンケーキも食べたのよ」

 だからお腹が空いていないの──そう答えようとした瞬間、お腹がなった。普段より沢山動いたからかしら。

「アリエノール、お腹ぺこぺこ。ノエルが毒見してあげる」

「やめんか。本当に食い意地のはった奴だな」
「毒見だもん、おつとめだもん!」
「だからそれをするのは私の役目なのだ……ええい、お嬢様ならお嬢様らしくしろ」
「おつとめー!」

「はいはい、ノエルお嬢さま。お代わりは沢山ありますよ。まずは付け合わせのパンからお選びください」

 ダニエラがパンを持ってきて、ノエルの意識は一瞬でそちらに向けられた。

「パ、パンがいっぱい……ふかふか、ほかほか……」

「こちらはクルミを混ぜ込んだもの、これは一番よく食べられるバターロール、私のおすすめは……」
「私はほうれん草を」
「じゃあノエルもそれ。あとこれとこれとこれ……」
「本当に食い意地の張ったやつだな」
「いいじゃないですか。この後体を動かすのでしょう? 沢山食べていただきませんと」

 三人の会話をよそに、一口ハンバーグを食べてみた。あまり食事を摂る様に期待されてしまうと、胃がきゅうっとなってしまうのだ。こっそり食べてみるに限る。

「おいしい……」

 油がしつこくなくて、体にすっと入ってゆく。昨日までは胃が受け付けないことが多かったのに、今は体が必要としているのがわかる。

「そうなの、おいしーの」

 私が一心不乱に食べるのを、ノエルとエレノア、ダニエラ、そして物陰から料理長が見守っている。……本当に、これでは大人と子供が逆なのよね。


「……ごちそうさま」

 まさか自分がぺろっと完食できるとは。ノエルの方がよほど沢山食べているけれど、これは大きな一歩だ。

「食欲があるのはいいことです! 食わねば始まりませんから。……体調がよくなられたのなら、今年の地霊契祭にも出席できるかもしれませんね」

 エレノアまでそんな事を言う。どうして皆、そろいもそろって私を王都に送り込みたがるのか。

「あなたは一度王都に戻って結婚の件をご両親にご報告しないといけないものね」

「その件については私はきょうだいがたくさんおりますから、一人ぐらい戻ってこなくても良いと言われているので心配ないのですが」

 エレノアはフォークを置いて目を伏せた。

「兄たちがアリー様をお連れして差し上げろ、あんな田舎に押し込めてかわいそうだろうととうるさいのです」

 エレノアの兄達はルベルと親しい。私は城でどんな可哀想な人扱いを受けているのよ、と問いたくなるのをぐっとこらえる。

「皆さん、よけいなお世話よ。まったく」
「兄たちが口うるさくておせっかいなのは否定しませんが。国王陛下もそう思われているのだと」

「それなら遠回しに臣下を使って言わないで、勅命でもなんでも出すべきだわ」
「アリー様が意思の強い頑固な方で、領地を放り出して観光にもどってくる訳がないと、親だからこそ知っているのでしょう」

「どのみち、元気だとしてもノエルがいるもの。まだ早いわ」

 私とエレノアが地霊契祭について話すのを、ノエルはおとなしく、だまって聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい

キムラましゅろう
恋愛
ある日突然、ユニカは夫セドリックから別邸に移るように命じられる。 その理由は神託により選定された『聖なる乙女』を婚家であるロレイン公爵家で庇護する事に決まったからだという。 だがじつはユニカはそれら全ての事を事前に知っていた。何故ならユニカは17歳の時から突然予知夢を見るようになったから。 ディアナという娘が聖なる乙女になる事も、自分が他所へ移される事も、セドリックとディアナが恋仲になる事も、そして自分が夫に望まれない妊娠をする事も……。 なのでユニカは決意する。 予知夢で見た事は変えられないとしても、その中で自分なりに最善を尽くし、お腹の子と幸せになれるように頑張ろうと。 そしてセドリックから離婚を突きつけられる頃には立派に自立した自分になって、胸を張って新しい人生を歩いて行こうと。 これは不自然なくらいに周囲の人間に恵まれたユニカが夫から自立するために、アレコレと奮闘……してるようには見えないが、幸せな未来の為に頑張ってジタバタする物語である。 いつもながらの完全ご都合主義、ゆるゆる設定、ノンリアリティなお話です。 宇宙に負けない広いお心でお読み頂けると有難いです。 作中、グリム童話やアンデルセン童話の登場人物と同じ名のキャラで出てきますが、決してご本人ではありません。 また、この異世界でも似たような童話があるという設定の元での物語です。 どうぞツッコミは入れずに生暖かいお心でお読みくださいませ。 血圧上昇の引き金キャラが出てきます。 健康第一。用法、用量を守って正しくお読みください。 妊娠、出産にまつわるワードがいくつか出てきます。 苦手な方はご注意下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

【完結】虐待された少女が公爵家の養女になりました

鈴宮ソラ
ファンタジー
 オラルト伯爵家に生まれたレイは、水色の髪と瞳という非凡な容姿をしていた。あまりに両親に似ていないため両親は彼女を幼い頃から不気味だと虐待しつづける。  レイは考える事をやめた。辛いだけだから、苦しいだけだから。心を閉ざしてしまった。    十数年後。法官として勤めるエメリック公爵によって伯爵の罪は暴かれた。そして公爵はレイの並外れた才能を見抜き、言うのだった。 「私の娘になってください。」 と。  養女として迎えられたレイは家族のあたたかさを知り、貴族の世界で成長していく。 前題 公爵家の養子になりました~最強の氷魔法まで授かっていたようです~

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...