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令嬢は根回しがお得意なのです
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昼食は私とノエル、そしてエレノアと摂ることにした。二人きりだと食事のマナーを教える時にあんまりにも甘やかしそうだから、と言うのがレイナルトの意見だ。
エレノアはまだノエルを認めてはいないので、どうなることかと戦々恐々としていたが、食堂に現れた彼女はレイナルトとは対象的に機嫌がよく、鼻歌など歌っていた。これは好都合。食事中にはらはらする事はなさそうだし、レイナルトと意見が対立して険悪になっているということもなさそうだ。
「エレノアったら、何かいいことがあったの?」
「アリー様! 聞いてください。実は、ラヴィネスが元気になったのですよ」
動物はしゃべらない。具合が悪くてもどこがどう、と教えてはくれない。だから、体調がよくないと明らかに分かっていても、その原因を特定するのが困難な場合がある。
エレノアが王都から連れてきて大事にしている牝馬もそうだった。ここ最近は食が細くて、もうたくさん仔馬を生んだし、年だから仕方がないかとエレノアが寂しそうにしていたのを覚えている。
「あら。自然に良くなったのかしら?」
「どうやら口の中の見えにくい部分を痛めていたようです。先ほどは飼い葉をもりもりと食べておりました」
午前中、ノエルは馬小屋に遊びに行っていたはずだ。仕事の邪魔をしていなければいいのだけれど。
「ふふーん」
あなた、お邪魔をしなかった? と目配せをしたつもりだったのだが、なぜだかノエルは得意げな顔をした。
「あー、お腹すいた。ノエルはお腹がぺこぺこなのです。はやく~」
ノエルはお行儀よく椅子に腰かけているが、両の手はまるで雨乞いをするかのように天井に高くかざしている。これは彼女特有の癖なのかもしれない。
「本当にずうずうしい子供だな。朝食をたらふく、その後も農園で食い散らかしていたそうではないか。私の馬にも勝手に餌をあげていたそうだが……」
腕を組み、じろりとノエルを睨み付けるエレノアの視線にもノエルはまったく怯まない。
「だってほしいって言ったんだもん」
「馬がか?」
「そう、にんじんほしいって。にんじんだけだよって言ったのに、セロリも取られた。だからお腹すいてる」
ノエルはぷくーっと頬を膨らませた。
どうやらノエルは新鮮なおやつを馬に取られてしまったようだ。ノエルが両手にいっぱいの野菜を抱えて馬に餌をやるところを、私も見たかった……。
「……ふ、まあ餌を見せればそうだろうさ。ま。元気になったのならいいことだ」
エレノアは頑固で生真面目なだけで、心の冷たい人間ではない。無邪気な子供に笑いかけられると、そう無下にもできないらしく、なんだかんだと二人の会話は弾んでいる。
「今度背中にのせてくれるって言ってた」
「あいつも年を取って気性が落ち着いたからな……いやいや。まずはポニーから始めるのが筋だ」
「ぽにー?」
「小さい馬だ。子供じゃない。大人になっても小さい馬のことだ」
エレノアはこのくらい、と手でポニーの大きさを示すと、ノエルは目を輝かせた。
「お部屋にいてほしい! アリエノールとノエルと、ポニーで一緒にねる!」
「それは無理よ」
黙って聞いていたけれど、それは無理だ。いくら私の寝台が夫婦用の大きいものだとは言え、さすがにそれは遠慮したい。
「アリー様、ノエルお嬢様は馬術や剣術に興味がおありのようですから、午後は私が指導いたしましょう」
「ええ、やだ! エレノア、ノエルにわるだくみする!」
どうやらノエルはノエルで、エレノアの事を警戒している様子。
「やだよとは何事だ、いいか、私の家は歴代の騎士団長を5人も排出した名家、レンズビー伯爵家なのだ。もっと言えば、今の騎士団長は私の父なのだ。誇り高き騎士の一族が、悪巧みなどするものか」
ふふん、どうだと言わんばかりのエレノアだけれど、ノエルはぽかーんとした表情だ。
「えらいおじさんの子供なのに、エレノアはなんでここにいるの? ついほーされたの?」
「されとらんわ! お前、バカのふりをして私をバカにしているな!」
「いいえ。ノエルはなにもわかりません。わからないから、エレノアにはついていけません」
ノエルは両手で耳をふさぎ、いやいやと首を振っている。……あまり嫌そうには見えないけれど。
「ふーむ。まさかノエルお嬢様とあろうものが……完璧な貴婦人たるアリー様の薫陶を受けているあなた様が、武芸のひとつふたつみっつ、こなす事ができないとは。これではとても認められませんなあ」
そんな性格でもないくせに、エレノアは精一杯の悪巧み顔をしている。
「う、うう……がんばる……けど、アリエノールもいっしょじゃなきゃ、やだ」
一緒じゃなきゃ嫌だ? それはそう。私もそう。護身術、乗馬、そして森に遠駆け。野営の訓練もするかもしれない。私も行きたい。考えただけで楽しそうだ。けれど私は馬には乗れないし、外泊もできない。
「くやしい……」
エレノアがノエルと元気いっぱい遊……いや、訓練するのを想像するだけでハンカチを噛みしめたくなってくる。
「ノエルお嬢様は元気いっぱいですからね、すべてアリー様が面倒をみるのは無理ですよ」
と、給仕係のダニエラまでそんな事を言いながら、テーブルに料理を配膳していく。子供が屋敷に来て料理長も張り切っているのか、野菜が星形になっている。
「こ……これが……はんばーぐ!!」
ノエルは大きな瞳をさらにめいっぱい見開いて、テーブルの上を眺めている。
「きらきらの、つやつや……にんげんのおやしき、すごい。なんでもある」
「まだ熱いから、食べてはだめよ」
ノエルの両頬は興奮なのか、はたまた湯気のせいなのかほんのりと色づいている。うっとりとした表情で料理を褒めたたえられて、料理長もさぞや喜んでいるだろう。
「ほう、今日の昼飯はハンバーグだったのですか。それでは失礼いたします」
エレノアが、ひょい、とノエルの前にあったハンバーグを一口食べた。
エレノアはまだノエルを認めてはいないので、どうなることかと戦々恐々としていたが、食堂に現れた彼女はレイナルトとは対象的に機嫌がよく、鼻歌など歌っていた。これは好都合。食事中にはらはらする事はなさそうだし、レイナルトと意見が対立して険悪になっているということもなさそうだ。
「エレノアったら、何かいいことがあったの?」
「アリー様! 聞いてください。実は、ラヴィネスが元気になったのですよ」
動物はしゃべらない。具合が悪くてもどこがどう、と教えてはくれない。だから、体調がよくないと明らかに分かっていても、その原因を特定するのが困難な場合がある。
エレノアが王都から連れてきて大事にしている牝馬もそうだった。ここ最近は食が細くて、もうたくさん仔馬を生んだし、年だから仕方がないかとエレノアが寂しそうにしていたのを覚えている。
「あら。自然に良くなったのかしら?」
「どうやら口の中の見えにくい部分を痛めていたようです。先ほどは飼い葉をもりもりと食べておりました」
午前中、ノエルは馬小屋に遊びに行っていたはずだ。仕事の邪魔をしていなければいいのだけれど。
「ふふーん」
あなた、お邪魔をしなかった? と目配せをしたつもりだったのだが、なぜだかノエルは得意げな顔をした。
「あー、お腹すいた。ノエルはお腹がぺこぺこなのです。はやく~」
ノエルはお行儀よく椅子に腰かけているが、両の手はまるで雨乞いをするかのように天井に高くかざしている。これは彼女特有の癖なのかもしれない。
「本当にずうずうしい子供だな。朝食をたらふく、その後も農園で食い散らかしていたそうではないか。私の馬にも勝手に餌をあげていたそうだが……」
腕を組み、じろりとノエルを睨み付けるエレノアの視線にもノエルはまったく怯まない。
「だってほしいって言ったんだもん」
「馬がか?」
「そう、にんじんほしいって。にんじんだけだよって言ったのに、セロリも取られた。だからお腹すいてる」
ノエルはぷくーっと頬を膨らませた。
どうやらノエルは新鮮なおやつを馬に取られてしまったようだ。ノエルが両手にいっぱいの野菜を抱えて馬に餌をやるところを、私も見たかった……。
「……ふ、まあ餌を見せればそうだろうさ。ま。元気になったのならいいことだ」
エレノアは頑固で生真面目なだけで、心の冷たい人間ではない。無邪気な子供に笑いかけられると、そう無下にもできないらしく、なんだかんだと二人の会話は弾んでいる。
「今度背中にのせてくれるって言ってた」
「あいつも年を取って気性が落ち着いたからな……いやいや。まずはポニーから始めるのが筋だ」
「ぽにー?」
「小さい馬だ。子供じゃない。大人になっても小さい馬のことだ」
エレノアはこのくらい、と手でポニーの大きさを示すと、ノエルは目を輝かせた。
「お部屋にいてほしい! アリエノールとノエルと、ポニーで一緒にねる!」
「それは無理よ」
黙って聞いていたけれど、それは無理だ。いくら私の寝台が夫婦用の大きいものだとは言え、さすがにそれは遠慮したい。
「アリー様、ノエルお嬢様は馬術や剣術に興味がおありのようですから、午後は私が指導いたしましょう」
「ええ、やだ! エレノア、ノエルにわるだくみする!」
どうやらノエルはノエルで、エレノアの事を警戒している様子。
「やだよとは何事だ、いいか、私の家は歴代の騎士団長を5人も排出した名家、レンズビー伯爵家なのだ。もっと言えば、今の騎士団長は私の父なのだ。誇り高き騎士の一族が、悪巧みなどするものか」
ふふん、どうだと言わんばかりのエレノアだけれど、ノエルはぽかーんとした表情だ。
「えらいおじさんの子供なのに、エレノアはなんでここにいるの? ついほーされたの?」
「されとらんわ! お前、バカのふりをして私をバカにしているな!」
「いいえ。ノエルはなにもわかりません。わからないから、エレノアにはついていけません」
ノエルは両手で耳をふさぎ、いやいやと首を振っている。……あまり嫌そうには見えないけれど。
「ふーむ。まさかノエルお嬢様とあろうものが……完璧な貴婦人たるアリー様の薫陶を受けているあなた様が、武芸のひとつふたつみっつ、こなす事ができないとは。これではとても認められませんなあ」
そんな性格でもないくせに、エレノアは精一杯の悪巧み顔をしている。
「う、うう……がんばる……けど、アリエノールもいっしょじゃなきゃ、やだ」
一緒じゃなきゃ嫌だ? それはそう。私もそう。護身術、乗馬、そして森に遠駆け。野営の訓練もするかもしれない。私も行きたい。考えただけで楽しそうだ。けれど私は馬には乗れないし、外泊もできない。
「くやしい……」
エレノアがノエルと元気いっぱい遊……いや、訓練するのを想像するだけでハンカチを噛みしめたくなってくる。
「ノエルお嬢様は元気いっぱいですからね、すべてアリー様が面倒をみるのは無理ですよ」
と、給仕係のダニエラまでそんな事を言いながら、テーブルに料理を配膳していく。子供が屋敷に来て料理長も張り切っているのか、野菜が星形になっている。
「こ……これが……はんばーぐ!!」
ノエルは大きな瞳をさらにめいっぱい見開いて、テーブルの上を眺めている。
「きらきらの、つやつや……にんげんのおやしき、すごい。なんでもある」
「まだ熱いから、食べてはだめよ」
ノエルの両頬は興奮なのか、はたまた湯気のせいなのかほんのりと色づいている。うっとりとした表情で料理を褒めたたえられて、料理長もさぞや喜んでいるだろう。
「ほう、今日の昼飯はハンバーグだったのですか。それでは失礼いたします」
エレノアが、ひょい、とノエルの前にあったハンバーグを一口食べた。
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