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 あたしはただ、彼女の背後で腕を組んで様子を眺めているだけである。

 何か手伝ってください、と言われればやるが、実際キッチンの広さ的にも作業行程的にも一人で済む作業なのである。

 しかし呼び出してきたのは百合なので、おそらく存在する事に意義があるのだろう。

  雪平鍋にバターと砂糖を大さじ一、水を少々。オリーブ剥きの人参。すでに火が通っているのでさほど仕上げるのに時間はかからない。人参のグラッセの完成だ。

  ジャガイモはそのまま付け合わせにするのかと思いや、さいの目状に切ったジャガイモをビニールのポリ袋に入れていく。

「すみません、キュウリを輪切りにしてもらえますか?」
「はいよ」

 なんと、あたしの出番が来た。百合は一歩後ろに下がり、ジャガイモ、塩こしょう、マヨネーズを入れ、ミトンをはめた手でジャガイモをつぶし始めた。すりこぎやボウルを使うと洗い物が多くなるからね。

「どのくらい切ればいいの?」
「半分ぐらいで……」

 キュウリを半分ほど輪切りにすると、今度はベーコンを細かく切ってカリカリに焼いてほしいと頼まれる。

 百合は冷蔵庫を開け、中からベーコンとクリームチーズの箱を取り出す。先日、家庭で作れる簡単スイーツに挑戦したが、手間とクリームチーズの代金を考えると買った方が安いのではないか……とこぼしていたのを覚えている。

 大さじ1杯ほどのクリームチーズを袋に入れ、再び揉み込んでなじませる。ジャガイモの熱で、クリームチーズが良い具合に溶けるだろう。

 袋から大きめのボウルに開け、そこではじめてニンジンとキュウリ、カリカリベーコンを投入し、ざっくりと混ぜて完成。

 醤油用の小皿に盛ったものを試食と称していただく。

 市販品のポテトサラダは甘みが強い。おそらく万人に会わせるために甘味料を使っているのだろう。手作りにはそれがないので、よりおかず感が強くなる。

 念入りに握りつぶし、さらにクリームチーズがチーズが入っているためねっちりとした食感だ。後から付け足したキュウリやベーコンの堅さがいいアクセントになっている。

「これ、レベル高くないですか?」

 百合はふふん、とでも言いたげにエプロンに包まれた胸を張った。

「うん、すごいよ。高級なダイニングバーのお通しに出てきそう」

 言ってしまった後で、これは高校生にはわからない例えだろうな……とは思ったものの、彼女は褒め言葉と受け取ったようだった。

「格の違いを見せつけてやりますよ」

 百合は妙な方向にテンションがぶち上がっている様子である。水を差しても仕方がないので、おとなしく見守ることにする。


 次はとうとうハンバーグの焼成に入る。当然、厚みがある方がハンバーグ「らしい」のだが、ご家庭でそれをやると中まで火が通りにくい。必然的に薄くて平べったいものになるか、やや小さめなサイズに収まるだろう。

 あたしとしては、お弁当のおかずやカレーのトッピングなどに転用しやすい小さめサイズを大量生産するのがセオリーと感じているが、百合は俵型を選択したらしい。こいつは本格的だ──と、なんとなく緊張が走る。

「ハンバーグを肉汁たっぷりにするためには、蒸し焼きにすることらしいです」
「うん」

 返事をしたが、原理はよくわからない。彼女の母がわざわざ書き残したのだから、そうなのだろう。

 フライパンを温める。十分に熱くなったところで、火を弱める。ハンバーグを投入し、じっくりと焼く。ひっくり返した頃には肉汁が出てきているので、シリコンスプーンで油をすくい、回しかけながら両面を焼いていく。

「アルミホイルで蓋を作って蒸し焼きにします」

 フライパンの蓋では空間がありすぎて『蒸し』まではいかないのだと言う。
 
 蒸し焼きにすること十分。火を止めたので出来上がりかと思いきや、更に五分。とてもじゃないが、一人暮らしで作ろうとは思えないこだわり具合である。

 材料を混ぜて捏ねて焼くだけの料理に思えるが、以外と「作業工程」で食感が変わってくるものだ……と改めて考える。料理にこだわりがある人と無い人では時間もお金もかかってくるコストがまったく違うので、そりゃ家事が大変、いや簡単だの論争は永久に終わらないのも頷ける。

「あ、もうこんな時間」

 なんとなく流れていたワイドショーの画面が指し示す時間は、約束まであと20分を切っている。

「大変! お化粧しますね! 代わりに見張りをお願いします!」
「いいけど、そこでメイクの必要あるの?」
「だって、戦いですよ。すっぴんでは立ち向かえませんよ」

 彼女はさっきから一体何と戦っているのか。海外の部族や昔の日本でも男性が戦いの際には化粧をして戦意を高揚させる文化があると聞くので、化粧とは呪術的な側面もある。その考えで行くと百合の行動は正しい……のかもしれない。

「よし!」

 百合が洗面所から戻ってきた。お化粧と言っても、若い子のそれはアラを隠すのではなく、血色やきらきらを足すためのものだ。透明マスカラにビューラー、色つきリップ、補正力があるわけでもないパウダー。

 百合のテンションは絶好調である。この場合、何も変わってないとか、若いんだからすっぴんがいちばん可愛いよ、と言うのは野暮だ。

「あ、味噌汁忘れてた!」

 百合が寝坊したときのような悲鳴を上げる。メニューに組み込まれていないのだと思っていたが、そうではないらしい。

「今から作れば間に合うんじゃない?」
「いえ、もうこれで行きます」

 百合が食料品を保管するためのカゴから引っ張り出したのはフリーズドライの味噌汁だった。まあ、あたしが布教したのだが。

「丁度ナスの味噌汁が3個あるんで、これを出します」

 その真剣な表情を見ていると、不謹慎ながら若干笑いがこみ上げてくる。

「散々気合い入れといて、ここで既製品って……」
「仕方ないです。だって、今から鍋を洗ってお湯を沸かすのって面倒ですし……」

 電気ポットのスイッチを入れた所で、チャイムが鳴った。

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