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「話し合いの場を持つ事になりました」
百合はデザートに「自分で作ってみました」とベイクドチーズケーキを出してきた。
「うん。がんばれ」
適当に聞こえがちな返答だが、あたしにはそれしか言うべきことはないのである。単純に考えれば再婚を応援はするがある程度距離を置くつもり、とか新しい家族が出来たとしても自分(この場合は百合であるが)の面倒をきちんと見ること、と改めて約束させるぐらいの事しかない。
市販のビスケットを砕いてバターと混ぜ、タルト台にし、クリームチーズと小麦粉、卵、レモン汁……。オーブンで40分焼く……。頭の中でレシピを復唱しながらいただく。ほろりと崩れ、市販品よりは柔らかで、甘さ控えめかつ酸味が強め。
「おいしいよ。カフェのケーキみたい」
お世辞ではなく本当の気持ちだ。
「でも、手間とかケーキ型の事を考えると買った方が安かったですね」
簡単スイーツレシピなどと言ってバズることは多いが、チーズケーキにはクリームチーズが必要なのであって、そこまでその商品を常備しているか持て余している……という家庭は少ないのではないだろうか。
「自分でやってみた、って事が重要なんだと思うよ」
ちょっとばかし不格好でも、自分の作ったものに愛着がある人もいる。もちろん出来のいいものに囲まれて暮らしたい、時間の方が重要である、と言う人を否定しないが。
チーズケーキと一緒に出された、カモミールティーを一口含む。リンゴのような……と言われてもピンと来ないが、甘い、とろけるような香りなのは間違いない。
「さっきの話の続きですけど、週末に二人が来ます」
「ここに?」
百合はしっかりと、まるで確認するかのように頷いた。今後について話しあおう、と彼女の方から持ちかけたのだと言う。
「方向性は、なにも決まってないんですが。とりあえず無視してても始まらないので」
「それはいいことだと思うけれど……先にお父さんと話をしておかなくていいの?」
ぶっつけ本番で全員集合、と言われると意図しないところで百合の感情のスイッチが押されてしまわないかどうかが心配である。
「そこはもう、口裏合わせなしの一発勝負で行こうと思ってます」
百合は腰に手を当て、胸を張るしぐさをした。やる気は十分……と言った所だろうか。
百合は強くなった。不満を溜め込むだけの生活から、殻を破って前に進もうとしている。
散々頑張れや挑戦しろなど言っておいて、いざ行動を起こした人を見ると怖じ気づいてしまうのは、あたしはなんて小さい人間なのだろう、と自分にうんざりしてしまう。
「あたしもさー……家族からの連絡にはすぐ返信することにしてるよ。この前からだけど」
大分スケールが小さいが、自分も一応行動しているのだと示すと、百合は右手を差し出してきたので、握り返す。テーブルの上で固く握手する女同士。なんと表現したものか。これも遅く来た青春の1ページなのだろうか。
「それで。京子さんにお願いがあるんですが」
「なに?」
「まずひとつ。話し合いの場に同席してくれません?」
「いやいやいや無理でしょ何言ってんの」
家族会議の場に隣の住人が乱入していたら間違いなく大事である。女子高生に集らないように金銭的にバランスをとっていたつもりではあるが、この交友関係が親御さんにおおっぴらになるのは避けたい。
「駄目なら、ベランダで様子を窺っていてほしいんです。私が暴れるかもしれないので……」
「暴れる?」
お上品な見た目からは想像もつかないが、確かに百合は激情家なのである。もし彼女が演劇部であったなら、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラなんてぴったりだろう……というのはさておき。
「暴れる予定、あるの?」
「ないですが。感情的にならない自信がありません」
「うーん、わかったよ。ベランダならいいよ」
「ありがとうございます!」
もしかして、あたしは先に無理難題をふっかけてから本題を切り出すと言う交渉術にはまってしまったのだろうか。まあいいや。彼女はまずひとつ、と言った。二つ目はなんなのだろう。
「あと……冷凍庫を貸してください」
百合はデザートに「自分で作ってみました」とベイクドチーズケーキを出してきた。
「うん。がんばれ」
適当に聞こえがちな返答だが、あたしにはそれしか言うべきことはないのである。単純に考えれば再婚を応援はするがある程度距離を置くつもり、とか新しい家族が出来たとしても自分(この場合は百合であるが)の面倒をきちんと見ること、と改めて約束させるぐらいの事しかない。
市販のビスケットを砕いてバターと混ぜ、タルト台にし、クリームチーズと小麦粉、卵、レモン汁……。オーブンで40分焼く……。頭の中でレシピを復唱しながらいただく。ほろりと崩れ、市販品よりは柔らかで、甘さ控えめかつ酸味が強め。
「おいしいよ。カフェのケーキみたい」
お世辞ではなく本当の気持ちだ。
「でも、手間とかケーキ型の事を考えると買った方が安かったですね」
簡単スイーツレシピなどと言ってバズることは多いが、チーズケーキにはクリームチーズが必要なのであって、そこまでその商品を常備しているか持て余している……という家庭は少ないのではないだろうか。
「自分でやってみた、って事が重要なんだと思うよ」
ちょっとばかし不格好でも、自分の作ったものに愛着がある人もいる。もちろん出来のいいものに囲まれて暮らしたい、時間の方が重要である、と言う人を否定しないが。
チーズケーキと一緒に出された、カモミールティーを一口含む。リンゴのような……と言われてもピンと来ないが、甘い、とろけるような香りなのは間違いない。
「さっきの話の続きですけど、週末に二人が来ます」
「ここに?」
百合はしっかりと、まるで確認するかのように頷いた。今後について話しあおう、と彼女の方から持ちかけたのだと言う。
「方向性は、なにも決まってないんですが。とりあえず無視してても始まらないので」
「それはいいことだと思うけれど……先にお父さんと話をしておかなくていいの?」
ぶっつけ本番で全員集合、と言われると意図しないところで百合の感情のスイッチが押されてしまわないかどうかが心配である。
「そこはもう、口裏合わせなしの一発勝負で行こうと思ってます」
百合は腰に手を当て、胸を張るしぐさをした。やる気は十分……と言った所だろうか。
百合は強くなった。不満を溜め込むだけの生活から、殻を破って前に進もうとしている。
散々頑張れや挑戦しろなど言っておいて、いざ行動を起こした人を見ると怖じ気づいてしまうのは、あたしはなんて小さい人間なのだろう、と自分にうんざりしてしまう。
「あたしもさー……家族からの連絡にはすぐ返信することにしてるよ。この前からだけど」
大分スケールが小さいが、自分も一応行動しているのだと示すと、百合は右手を差し出してきたので、握り返す。テーブルの上で固く握手する女同士。なんと表現したものか。これも遅く来た青春の1ページなのだろうか。
「それで。京子さんにお願いがあるんですが」
「なに?」
「まずひとつ。話し合いの場に同席してくれません?」
「いやいやいや無理でしょ何言ってんの」
家族会議の場に隣の住人が乱入していたら間違いなく大事である。女子高生に集らないように金銭的にバランスをとっていたつもりではあるが、この交友関係が親御さんにおおっぴらになるのは避けたい。
「駄目なら、ベランダで様子を窺っていてほしいんです。私が暴れるかもしれないので……」
「暴れる?」
お上品な見た目からは想像もつかないが、確かに百合は激情家なのである。もし彼女が演劇部であったなら、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラなんてぴったりだろう……というのはさておき。
「暴れる予定、あるの?」
「ないですが。感情的にならない自信がありません」
「うーん、わかったよ。ベランダならいいよ」
「ありがとうございます!」
もしかして、あたしは先に無理難題をふっかけてから本題を切り出すと言う交渉術にはまってしまったのだろうか。まあいいや。彼女はまずひとつ、と言った。二つ目はなんなのだろう。
「あと……冷凍庫を貸してください」
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