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「うん。それは……えーと。微妙な気分になるのはわかる」

 相手は転勤について行った。それはつまり、本気の交際と言うことだ。

「この前……ええと、ちょうど京子さんに話しかける前日です。実は転勤先、相手の地元なんだそうです」

「……」

「最近よく連絡が来るようになって、変だなって思ってたんですが。そう言われて。
お前も大人になったから、こうして相談するけれど、再婚しようと考えているつもりだと」

「多分、言わないけど。子供が欲しいんだと思います。だって、そうじゃなければあたしが成人するまで待ちますよね。相手の人も、もう三十後半だと思いますし」

「お、おう」

  これはまずいぞ、と心の中で襟を正す。もう完全に外堀を埋められていて、向こうからするとすべてのタイミングが整った状態なのだろう。この場合連れ子には「おめでとう! 応援するよ! 自分はおとなしくしているね!」以外のコメントは求められていない。

 百合はうつむき、ぎゅっと唇をかんだ。まあ、親の恋愛とか下の話とか、普通は考えたく無いものだ。

「中学生ならいざ知らず、別々に暮らしていると反対も出来ないじゃないですか?」

「お母さんは一人だけだからいらないって言ったのは私で、だから家事も勉強も頑張らなきゃって思っていて。でも、頑張った結果、私は一人になってしまう」

 自分と父親の間に入ってほしくなくて、努力を続けたすえに、一人でも大丈夫だと思われてしまった。そこにお父さん的には寂しさもあったのかもしれない。

 お上品な見た目の女子高生が絞り出すように紡ぐその言葉に、若さから来る愚かさと、どうしようもない劣等感がにじみ出ている。

「どうしたらいいのかなって。母に対する裏切りだとは思っていないんです。でも、別に歩み寄りたいわけじゃない。ここで私が引かなかったら、その事をお互いずっと引きずって行かなければいけない。ふとした時に、『ああ、あいつのせいで人生が駄目になったんだ』って思われたらどうしようって。悪者にもされたくない」
 

「再婚して、もし子供が生まれたら。私は過去に取り残されて、いらなくなっちゃうんじゃないかって思うとどうしようもできなくて。最近連絡が来るのを、無視したり引き延ばしたりしているんです」

「そっか……」

 なんだか口の中がもちゃもちゃとして不快なので、付け合わせのミントを口に含んで噛みつぶす。百合はひとまず言いたいことは言い切ったのか、やっとクリームブリュレに手をつけた。

 たぶんねえ、向こうはそこまで深く考えていないんだよ。娘も自立して、一人暮らししていて、完全に独立した一つの世界を築いていて、思春期は反抗されたけれど、中年の親父なんて金を払えばなんでもいいと思っているにちがいない、ぐらいのテンションでしか物事を考えていない場合もある──いまのは、全くあたしの妄想にすぎないので、実際はどう感じているのかは不明だが、多分ここまで自分の娘がウエッティな思考回路だとは想像していないだろう。

 そんな事を言ったら、彼女は怒るだろうか、と慎重に頭の中で言葉を整理する。

 人生において何を重視し、どこに着目して生きて行くか。人間、驚くほどにバラバラなのである。つまり、冗談でもきれい事でも何でもなく「幸せの形は人それぞれ」であり、本人が是と言えば是、否と言えば否なのだ。この話だって、女性の側から見れば男やもめで反抗期の娘を抱えて苦労している男に寄り添い支えてきた……と表現出来るのだから。

 明確な答えはない。自分の持論を伝える事はできる。しかしそれを説明するには時間が……。視線を店内に巡らせると、店員がこちらに近づいてきた。

「お客様、まもなく休憩時間に入りますのでお会計をお願いいたします」

「あ、はい」

 あたりを見渡すと、店内の人影はすっかりまばらになっていた。ランチタイム終了後に一旦店を閉める仕組みだったらしい。話もそこそこに、店を出る事になった。

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