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就業時間になると、一気に人が減る。すなわち、多少サボってもおとがめなし、と言うことだ……と無意味に鞄の整理などを始めてしまう。マグネット式のバッグをぱかり、と開けると液晶画面がピカッと光る。
『お弁当美味しかったです』
「良かった。今日は遅くなりそうだから、お弁当箱はベランダかドアノブに引っかけておいて」
とりあえずお弁当を交換してみる。その後の予定は、まだない。既読のマークがすぐにつき、彼女が画面の向こうに「いる」のがわかった。
『今日はカレーにしようと思います』
『いいね』
『まとめて作るので、もし良かったら食べに来てください』
カレーか。そう言えば、この前スーパーで大量にスパイスを買い込んでいた。もしかして彼女はスパイスの調合からカレー作りを始める個性派なのだろうか、とふと考える。
「食べに来てください、か……」
お邪魔するとなると、彼女と関わりを持つのは4回目になる。
心が揺れている。あまり仲良くしすぎるのもどうかと思う。しかし、一人でご飯を食べる日々よりは、二人の方が人生が豊かなのは間違いない。
彼女はやはり、寂しがっているのだろう。変にアルバイトなどを始めて悪い男に引っかかってしまうよりは、出来る範囲で力になってあげた方がいいのではないか。いい年をした大人が女子校生とつるむのはいかがなものか。いやいや、時には人情だって大切だ……と考えがぐるぐると脳内をかけめぐり、仕事が手につかない。
「ううーん、どうしよう……」
腕を組んでうんうんと唸っていると、「何かありましたか?」と同じく居残りの同僚に声をかけられる。何かとんでもないミスをやらかしたのかと、戦々恐々と言った雰囲気だ。
「いえ、なんでもありません。ちょっと人生について考えていただけです」
慌ててその場をごまかし、残りの仕事を片付けるためにパソコンに向き直った。
「うーん、雑穀の入ったご飯もいいけれど、やっぱりカレーには白米だな」
じゃがいも、にんじん、たまねぎのごく普通のカレー。ルーは甘口、肉は豚バラの薄切り。
隣人との距離感に悩みながら帰宅したあたしは、小窓から漂う香りにノックアウトされ、のこのこと女子校生の部屋にあがりこみ、夕食を食べている。
「ですね」
付け合わせに福神漬けではなくキュウリの浅漬けが出ている。ぽりぽりと囓りながら、ちらりと部屋を観察する。
女子校生……いや、いかにも一人暮らしを始めて間もない雰囲気のインテリアだ。某リーズナブルな家具屋で買いそろえたのだろうカラーボックスとプラスチックの引き出し。ファンシーな花柄の布団にもこもこのクッション、存在感のありすぎる学習机に、折りたたみ式のこたつ。まるで学生時代にタイムスリップしたみたいだ。
自分は一体全体、これからどうすれば良いのだろうか。ずるずるとご近所づきあいを続けてはいるが、これが彼女のためになるのかどうか。
「ありがとうございます」
「え? 何が?」
唐突な感謝に思考が「?」で埋め尽くされる。
別に何もしていない。お弁当とカレーを食べただけだ。むしろこちらが言わなければいけない立場である。
「今日、お弁当の中身が何かわからないってだけで、すごく気持ちが楽になりました多分、一人暮らしで知らないうちにストレスがたまっていたんだと思います」
「よかった」
彼女がそう思ってくれるなら、素直に受け取ることにしよう。
「ご迷惑でした?」
「いや、ぜんぜんそんな事はないよ」
「自分も甘えすぎだなとはわかっているんですが、もし良ければたまに遊んでもらえたらなと」
「うんうん。そうしよっか」
彼女がそう言うのなら、あたしが断る理由はなにもない。
ご近所さん。友達。友人。まあ、一回りの歳の差なんてあと四半世紀も経てば誤差のようなものだろう。
変に気を遣わず、適度に友人と集まればよい。よくよく考えると、学生時代は一人暮らしの友達の家に大人数で泊まったりしていて、そちらの方が親御さんからするとご迷惑だっただろうしな。
そう、これは地域で一丸となって子供を育てるようなもの……もしくは、生活のステージが変わって疎遠になるまでの友人関係。
まあ、なんだ。人生で役に立った事ぐらいは、彼女に何か伝えられるだろう。
こうして、あたしは隣人の女子高生とルームはシェアしないがご飯はシェアする仲になった。
意気揚々と部屋に戻り、鞄の中を整理しようと中をのぞきこむと、スマートフォンに通知が入っていた。
全文を読むためにはにはアプリを開く必要があるが、誰からメッセージが来たのか、最初の書き出しぐらいは確認できる。この状態だと既読にならない。つまりは意図的に無視をしているのか、気がついていないのか、相手には判断ができないことになる。
そっと通知を消去し、見て見ぬフリをした。数日後には確認し、返信を送るだろう。縁を切りたいとか、関わり合いになりたくない、ってほどでもない。でも、他人の方がずっと気が楽なのだ。
誰も居ない部屋で、小さくため息をついた。彼女の些細な違和感に気がつくのはあたしが鋭いからではなく──自分にも心当たりがあるからだ。
身近に相談できそうな大人を見つけたと思った百合は、きっと本当のあたしを知ったらがっかりするだろうな。
『お弁当美味しかったです』
「良かった。今日は遅くなりそうだから、お弁当箱はベランダかドアノブに引っかけておいて」
とりあえずお弁当を交換してみる。その後の予定は、まだない。既読のマークがすぐにつき、彼女が画面の向こうに「いる」のがわかった。
『今日はカレーにしようと思います』
『いいね』
『まとめて作るので、もし良かったら食べに来てください』
カレーか。そう言えば、この前スーパーで大量にスパイスを買い込んでいた。もしかして彼女はスパイスの調合からカレー作りを始める個性派なのだろうか、とふと考える。
「食べに来てください、か……」
お邪魔するとなると、彼女と関わりを持つのは4回目になる。
心が揺れている。あまり仲良くしすぎるのもどうかと思う。しかし、一人でご飯を食べる日々よりは、二人の方が人生が豊かなのは間違いない。
彼女はやはり、寂しがっているのだろう。変にアルバイトなどを始めて悪い男に引っかかってしまうよりは、出来る範囲で力になってあげた方がいいのではないか。いい年をした大人が女子校生とつるむのはいかがなものか。いやいや、時には人情だって大切だ……と考えがぐるぐると脳内をかけめぐり、仕事が手につかない。
「ううーん、どうしよう……」
腕を組んでうんうんと唸っていると、「何かありましたか?」と同じく居残りの同僚に声をかけられる。何かとんでもないミスをやらかしたのかと、戦々恐々と言った雰囲気だ。
「いえ、なんでもありません。ちょっと人生について考えていただけです」
慌ててその場をごまかし、残りの仕事を片付けるためにパソコンに向き直った。
「うーん、雑穀の入ったご飯もいいけれど、やっぱりカレーには白米だな」
じゃがいも、にんじん、たまねぎのごく普通のカレー。ルーは甘口、肉は豚バラの薄切り。
隣人との距離感に悩みながら帰宅したあたしは、小窓から漂う香りにノックアウトされ、のこのこと女子校生の部屋にあがりこみ、夕食を食べている。
「ですね」
付け合わせに福神漬けではなくキュウリの浅漬けが出ている。ぽりぽりと囓りながら、ちらりと部屋を観察する。
女子校生……いや、いかにも一人暮らしを始めて間もない雰囲気のインテリアだ。某リーズナブルな家具屋で買いそろえたのだろうカラーボックスとプラスチックの引き出し。ファンシーな花柄の布団にもこもこのクッション、存在感のありすぎる学習机に、折りたたみ式のこたつ。まるで学生時代にタイムスリップしたみたいだ。
自分は一体全体、これからどうすれば良いのだろうか。ずるずるとご近所づきあいを続けてはいるが、これが彼女のためになるのかどうか。
「ありがとうございます」
「え? 何が?」
唐突な感謝に思考が「?」で埋め尽くされる。
別に何もしていない。お弁当とカレーを食べただけだ。むしろこちらが言わなければいけない立場である。
「今日、お弁当の中身が何かわからないってだけで、すごく気持ちが楽になりました多分、一人暮らしで知らないうちにストレスがたまっていたんだと思います」
「よかった」
彼女がそう思ってくれるなら、素直に受け取ることにしよう。
「ご迷惑でした?」
「いや、ぜんぜんそんな事はないよ」
「自分も甘えすぎだなとはわかっているんですが、もし良ければたまに遊んでもらえたらなと」
「うんうん。そうしよっか」
彼女がそう言うのなら、あたしが断る理由はなにもない。
ご近所さん。友達。友人。まあ、一回りの歳の差なんてあと四半世紀も経てば誤差のようなものだろう。
変に気を遣わず、適度に友人と集まればよい。よくよく考えると、学生時代は一人暮らしの友達の家に大人数で泊まったりしていて、そちらの方が親御さんからするとご迷惑だっただろうしな。
そう、これは地域で一丸となって子供を育てるようなもの……もしくは、生活のステージが変わって疎遠になるまでの友人関係。
まあ、なんだ。人生で役に立った事ぐらいは、彼女に何か伝えられるだろう。
こうして、あたしは隣人の女子高生とルームはシェアしないがご飯はシェアする仲になった。
意気揚々と部屋に戻り、鞄の中を整理しようと中をのぞきこむと、スマートフォンに通知が入っていた。
全文を読むためにはにはアプリを開く必要があるが、誰からメッセージが来たのか、最初の書き出しぐらいは確認できる。この状態だと既読にならない。つまりは意図的に無視をしているのか、気がついていないのか、相手には判断ができないことになる。
そっと通知を消去し、見て見ぬフリをした。数日後には確認し、返信を送るだろう。縁を切りたいとか、関わり合いになりたくない、ってほどでもない。でも、他人の方がずっと気が楽なのだ。
誰も居ない部屋で、小さくため息をついた。彼女の些細な違和感に気がつくのはあたしが鋭いからではなく──自分にも心当たりがあるからだ。
身近に相談できそうな大人を見つけたと思った百合は、きっと本当のあたしを知ったらがっかりするだろうな。
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