59 / 63
8
しおりを挟む
「シュシュリア・リベルタス。お前との婚約を破棄する!」
……妙ね。何もしていないのに、婚約破棄されてしまったわ。
それにしても、今日もだるい。私の腕の中にいる飼い猫のミケも、同じく大きなあくびをした。猛烈に眠い……。
「ふぁ……。わたくし、この通り何もしておりません。何もしていないことは、この飼い猫のミケが証明してくれるかと」
「にゃあ」
ミケは腕の中で、安心しきって暢気な声をあげた。
「していない、と言う事が罪なのだ!」
わたくしの婚約者、王太子ラドリアーノはだん、と足を踏み鳴らした。
「私ラドリアーノはお前との婚約を破棄し、男爵令嬢ステラと婚約する。彼女は類い希なる癒しの力を持ち、領民からの信頼も篤い。それに対してお前はどうだ。年がら年中猫を小脇に抱えて、ろくに魔法の修行もせず、いつも疲れた疲れたとぐうたらしてばかりで、そのくせ一年中俺に粘着し、後ろから嫌味を言う時だけ元気。そんな身分だけの堕落した女が、国母にふさわしいはずもない」
……結局こうなると思ったから私は婚約に反対したのに、お父様と国王陛下がどうしても、って頼み込むから仕方なく、よ。それなのにこの仕打ち。
「ミケは王宮で、けがをしていた所をわたくしが拾いました。それ以来、ずっとそばを離れないのですわ」
本当はケガではなくて、バラバラ死体としてステラの部屋の前に捨てられていたのだけれど。昔、こういうのをわたくしのせいにされたことがあったのよねえ。してないのに。
せっかくだから、蘇生魔法を使ったら成功しちゃって。けれどまだ修行が足りないのか、術が不完全なため私がいつもそばに居てあげなければいけない。蘇生と言うよりはわたくしの魔力によって形を保っていると言った方が正しい。そして、その持続には私の魔力が川の様にどんどんと流れていくのだ。そのせいで眠い。
「その猫がステラに嚙みついたことを知らないとは言わせないぞ!」
「存じ上げてはおりますけど。ミケはとてもいい子なのです。自分の身を守るとき以外は使用人にだって爪を立てたり、ましてや噛んだりなどいたしません。……よっぽど、ステラさまがお嫌いなのかと」
「……なぁ~お」
ミケは私の微笑みに合わせて、低いうなり声をあげた。彼女には誰が自分を死に追いやったのか、その記憶がはっきりあるのだから当然だ。
「それにわたくしが怠惰なのは『女の分際で』俺より優れた魔導士など生意気だと殿下がおっしゃったのです。ですからわたくし、日々頑張っておりますわ。目立たずに、影の様にしております」
「……その下卑た笑みをやめろ! ……婚約破棄の理由はそれだけではない」
ラドリアーノに寄りかかっていた聖女ステラが、すっとローブの袖から一通の手紙を取り出し、高々と掲げた。
「お前は聖騎士ヴォルフラムと不義密通をしているな!」
すっかり健康体となったヴォルフラムは、何を思ったのか剣の修行まで始めてしまって、その才能を大陸中にとどろかせ、魔王軍を震え上がらせているともっぱらの噂だ。
「はあ……彼はわたくしの従兄弟ですよ。魔王討伐のために若いみそらで極東に赴いたのです。身内の──ひいては国民の心配をしないで、何を憂うというのです?」
確かにわたくしはヴォルフラムと手紙のやりとりをしている。しかし、それはリベルタス公爵家のためであり、私が時渡り前の経験で得た知見をアドバイスしたり、適切な物資を適切な場所へ送っているだけ。兵站がカスだなんて、我が国の恥ですから中央部に突撃して無能は解任し、わたくしの慧眼と言う名のズルで見抜いた有能な人々を新しく着任させておいた。
状況は以前よりもずっとずっといいはずなのに、討伐隊は一向に戻ってこない。やはりわたくしが出ないとダメのかしら……。
「不貞などとんでもない。わたくしはラドリアーノ王子をお支えするという重要な役割がございます。そんな暇はございません。今だってこんなにくたくたで……ふぁ……」
ヴォルフラム本人には何年も会っていない。だって、わたくしはリベルタス公爵令嬢として課せられた使命を日々こなさなければいけないから。そもそもヴォルフラムが恋文なんて送ってくるはずがない。
「……シュシュリアさま、罪をお認めになってください。ラドリアーノさまはこう仰いますが、本心ではシュシュリアさまのお立場に哀れみを感じていらっしゃいます。女の身で愛されぬことはつらいこと。ラドリアーノさまは不器用な方ですが、シュシュリアさまと向き合おうとされているのですわ」
「わたくしには何の罪もありませんわ」
「よいのですか? この手紙には、動かぬ証拠があるのですよ」
「どうぞお読みになってください。わたくしは誓って、不貞などしている暇がありませんから」
手紙を読み上げろと言われて、聖女ステラの顔がとんでもなく下卑た、いやらしいものに変わった。ラドリアーノ王子も今振り向いてくれれば、百年の恋も醒めると思うのだけれど。
「拝啓、愛しのシュシュリアへ……」
ステラがゆっくりと手紙を読み始めた。
……妙ね。何もしていないのに、婚約破棄されてしまったわ。
それにしても、今日もだるい。私の腕の中にいる飼い猫のミケも、同じく大きなあくびをした。猛烈に眠い……。
「ふぁ……。わたくし、この通り何もしておりません。何もしていないことは、この飼い猫のミケが証明してくれるかと」
「にゃあ」
ミケは腕の中で、安心しきって暢気な声をあげた。
「していない、と言う事が罪なのだ!」
わたくしの婚約者、王太子ラドリアーノはだん、と足を踏み鳴らした。
「私ラドリアーノはお前との婚約を破棄し、男爵令嬢ステラと婚約する。彼女は類い希なる癒しの力を持ち、領民からの信頼も篤い。それに対してお前はどうだ。年がら年中猫を小脇に抱えて、ろくに魔法の修行もせず、いつも疲れた疲れたとぐうたらしてばかりで、そのくせ一年中俺に粘着し、後ろから嫌味を言う時だけ元気。そんな身分だけの堕落した女が、国母にふさわしいはずもない」
……結局こうなると思ったから私は婚約に反対したのに、お父様と国王陛下がどうしても、って頼み込むから仕方なく、よ。それなのにこの仕打ち。
「ミケは王宮で、けがをしていた所をわたくしが拾いました。それ以来、ずっとそばを離れないのですわ」
本当はケガではなくて、バラバラ死体としてステラの部屋の前に捨てられていたのだけれど。昔、こういうのをわたくしのせいにされたことがあったのよねえ。してないのに。
せっかくだから、蘇生魔法を使ったら成功しちゃって。けれどまだ修行が足りないのか、術が不完全なため私がいつもそばに居てあげなければいけない。蘇生と言うよりはわたくしの魔力によって形を保っていると言った方が正しい。そして、その持続には私の魔力が川の様にどんどんと流れていくのだ。そのせいで眠い。
「その猫がステラに嚙みついたことを知らないとは言わせないぞ!」
「存じ上げてはおりますけど。ミケはとてもいい子なのです。自分の身を守るとき以外は使用人にだって爪を立てたり、ましてや噛んだりなどいたしません。……よっぽど、ステラさまがお嫌いなのかと」
「……なぁ~お」
ミケは私の微笑みに合わせて、低いうなり声をあげた。彼女には誰が自分を死に追いやったのか、その記憶がはっきりあるのだから当然だ。
「それにわたくしが怠惰なのは『女の分際で』俺より優れた魔導士など生意気だと殿下がおっしゃったのです。ですからわたくし、日々頑張っておりますわ。目立たずに、影の様にしております」
「……その下卑た笑みをやめろ! ……婚約破棄の理由はそれだけではない」
ラドリアーノに寄りかかっていた聖女ステラが、すっとローブの袖から一通の手紙を取り出し、高々と掲げた。
「お前は聖騎士ヴォルフラムと不義密通をしているな!」
すっかり健康体となったヴォルフラムは、何を思ったのか剣の修行まで始めてしまって、その才能を大陸中にとどろかせ、魔王軍を震え上がらせているともっぱらの噂だ。
「はあ……彼はわたくしの従兄弟ですよ。魔王討伐のために若いみそらで極東に赴いたのです。身内の──ひいては国民の心配をしないで、何を憂うというのです?」
確かにわたくしはヴォルフラムと手紙のやりとりをしている。しかし、それはリベルタス公爵家のためであり、私が時渡り前の経験で得た知見をアドバイスしたり、適切な物資を適切な場所へ送っているだけ。兵站がカスだなんて、我が国の恥ですから中央部に突撃して無能は解任し、わたくしの慧眼と言う名のズルで見抜いた有能な人々を新しく着任させておいた。
状況は以前よりもずっとずっといいはずなのに、討伐隊は一向に戻ってこない。やはりわたくしが出ないとダメのかしら……。
「不貞などとんでもない。わたくしはラドリアーノ王子をお支えするという重要な役割がございます。そんな暇はございません。今だってこんなにくたくたで……ふぁ……」
ヴォルフラム本人には何年も会っていない。だって、わたくしはリベルタス公爵令嬢として課せられた使命を日々こなさなければいけないから。そもそもヴォルフラムが恋文なんて送ってくるはずがない。
「……シュシュリアさま、罪をお認めになってください。ラドリアーノさまはこう仰いますが、本心ではシュシュリアさまのお立場に哀れみを感じていらっしゃいます。女の身で愛されぬことはつらいこと。ラドリアーノさまは不器用な方ですが、シュシュリアさまと向き合おうとされているのですわ」
「わたくしには何の罪もありませんわ」
「よいのですか? この手紙には、動かぬ証拠があるのですよ」
「どうぞお読みになってください。わたくしは誓って、不貞などしている暇がありませんから」
手紙を読み上げろと言われて、聖女ステラの顔がとんでもなく下卑た、いやらしいものに変わった。ラドリアーノ王子も今振り向いてくれれば、百年の恋も醒めると思うのだけれど。
「拝啓、愛しのシュシュリアへ……」
ステラがゆっくりと手紙を読み始めた。
1
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね
白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。
そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。
それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。
ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
ただあなたを守りたかった
冬馬亮
恋愛
ビウンデルム王国の第三王子ベネディクトは、十二歳の時の初めてのお茶会で出会った令嬢のことがずっと忘れられずにいる。
ひと目見て惹かれた。だがその令嬢は、それから間もなく、体調を崩したとかで領地に戻ってしまった。以来、王都には来ていない。
ベネディクトは、出来ることならその令嬢を婚約者にしたいと思う。
両親や兄たちは、ベネディクトは第三王子だから好きな相手を選んでいいと言ってくれた。
その令嬢にとって王族の責務が重圧になるなら、臣籍降下をすればいい。
与える爵位も公爵位から伯爵位までなら選んでいいと。
令嬢は、ライツェンバーグ侯爵家の長女、ティターリエ。
ベネディクトは心を決め、父である国王を通してライツェンバーグ侯爵家に婚約の打診をする。
だが、程なくして衝撃の知らせが王城に届く。
領地にいたティターリエが拐われたというのだ。
どうしてだ。なぜティターリエ嬢が。
婚約はまだ成立しておらず、打診をしただけの状態。
表立って動ける立場にない状況で、ベネディクトは周囲の協力者らの手を借り、密かに調査を進める。
ただティターリエの身を案じて。
そうして明らかになっていく真実とはーーー
※作者的にはハッピーエンドにするつもりですが、受け取り方はそれぞれなので、タグにはビターエンドとさせていただきました。
分かりやすいハッピーエンドとは違うかもしれません。
悪妃の愛娘
りーさん
恋愛
私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。
その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる