異世界恋愛短編集

辺野夏子

文字の大きさ
上 下
58 / 63

7

しおりを挟む
「リベルタス家始まって以来の天才と呼ばれたシュシュリアに癒しの力が備われば引く手あまたですね」

 流石のヴォルフラムも視力が回復したことに喜びを隠しきれないらしく、あれからわたくしにゴマをすってくる様になった。なんだか微妙に落ち着かない時もあるけれど、このまま永久にわたくしに頭が上がらないようにさせてやるわ。

「そうね。前線に出ないで後方支援に回れるからわたくしの生存確率はうなぎのぼりよ」
「僕が敵将だったら後方部隊から叩きますが。シュシュリアは目立つし、挑発すれば前線に出てきそうだし」
「……やる気がそがれるような事言わないでくれる?」

 ……ヴォルフラムの目は治った。けれど、命がなくなってはどうにもならない。わたくしの次なる目的はさらなる禁呪──蘇生魔法を覚える事だ。

 蘇生魔法と言っても万能ではない。肉体に生命を維持できるだけの機能が残っていて、まだ本人の魔力が残っている場合にしか効果がないし、常に術者の魔力が届く範囲に居なくてはいけない。

 崩れ行く体から離れゆく魂を魔力でつなぎとめる。術者にもたらす負荷は生半可なものではない。

「術者の魔力ではなく、多数の生け贄をもって魔力の供給源とすることができる、か……」

 研究がなかなかはかどらなくて、苦し紛れに本の内容を読み上げると、ヴォルフラムはぎょっとした様子で顔を上げた。最近のヴォルフラムは眼鏡がなくなったので、意外と表情が豊かだ。

「シュシュリア。まさかあなた、領民を生け贄にして何か蘇生させようと考えているのではないでしょうね。例えば、魔王とか」

「失礼ね。わたくし、誇り高いのよ」

 ──そう。わたくしは誇り高い令嬢。そのことを、沢山の仲間から教わった。彼らともう会うことはないけれどね? まあ元は同国人なのだから、その内部下として目をかけてやってもいいわね。


「シュシュリア。あなたが生け贄を使わずに蘇生魔法を使用するなら──それはあなたの生命力をむしばむ事ですよ」
「わかってるわよ」
「そんなに必死になって、何を生き返らせようと言うんです」

 ヴォルフラムはなんでもかんでも聞きたがる。世界が広がって、旺盛な好奇心が爆発しすぎているのよね。無視しても食いさがるので、わたくしはしぶしぶ口を開いた。

「あなたよ。あなたが生きていれば、わたくしは安全だから」

 ヴォルフラムはかっと目を見開いた。そのまま瞳が零れ落ちてしまいそうだけれど、大丈夫なのかしらね?

「……そうしたら、僕がずっとそばに居る事になりますよ。それでいいのですか?」

 ヴォルフラムの妄言を、鼻で笑う。

「私の魔力の有効範囲がわからないの? ここから王宮の端あたりまでよ」
「わかりますけど……いや、わからない。シュシュリア、あなたはいつの間にそんなに先へ……」

 ヴォルフラムは珍しく悔しそうな顔をした。わたくしに才能で劣っているとは思っていなかったのだろう。ああ、いい気分だわ。愉快、愉快。バラ色の人生とはこのこと。……もしかして、私が死に際に見ている都合のいい夢だったりしないわよね。

「僕……負けません、から」
「どうぞぉ。まあヴォルフラムには回復魔法は無理だから、叔父様のように魔法剣でも覚えたらいかがかしら?」

「僕が剣を?」
「そうよ。魔力が切れたり、術が効かない相手が居たら困るでしょう? もしそんな時に、自分の身一つでなんとかできなければあっと言う間にあの世行きよ」

「僕は死なないですよ。……僕が死ぬような事があれば、シュシュリア、多分あなたも無事ではすまない」
「わかっているわよ」

 分かっているからこうしているのよ。

「剣についてはお義父様に相談の上、検討します。……僕が、あなたを守ります。だから……そういう、反動の大きい術は、使わなくて、いいです」

「わたくしに指図しないでくれる?」

 ヴォルフラムが強くなるのはありがたい。……それでも、わたくしにはやらなきゃいけない時が、あるじゃない? いざって時に向こうが禁呪を使えてわたくしが使えないのでは意味がないし。

 別にヴォルフラムのためじゃないわ、自分のためよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか?

みやび
恋愛
政略に基づく婚約を破棄した結果

ある愚かな婚約破棄の結末

オレンジ方解石
恋愛
 セドリック王子から婚約破棄を宣言されたアデライド。  王子の愚かさに頭を抱えるが、周囲は一斉に「アデライドが悪い」と王子の味方をして…………。 ※一応ジャンルを『恋愛』に設定してありますが、甘さ控えめです。

婚約破棄裁判

Mr.後困る
恋愛
愛国心溢れる大公令嬢ヴィーナスは 自身の婚約者を誑かしたマーキュリー男爵令嬢を殺害した その裁判が今、行われる・・・

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

その悪役令嬢、問題児につき

ニコ
恋愛
 婚約破棄された悪役令嬢がストッパーが無くなり暴走するお話。 ※結構ぶっ飛んでます。もうご都合主義の塊です。難しく考えたら負け!

【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?

瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」 婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。 部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。 フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。 ざまぁなしのハッピーエンド! ※8/6 16:10で完結しました。 ※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。 ※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

処理中です...