異世界恋愛短編集

辺野夏子

文字の大きさ
上 下
52 / 63

1

しおりを挟む
『シュシュリア。この首飾りを……肌身離さず、付けていてもらえますか』

 ──……どうして、死に際になって、ヴォルフラムのことを思い出すのだろう。

『どうして?』
『この戦いに自分たちは勝てません。だから──お守りです』
『勝てないのに、お守りって……とうとう、目だけじゃなくて頭も悪くなったのね。治療班の所に行った方がいいわ』
『いいから。受け取って。僕の代わりにこの首飾りがあなたを守ってくれると思って』

『わたくしはあなたに守られるほど弱くはないわ』
『わかっていますよ、だからこそだ』

 ──わたくしを置いて、先に戦死した従兄弟の事なんて、今考えている暇がないのに。まだ生き残っている仲間がいるはずだ。もう頼れるヴォルフラムはいない。わたくしが、皆を……。

『奥の手は、最後まで取っておくものですからね』

 ──最後……ああ、そうだ。私は、もう、死ぬんだった……。戦場で一人、だからこんな、走馬灯を……。

 瞼を閉じた瞬間、けたたましい鶏の鳴き声で目が覚めた。

「……わっ!……何よ、夢ね。『戦場の氷華』と呼ばれたわたくしがそう簡単にやられるわけが……ん……夢?」

 ──わたくしの名前はシュシュリア・リベルタス。十七の時に王太子ラドリアーノから婚約破棄され、聖女ステラへの嫌がらせへの懲罰として魔王討伐軍へと送られ、無駄に才能豊かだったためにそこそこ奮闘し……そして志半ばで戦死した気の毒な公爵令嬢。

「のはずだけれど」

 この奇怪な状況には首をひねらざるを得ない。今横たわっているのは血がしみ込んだ地面ではなく、ふかふかの清潔なベッドで、戦場の殺風景なテントではない。視界に映る銀の巻き毛は艶やか、硬い筋肉に覆われていたはずの体は華奢で、肌はきめ細かく、爪も割れていない。

 何より、この体は子供のものだ。

「……」

 今までの事が夢だったのか、それとも今が夢なのか。ひとまず、魔王討伐軍方式闘魂注入ビンタを自分にかましてみるとするわ。

「いっっっったいわ!!!!」

 子供の力とは言え、容赦なく自分の頬を叩いてしまった。思わず出た叫びに、メイドが血相を変えて飛び込んできたので追い払う。どうやらこれもまた、現実のようだ。

「……魔法は使えるわね」

 指先に魔力を込めると、りん、と空気が凍って、指先に六角形の氷の結晶が生まれた。星。ハート。指先に集めた魔力を自在に操る事が出来る。──この年頃のわたくしには到底こなせなかった芸当だ。

 戦いの日々は事実として、わたくしの脳裏に刻まれている。つまりわたくしは記憶を持ったまま、過去に戻っている……?

「……時渡り」

 伝承にあるその術は、世の理を乱すとして禁忌とされて封じられた。魔導卿こと我がリベルタス公爵家がその封印を守っており、その秘伝書には何人たりとも近づくことはできない。

 そう、公爵家の人間以外には。

「一体、誰が……」

 わたくしを過去に送ったのだろう。わざとではないけれど、禁忌を破ったことを知られるわけにはいかない。そんな事をすればお父様の逆鱗に触れ、せっかく生き返った事が無駄になってしまう。わたくしがすべきことはこの幸運に感謝して、今度は間違えないことだろう。

「……と、なると。することは」

 1、わたくしをハメた聖女ステラをぶっ殺して存在を抹消する。
 2、王子にラドリアーノに媚びて嫌われないようにする。

 3、身を守るために回復魔法を覚える。これで戦場に送られても安心。

「3かしらね」

 今さらわたくしを追放して、戦場送りにした奴らと積極的に人間関係を構築したくはない。媚びてゴマすり係になるなんてもってのほか、強くて誇り高いわたくしのすることではない。

 けれど、あの憎たらしい聖女ステラは使い手が希少な、高度な回復魔法を習得していた。その力で大けがをした王太子に取り入ってそのまま寵愛を得た。そこからわたくしの人生が狂い始めたのだ。

 今思えば、あの時はどうもおかしかった。ささいな事までわたくしのせいにされて苛つき、黒い感情に取り憑かれていたとは言え、魔力が暴走して王太子に怪我をさせてしまうなんて。

 ……どうも、あの女は怪しかったと思ったのは、しばらく経ってからのことだ。

「けれど、今はあの頃よりも熟練しているわ」

 一通り魔法が使えることを確認してから、それほど習熟していない子供の偽装をする。

 わたくしを陥れた奴らの好きにはさせない。ステラが現れる前にわたくしが先回りをして、不幸の芽をつぶしてやる。

 魔王にリベンジするのはその後だ。わたくしには類い希なる魔法の才があったけれど、それでも魔王を倒すには至らなかった。その件については『適任者』に任せよう。

 ──この時期なら、『あいつ』だって、ぴんぴんしているはずよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

処理中です...