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しおりを挟む「うーん、次は令嬢探偵ヴァレリア、もしくは女海賊……」
ジルは、ふとある事を考え、ペンを走らせる手を止めた。
「ああ、いや。ヴァレリアはこの世界の登場人物だから、他の世界にはいないんだった」
そう。ヴァレリアはこの大地から生まれた悪役令嬢。彼女は他の世界にはいない。
新しく作り出したところで「見た目がそっくりの違う誰か」でしかないのだ。
自分がいなくなったら、ヴァレリアはどうなるのか。ふと思ったが、きっと、ヒロインの座を新しい誰かに譲ったあと、物語の中で永遠に幸せなままでいるのだろう、とジルは考えた。
「次は、そうだな、ええと。婚約破棄されたはずのヴァレリアが、もっといい男に言い寄られる。実はそいつは前々からヴァレリアの事を好きだったが、身分の高い婚約者がいるせいで、気持ちを伝えられなかった。傷心の令嬢に熱烈にアプローチする、ヴァレリアにちょうどいい体格の、セクシーで遊んでそうだけど一途な男……これで行こう」
ジルは書き終えた物語を読み直しても、どこか気に入らなかった。しかし、これも研究の結果である。
いいとか悪いとか、そう言った事は「読者」が決める事。そこに自分の好き嫌いなど、あまり関係がないのだ──
ヴァレリアはよくやってくれた。そろそろ、彼女を幸せにしなければいけない──
そうして、新しい舞台の幕が開けた。
「ヴァレリア。私はいつも貴女を見ていました。あんなあなたの事を自分の出世の為にしか考えていない男の事は忘れて、どうか私を選んでください」
「なんだあいつ……お前がヴァレリアの何を知ってるっていうんだよ……」
ジルは雲の上から身を乗り出し、悪態をついた。此度の「物語」はかつてないほどの評判である。
ジルが指示を出せるのはヴァレリアだけで、物語の「概要」を作った後は、世界は勝手に廻り出す。今回のストーリーのメインとなるミケーレもまた、ヴァレリアのように好き勝手動いているのであった。
「私、馬鹿だったんです」
ヴァレリアは、薬指で目尻に溜まった涙を拭った。
「頑張ってさえいれば、いつかあの方が私を見てくれるんじゃないか。そう思って、いつか、きっといつかは……って」
パタパタと、白い鳩が飛んでくる。ジルの元に感想が舞い込んで来た証だ。
『ヴァレリア、まだあのクソ男に未練があるの!?』
『ミケーレ様、頑張って!』
『はやく元婚約者が、見捨てられて惨めに落ちぶれて欲しいです』
評判は上々である。そう、評判は上々と言ったら、上々なのだ。しかしジルはこの話がまったく気に入らなかった。理由は特に、何もない。
ミケーレがヴァレリアを抱きしめた。ここは噴水広場、公衆の面前である。
「あっ、何してんだあいつら」
ヴァレリアはミケーレの腕の中で硬直していたが、おずおずと、彼の背中に手を回した。
『ミケーレ様……』
ヴァレリアの、紫水晶の瞳が、ミケーレの肩越しに不敵にきらめいた。
「わーーーっ」
「わーーーーーーっ」
「わーーーーーーーーっ」
ジルは地上への光を遮り、大雨を降らせ、突風でミケーレを吹き飛ばした。雷が鳴り響き、強風で木々が倒れ、花は散った。
嵐の中、ヴァレリアだけが、真っ直ぐにジルを見ていた。
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