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そんな二人の間に割って入る勇敢な男性がいる。ハリエットの従兄弟であり公爵令息のレオナルドだ。
「レオナルドさま!」
マキナの白く細い腕が、甘えるようにレオナルドに絡みつく。
「……女生徒の代表として、風紀が乱れるのを諌めたまでですわ」
レオナルドの乱入により、ハリエットは若干の落ち着きを取り戻した。
「レオナルドさま、ハリエットさまをお責めにならないでください。わたしが彼女を傷つけるような事を言ってしまったのです……ハリエットさま、申し訳ありません」
いつもこうだ。マキナはいつも「自分は悪くない」と周りを丸め込んでしまうのだと、ハリエットは誰にも見つからぬよう、こっそりと手を握りしめた。
「……わたくしは、自分がすべきと思うことをしているだけです」
「母親じゃあるまいし、お前は堅苦しすぎるんだよ。もう少し肩の力を抜いて殿下と付き合った方がいいと俺は思うね。ま、今回に関してはマキナが悪いよ」
ハリエットが一歩前に進み出ると、マキナは渋々とチョコレートの包みを渡した。
「それではマーシャル公爵令嬢。監督生として、これからもよろしく頼む。それは適切な処分をしておいてくれ」
幼少期から全く変わらない軽薄な笑みを貼り付け、レオナルドはマキナの肩を抱いて去っていった。
ハリエットの手には、握りしめられたチョコレートの箱だけが残される。
マキナの『レオナルドさまの分はわたしのサロンにありますから』と甘ったるく語りかける声を背に、ハリエットは一人学園内にある自分のサロンへと戻った。
『魔力なし』
それはハリエットを嘲笑する言葉である。
魔力に優れた者を多く輩出したマーシャル家。その第一子として生まれ落ちたハリエットの魔力は、使用人たちが気の毒に思うほどに──『なし』と言って差し支えないほどに貧弱であった。
両親は虐げこそしないものの、ハリエットはまるで期待されず育った。
それなのに理由がわからないまま、何故か王子の婚約者に選ばれてしまった。
ハリエットは長年、自分なりに努力してきたつもりだ。しかし最近マキナの取り巻きが「王太子はハリエットに同情して、真のお相手が見つかるまでの繋ぎの婚約者として選んだ」と吹聴して回っている。
それを信じる人々も少なからずおり、婚約破棄は間近で王太子はマキナを選ぶに違いない……と噂が飛び交っている。
相談しようにもセルジュは非常に忙しいらしく、手紙は送られてくるものの顔を合わせることは滅多にない。
茶の用意にやってきた使用人を下がらせ、一人ため息をつく。
今日の茶葉は、紅茶にオレンジとチョコレートの香りをつけたもの。甘いものが好きではないセルジュに合わせてハリエットも同席する時はあまり甘味を口にしない。せめて気分だけは──と選んだものだ。
「わたくしだって──」
ハリエットは恨めしそうにテーブルの上の箱を見つめた。マキナがもたらした知識である点を除けば、ハリエットも親愛の証として異性に贈り物をする行為に憧れを持っていないと言えば嘘になる。
他の娘たちのように堂々とチョコレートを渡して、セルジュの隣に立ちたいと思っているのだ。そんな事を考えながらじっとチョコレートの箱を見つめていると、心がざわつき、鼓動が速くなっていくのをハリエットは自覚し始めた。
──いったい、どうしたのかしら。
ふらふらと赤い箱に手を伸ばし、何かに操られるようにかけられたリボンを解く。中には赤いチョコレートが4つ並べられていた。
「綺麗……」
マキナの顔を思い浮かべるだけで憎たらしいのに、どうしてそんな事を感じてしまうのか。
──ダメよハリエット、あなたおかしいわ。何を考えているの。
思考とは裏腹に手が勝手に動き、ハリエットはひとつのチョコレートを手に取った。
──どうして? わたくしはそんなことをしない。体が自由にならない。助けて。誰か止めて……!
「ハリエット。美味しそうなお菓子を持っているね」
だらだらと冷や汗を流し、必死に見えざる力に抵抗するハリエットに声をかけてきたのは、いつの間にか現れた王太子セルジュその人だった。
「レオナルドさま!」
マキナの白く細い腕が、甘えるようにレオナルドに絡みつく。
「……女生徒の代表として、風紀が乱れるのを諌めたまでですわ」
レオナルドの乱入により、ハリエットは若干の落ち着きを取り戻した。
「レオナルドさま、ハリエットさまをお責めにならないでください。わたしが彼女を傷つけるような事を言ってしまったのです……ハリエットさま、申し訳ありません」
いつもこうだ。マキナはいつも「自分は悪くない」と周りを丸め込んでしまうのだと、ハリエットは誰にも見つからぬよう、こっそりと手を握りしめた。
「……わたくしは、自分がすべきと思うことをしているだけです」
「母親じゃあるまいし、お前は堅苦しすぎるんだよ。もう少し肩の力を抜いて殿下と付き合った方がいいと俺は思うね。ま、今回に関してはマキナが悪いよ」
ハリエットが一歩前に進み出ると、マキナは渋々とチョコレートの包みを渡した。
「それではマーシャル公爵令嬢。監督生として、これからもよろしく頼む。それは適切な処分をしておいてくれ」
幼少期から全く変わらない軽薄な笑みを貼り付け、レオナルドはマキナの肩を抱いて去っていった。
ハリエットの手には、握りしめられたチョコレートの箱だけが残される。
マキナの『レオナルドさまの分はわたしのサロンにありますから』と甘ったるく語りかける声を背に、ハリエットは一人学園内にある自分のサロンへと戻った。
『魔力なし』
それはハリエットを嘲笑する言葉である。
魔力に優れた者を多く輩出したマーシャル家。その第一子として生まれ落ちたハリエットの魔力は、使用人たちが気の毒に思うほどに──『なし』と言って差し支えないほどに貧弱であった。
両親は虐げこそしないものの、ハリエットはまるで期待されず育った。
それなのに理由がわからないまま、何故か王子の婚約者に選ばれてしまった。
ハリエットは長年、自分なりに努力してきたつもりだ。しかし最近マキナの取り巻きが「王太子はハリエットに同情して、真のお相手が見つかるまでの繋ぎの婚約者として選んだ」と吹聴して回っている。
それを信じる人々も少なからずおり、婚約破棄は間近で王太子はマキナを選ぶに違いない……と噂が飛び交っている。
相談しようにもセルジュは非常に忙しいらしく、手紙は送られてくるものの顔を合わせることは滅多にない。
茶の用意にやってきた使用人を下がらせ、一人ため息をつく。
今日の茶葉は、紅茶にオレンジとチョコレートの香りをつけたもの。甘いものが好きではないセルジュに合わせてハリエットも同席する時はあまり甘味を口にしない。せめて気分だけは──と選んだものだ。
「わたくしだって──」
ハリエットは恨めしそうにテーブルの上の箱を見つめた。マキナがもたらした知識である点を除けば、ハリエットも親愛の証として異性に贈り物をする行為に憧れを持っていないと言えば嘘になる。
他の娘たちのように堂々とチョコレートを渡して、セルジュの隣に立ちたいと思っているのだ。そんな事を考えながらじっとチョコレートの箱を見つめていると、心がざわつき、鼓動が速くなっていくのをハリエットは自覚し始めた。
──いったい、どうしたのかしら。
ふらふらと赤い箱に手を伸ばし、何かに操られるようにかけられたリボンを解く。中には赤いチョコレートが4つ並べられていた。
「綺麗……」
マキナの顔を思い浮かべるだけで憎たらしいのに、どうしてそんな事を感じてしまうのか。
──ダメよハリエット、あなたおかしいわ。何を考えているの。
思考とは裏腹に手が勝手に動き、ハリエットはひとつのチョコレートを手に取った。
──どうして? わたくしはそんなことをしない。体が自由にならない。助けて。誰か止めて……!
「ハリエット。美味しそうなお菓子を持っているね」
だらだらと冷や汗を流し、必死に見えざる力に抵抗するハリエットに声をかけてきたのは、いつの間にか現れた王太子セルジュその人だった。
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