異世界恋愛短編集

辺野夏子

文字の大きさ
上 下
33 / 63

1

しおりを挟む
「わ……わたしはただ、普段お世話になっているセルジュさまに感謝の気持ちをお伝えできたら、と……」

 とある晴れた冬の日、学園のテラスでハリエット・マーシャル公爵令嬢はマキナ・ルミエラ男爵令嬢をひんやりとした目で見つめた。

 彼女はマキナが『手作りのチョコレートを王太子に贈る』と周りに語っていたところを見咎め、学園の監督生、そして王太子セルジュの婚約者として注意した所だった。

「……殿下には専属の料理人がついております。国の未来を担う方に、誰の手を通したのかわからないものを召し上がっていただくわけにはいきません」

 マキナは手の中の小さな箱を抱きしめ、大袈裟に怯えた様子を見せた。

「これはわたしが材料から集め、聖魔力を練って丹精込めて作ったものなんです。セルジュさまが『最近癒しが足りない』とお疲れの様子だったので……」

 ある日突然異界から現れたと言われるマキナは、この世界に様々な知識をもたらした。その一つがチョコレートである。それまで薬としてしか利用されていなかったカカオに、砂糖とクリームを足し滑らかに仕上げたもの──はたちまち人々を虜にした。

 そうして、彼女は異国の風習「意中の人物にチョコレートを贈る」までもこの国に広めた。平民も貴族も関係なくその行事は受け止められ、毎冬毎に人々は選りすぐったチョコレートを求め、街は賑わいを見せる。

「セルジュさまだって、喜ぶと思います。だって、この前チョコレートの話を興味深げに聴いてくださいましたもの」

 マキナの含みのある甘い声に、ハリエットの心はささくれだった。最近セルジュとマキナがよく会話していると嫌でも耳に入ってしまうのだ。

 告げ口あるいは親切を装った嫌がらせか、様々な人が入れ替わり立ち替わりに『ご報告』としてやってくるため、ハリエットの精神はすり減る一方だった。

「……婚約者のいる男性にみだりに声をかける、その上個人的な贈り物をするなど、褒められた事ではありません。あなたも社交界デビューを控える身なのですから、今後は男爵令嬢としてそれ相応の礼儀を身につけて……」

「下賤な元平民などと、セルジュさまはそんな事をおっしゃいませんわ!お優しい方ですもの」

 マキナが張り上げた声に周囲はざわついた。もちろん、ハリエットはそんな事を一言も口にしていない。

「わたしが式典の代表に選ばれたこと、やはり気にしてらっしゃるのですね。でも、ハリエットさまのお怒りはごもっともですわ……」

 マキナはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。彼女が話しているのは、学園行事である「聖夜祭」のことであった。

 男女それぞれの監督生が代表して、学園の象徴であるランプに魔力で火を灯すのだが──ハリエットは生まれついての『魔力なし』であり、その責務を全うする事ができない。

 そのために『異界の乙女』であるマキナが代役として選ばれたのだが、ハリエットは悲しみを感じながらも、自分の至らなさとしてそのこと自体は受け入れていた。

「わたし、やっぱりセルジュさまになんとか代わっていただけるようにお話ししてみます。だって、申し訳ないですもの。いくら魔力がないと言ってもハリエットさまはまだ婚約者でいらっしゃいますものね」

 ハリエットだけに見える様、マキナはほんの少し唇の端をを歪めた。

「そのような話では……」

 ハリエットは口下手であった。反対にマキナは愛嬌があり、いつも人に囲まれている。愛らしいその蜂蜜色の瞳に見つめられると、皆マキナの味方になってしまう。


「マーシャル公爵令嬢。今日もお小言か?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

処理中です...