異世界恋愛短編集

辺野夏子

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レオの仲間だった弓使いと重戦士は、たまにこの辺で見かける。ごくまれに言葉を交わすけれど、そもそも仲が悪くなければ、良くもない。レオがいなければ、他人もいいところである。

 レオは少なくないお金──ドラゴンだかデーモンだかを倒したお金を残していってくれた。返すあてもないので、私はありがたく冒険者を引退することにした。格上の相手に色々補助してもらって場数を踏んで魔力を上げても、私の実力は中の中、B級冒険者。

 危険な城壁の外に行かなくても、治癒魔法が使えれば仕事なんていくらでもある。

 その事実には流石の私も途中で気がついたけれど、冒険者を辞めるつもりはなかった。どんなに強くても、不測の事態ってものは、あるからね。


 それも全て、過去の話。
 私はずっとここにいるし、レオは故郷に戻った。もう二度と会うこともないだろう。


 街はいろんな話題で賑わっている。

 最近は南の国の、例の相手がいなくて大変なことになった王子様に「相手」が見つかって、それがこの国にいたらしい──ってことで、女子はみんなその話をしている。

 やっぱり、王子様ともなれば神様はロマンチックな運命をプレゼントしてくれるものだ。

 そんな事を考えながら中庭で洗濯をしていると、急に騒がしくなる。誰かが来たらしい。

「アトリア!」

 本名を呼ばれて、思わず振り返る。誰かは、もちろんわかっている。

「……何でしょう、伯爵夫人」


 私は元の屋敷に連れてこられた。

 そう言うと無理やり拐われたみたいだけれど、実際は気持ち悪くなるほどに丁寧だった。なんでも「南の国の王子様」の「お相手」が私だと言う事がわかったそうだ。

「いやあよかった、よかった」

 血縁上の父は、額の汗を拭きながら未だかつて見たことがないぐらいの笑顔だった。私にとっては、まったく良くない。まあ、気持ちは分からなくもないけれど。


「この国」にいる「アトリア」の名を持つ、16歳から20歳の女性。

 それに当てはまるのが「私」しかいないそうだ。

 そんな馬鹿なこと、ありえる訳ないでしょと思ったが、悲しいことに事実のようだ。

「王位継承権は放棄されているそうだが、それでも大貴族であることには変わりない。王族と関わりが持てるんだ!」

 こんな、この世の俗っぽいところを全て煮詰めたようなオッサンがこんなに運がいいのは不公平ではないか。私は神に向かって悪態をついてみた。

 しかし、天罰は起こらなかった。浮気ヤローの汚職ヤローで、娘を捨てて、利用できそうとなるとまた拾ってくるような男の娘のお相手は両方格上の家で、この国の公爵と南の国の王族と縁を繋ぐことができて、この家は栄える。

 そんな訳あるか。少なくとも私は、そんな展開はまっぴらごめんです。

 私は父に対して、仕返しをすることにした。大人しいフリをして、途中で逃げ出すのだ。これにはちゃんと、それなりの理由がある。

 私を迎えにきた使節の一団は、王子の婚約者を迎えにきたようには思えないもので、あんまりやる気が感じられなかった。だって、護衛にレオの元仲間の弓使いを雇い入れているぐらいだし。

 南の国だって、いるんだかいないんだか分からない王子様のお相手が今更見つかったところで、権力争いもとっくに終わっているし、もしかして一般人の愛人なんかを囲っているのかもしれない。

 つまり私は別に必要とされてないんじゃないかって考えたのだ。そもそも、王子様の「レオナルド」って名前が、普通に考えて無理。

 私は夜中、こっそりと窓を伝って逃げ出した。財産は全て、教会に隠してある。

 芸は身を助けるとはよく言ったもので。冒険者時代に積んだ経験が、こんなにも役に立つとは思っていなかった。

 教会では、シスターが暗がりの中で祈りを捧げていた。私が入ると、振り向き、微笑みかけてきた。

「さようなら、シスター」
「さようなら、アトリア。あなたに星の加護がありますように」

 加護なんて、あるわけねー。と毒づきそうになったが、この教会で起きたことは大体いいことだったので、思い直す。

 一人暮らしをしていた時の家財とかは持っていけないので寄付する。持てるだけのお金と、冒険者時代の装備と、金のバングル。

 それだけを持って、港へ行く。朝日と共に出港する船に乗って、行方をくらます準備はできている。

 一応、弓使いに手紙は残しておいた。要約すると、うちのクソ親父と縁を結ばせるのは南の王家とこの国に大変申し訳ありませんので、私は消えます、とかそんな内容だ。

 じっと、船室で息を殺して時が過ぎるのを待つ。出航の汽笛が鳴り、船がゆっくりと動き出すのを感じる。

 積荷の影からそっと港の様子を伺うと、弓使いらしき人影がこちらを見て何かを叫んでいる。

 追ってくるかもしれないとは思ったけれど、あいつがあんなに仕事熱心だとは知らなかった。残してある手紙、彼は見てくれたのだろうか?

 しかし、船は動き出している。申し訳ない事は申し訳ないのだけれど、クソ親父の娘はクソ娘なので、関係者のみなさま方におかれましては、存分にあいつを処罰してやってほしい。

 陸地が見えなくなって、もう捕まらないとわかると、急にスッキリした気持ちになった。

「あーはっはっは、ざまあーーーー」

 とりあえず、叫んでみる。水夫がギョッとした目でこっちを見る。恥ずかしくなった。

 血は水より濃いと言うが、私はあの人たちの事を信じていない。別に不幸になったって、構わない。私は善人ではないから。

 まあ、こういう情の薄いところがそっくりだと言われたら、反論できないけどね。

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