異世界恋愛短編集

辺野夏子

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 私はわりとお金のある、けれど大して権力のない伯爵家に生まれた。そう。今となっては誰も信じないだろうし、自分でさえ疑わしいと思うけれど──

 私は、伯爵令嬢だった。

 この国では、いや大陸すべてがそうだけれど。「名前」はすべて神が決める。

 産まれた時に教会に連れていかれ、「洗礼」を受ける。それはタダなので、誰でもできるし後でもできる。

 その時、神様からひとりずつ名前を貰うのだ。

 私の名前もそうだ。南に行くと見える、明るい星の名前。このあたりじゃ見えないけどね。

 そして、神さまはもう一つお節介を焼いてくれる。何と「運命のお相手」の名前まで教えてくれるのだ。

 しかし気の毒な事に私には「相手」がいなかった。神様は、私のお相手については、だんまりで何も言ってくれなかったのだ。

 そう言う事は、ままある。

 生きている間に、途中で見つかることもある。どこか遠い国にいたとか、名前を隠して生きていたとか、年下だったとか。

 でも、劇的だからお話になるのであって、私は自分の人生に、そこまでロマンチックなものを期待していない。

 普通の一般市民は気にしない。必ずしも「相手」とうまく行くわけではないし、ほとんどの場合において、同じ名前の人は大勢いるからだ。

 その取り決めを無視しようが、受け入れようが、すべて自分次第ってわけ。

 でも、貴族社会ではそうはいかなかった。

 魔力のある人とない人がいて、魔力持ちは貴族に多い。そして、正しき「相手」じゃないと、魔力を継承できないのだと言うのだ。

 嘘っぱちとか迷信と言われようと、神なる御方は存在するわけで、この国の貴族制度はそれで回っている。

 どこかの国の王子様なんて「相手」がいないから、大変なことになったらしい。

 私が「追放」されたのもそのせいだ。貴族の中に結婚相手が見つからないから。


 お母さんは伯爵家の一人娘で、婿を取った。もちろん私の父だ。

 神様が決めたその結婚はあんまりうまくいかなかったし、私が「出来損ない」だから、家の空気は最悪だった。

 そんなこんなで私はひねくれて育ってしまったのだけれど、子供の頃はまだ良かった。

 お母さんが死んだ。そして、婿である父は後妻を取った。母はソラリアで、継母もソラリアだ。冗談キッツい。

 でも、父にとっては後妻の方が運命の人だったみたいで、二人は仲が良かった。まあ、共通の敵こと私がいたからだけど。

 そんなこんなで妹が産まれて、その「お相手」はうちより格上の公爵様だった。父は大喜びで、妹を跡取りに据えることにした。もちろん、元々の伯爵家の血筋は私だけ、って事実はあえて無視して。

 つまりは「お家乗っ取り」だ。そして私はポイッとされた。「出来損ないの役立たずの無愛想な金食い虫」だからね。

 だから結局、運命とか、そんなのはない。

 ないけれど、私が役に立たない落ちこぼれだってのは、とてもはっきりしている。

 そんな訳で、レオについて行くことはできないのだ。

 彼は多くを語らない。語らないと言うことは、私と同じように、何かを隠しているって訳だ。名前とか、家とか。

 レオは多分いい家の、それも私よりずっといい家の出身だと思う。そのくらいは、見ていればわかる。

 きっと、最後の火遊びとか、そんな感じの「人生勉強」のために、この国で過ごしていたのだ。

 それならきっと、ちゃんとしたお相手がいて。だって、家業を継ぐってのは、そう言うことでしょ。

 一緒に行こうと言うのは、愛人になれと言う事だ。お金持ちの人は沢山奥さんがいてもいいし、それが人助けになると言う人もいる。でも、ついて行ったところできっと私はいらない子扱いだろうし、レオは悪者になってしまう。そんな悲しい生活はまっぴらごめんだ。

 だから私は、彼についていかない。

 私はレオのことが好きだった。過去形にしてしまったけれど、今でもそうだ。
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