異世界恋愛短編集

辺野夏子

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「ミヤコちゃん、初めまして!」
「おろかな人間よ! 滅びよ!!」

 とりあえず威勢良く威嚇してみる。この程度で怯まないのはわかっているけれど。

「活きがいいなあ~。これは期待できる」
「はなせ!!」

 キレ散らかすと、クラウスはそっと私を地面に置いた。後ろには兵隊や研究員たちが控えている。趣味じゃなくて仕事の一環なのだろうか……。

 ぶるぶると体を震わせて、水を弾く。ゲームでは大きく見えたけれど、人間と比べると私は普通の猫と同じくらいの大きさのようだ。

「こんな辺鄙なところに大勢でやってくるなんて、一体何の用事?」

「ちゃんと会話してくれるなんて、随分開放的なケット・シーですね……」

 クラウスの背後の研究員が感心した様子でつぶやく。

 あっこいつクラウスの研究室の近くにいる顔グラありのちょっと小綺麗なモブじゃん。実在するんだ!!

 いや、大事なのはそこじゃない。急なキャラの登場に、私はケット・シーの『設定』をすっかり忘れていた。

 ケット・シーと言う存在は警戒心が強く、容易に口を開かない。ゲームでも、特別なお酒を渡したり頼み事をしてあげたりして、やっと会話してもらったり店が開いたりするのだ。

「フン……」

 今更遅いと思うけれど、すまし顔で前足をぺろぺろしてみる。普通にもう遅かったみたいで、クラウスは私が逃げるとは思わないらしく、落ち着いた顔で眼鏡を拭いている。

「魔力もすごい。性格も人懐こい。きっと王子の助けになってくれるだろう」

「王子?」

 あ、やべ反応しちゃった。でも、クラウスが王子と呼ぶのは。同じくパーティーメンバーのデューク王子……。

「そう。リチャード王子」
「リチャード王子!?」

 びっくりして、ビョンと後ろに後ずさってしまう。

「おや。知ってる? まさか千里眼持ち?」
「し、しししし知らない知らない知らない知らない」

 必死に首を振る。

 パーティーメンバーの魔剣士デューク。ツンケンしていて粗暴だけど、幼いころに白虎に母親を食い殺され、仇討ちを誓う影のあるキャラで女性には人気だった。

 それはわかる。しかし、リチャード。その兄のリチャード。

 その名前に心あたりが、ある。

 魔王の配下の、四天王。いわゆる白虎に相当するポジション。

 普段は全身甲冑に身を包んでいて、戦う時は虎の姿になる、呪われた男。

 サブストーリーをクリアすると、倒した後に二人が兄弟だったと明かされ、ファンの間では悲劇的なエピソードに阿鼻叫喚。

 なぜなら、魔王復活の黒幕は大臣で、彼が仕組んでリチャードを陥れ、獣化の呪いをかけ、自らの母親を食い殺すように仕向け、そうして国から追放し、追い込んだから。

 彼は罪悪感と絶望の最中で苦しみ、そして狂い、たまに正気を取り戻しては慟哭する……不幸属性をその身に背負ったキャラなのだ。

「ケット・シーのミヤコ。失礼を詫びる。君に頼みたいことがある。ともに王都に赴き、リチャード王子の呪いを解いてほしい」

「まあ、考えてあげないこともないけど」

 反射的にそう答える。だって、リチャードは私の推しなのだから。
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