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第1章

第160話《総一郎にある事無い事を告げ口するひな》

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控室の扉を開けて、どこか虚ろな目でため息をつきながら入ってきた総一郎と、それに思いっきりぶつかったひな。

まるでヒーローのようなタイミングで現れた総一郎を見て、ひなの顔は一瞬で輝き、彼にしがみつくように抱き着いた。そしてその瞬間、こちらをちらりと振り返り、勝ち誇ったように舌を出して煽ってくる。


さっきまでの怯えた表情が一気に引き、いつもの勝ち誇った顔に戻ったが、ショートパンツの股間部分だけが派手に濡れていて、なんとも間抜けな光景だ。


(というか、ひな…。お願いだからそこの床の水たまりは、ちゃんと自分で後始末してくれよな…。)

近くにいた他の出場者の相手役のΩの人達が、『臭っ!!』『ねぇ、なんか匂わない…?』等と、ひそひそと話しているのを聞いて、俺はその匂いの発生源だと思われたくなくて、さりげなく水たまりから距離を取る。






「…ひな?どうした急に…。何があった?」

総一郎が困惑しながら抱き着いてくるひなの肩に軽く手を置いて尋ねると、ひなはすかさず総一郎が持っていたドレスの入った紙袋を手に取って掲げ、経緯を話し始めた。

「うわぁん…総く~ん…!怖い目にあったよぅ~~!なんかね、ぐすっ、ついさっきすずめちゃんに、この僕のドレスを『あれは俺のものなのによくも横取りしたな…!この泥棒猫!消えろよアバズレ!!』って滅茶苦茶な言いがかりつけられてぇ…。ぐすっ。なんかすごく怖い不審者まで連れてきてヤクザみたいに脅迫されたのっ…。もう僕すごく怖くってぇ…。」

「っ!!なんだって…あのすずめがそんな事を…??!」


ひなが突然泣き出して(まぁ十中八九嘘泣きだろうけど)、総一郎の胸に頭をすりすりしながら、威嚇された事を悪意を持って告げ口すると、総一郎が驚いたように声を張り上げる。

幸いここから総一郎のいる控室の入り口までは距離があるため、まだ総一郎はこちらの存在に気付いていないが、もし気づけば愛するひなのために怒りを爆発させてくることは間違いないだろう。



(あーあ。またこのパターンか…。泥棒猫とか消えろとかアバズレとか…俺、そこまでは言ってないんだけど、いくらなんでも話盛りすぎだろ。……まぁいいや。どうせ告げ口の相手は総一郎だしな。)


もしこれが、告げ口する相手が巧斗さんとかだったら、俺も嫌われたくないので、必死に弁明しようと立ち向かうのだが、別に嫌いな奴ら同士が結託して俺の悪口を言い合っていたところで痛くもかゆくもない。



周囲でひなの話を聞いていたと思われる他の出場者の相手役のΩの人たちも、


『え、あの子今ナチュラルに嘘つかなかった???』
『うん…別にさっきそんな話してなかったよね?』
『ね。マウント癖すごいなと思って眺めてたけど、虚言癖まであるなんて、ある意味すごいわ…。』
『何言ってんの。マウント癖と虚言癖って大抵共存してるもんでしょwマウントって見栄張りしかやらないんだからwww』

等と噂していて、一切ひなの話を信じてないので、俺の悪い噂が広まる心配も無さそうだ。



(よし、俺に害は無いと分かった事だし、アイツらの事はこのまま放っておこう。)


__ただ、巧斗さんが怒りが収まらないようで、狩りをする時の猛禽類みたいな怖い顔をしてひな達の元へ向かおうとしていたので、慌てて通せんぼをするように正面からぎゅっと抱き着く。



『っ!!すずめ…?ふふ、どうしたんですか?そんなに愛らしく抱き着いて…。とても嬉しいですが、今はほんの少しの間お手洗いに行かせてくれたら嬉しいな?』

『……やだ。心細いからここにいて。』



巧斗さんが眉を下げて俺を安心させるような、至極優しい笑顔で耳元で囁いてくるが、俺は騙されない。
お手洗いは控室に直通の所(入口とは正反対の位置にある扉で、でかでかとお手洗いのマークが書かれている)があるので、わざわざ総一郎達のいる入口を通って離れた場所にあるお手洗いに行く必要が無いのだ。

俺が弟分として甘えるように抱き着く腕に力を込めると、巧斗さんは手を口元に当てながら、『降参です…。』と呟いて体の力を抜いた。



(ふう、危なかった。…どうも巧斗さんは俺の事を本当の弟のように可愛がってくれている節があるからな…。)

正直、俺の事でこんなに怒ってくれるのは嬉しいし、心も救われてるんだけど、実はそれと同時にひなにあまり関わってほしくない気持ちもある。

巧斗さんをこれ以上面倒ごとに巻き込みたくないという心配と、もし万が一にも彼が総一郎みたいにひなに惚れてしまったら今度こそ立ち直れないという自分本位で謎の杞憂が、せめぎ合っているような感覚だ。




巧斗さんに抱き着きながら、自分の感情を整理するように物思いに耽っていると、ふと再度総一郎の声が耳に入ってくる。


「成程…。そうかそうか…やはりすずめはまだこのドレスが欲しいんだな。ひなに八つ当たりで暴言を吐くくらいに……。」


何故かニヤケ声で、勝手に俺がドレスに執着しているという体で独り言を漏らす総一郎に、背筋がゾワっとする。


___いや、そこ…?

愛しの婚約者のひなが俺に暴言を浴びせられて泣かされているというのに(※冤罪)、俺がドレスが欲しがっているどうかなんてこの際どうでも良くないか?
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