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第1章
第126話《動揺する総一郎と見当違いの励ましをするひな》
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総一郎はまるで自分に言い聞かせるかのような口調で、何かを必死に否定しようとしているようだった。
その様子を横目で伺う俺とひなは首を傾げ、何が起こったのかと戸惑ったが、なぜか巧斗さんだけは嘲笑を浮かべていた。…これもまた彼の演技の一部なのだろうか?
するとここでひなが総一郎の背中に手を置きながら励ましの言葉をかける。
「総君?もしかして今のヤンキーの言った事を気にしてるの?もう、そんなに心配しなくてもひなは何処にも行かないよぉ?総君が嫌だと言ってもずっと、ずぅ~っと一緒にいるからね!!」
「………ああ。……。」
人差し指で自分の口を抑えながら、きゅるんとした目でうるうると総一郎を見上げるひなは流石のあざとさだ。
こういうあざとさが俺には無いから、遅かれ早かれ総一郎を寝取られるのは時間の問題だったんだろうな。
総一郎はひなに対して曖昧に返事をすると、また黙り込んで何やらブツブツ言いながら、数分間もその場に立ち止まり続けた。
それから、ひなに見えないような高い位置でスマホを物凄い勢いでいじって、フリック入力をする動きをしている。
またそれから数分経ち、一向にこの場から離れようとしない総一郎に、俺も焦り始めた。
(えっ、まさかこいつこのままここで立ち尽くす気じゃないだろうな…?止めてくれよ…これから相田君とも合流しなきゃいけないのに、このままじゃベンチから立てないじゃないか。)
今、俺は隣に座る巧斗さんに抱きしめられ、彼の胸に顔を半分埋めた状態だから、この体勢を崩すと総一郎に俺だと気づかれてしまう。
一体どうしたものかと悩んでいると、巧斗さんが俺の心内を察してくれたのか、総一郎に声を掛けてくれた。
「おいアンタ、そこにずっといられるとメーワクだからいい加減失せろよ。折角今可愛いツレが俺の隣で寝てんだからさぁ。」
巧斗さんは演技を続行しながら、左腕で抱き寄せている俺の肩をポンポンとあやし、もう一方の腕で、シッシッと総一郎を追い払うような仕草をする。
「…クソッ。お前風情がこの俺に指図するな!…ひな、行くぞ。」
「うん!あ、ねぇ、折角これから色んな出店を回るんだから恋人つなぎしたいなぁ♡」
「…いや…今はそういう気分じゃ…」
「えへへ、照れなくてもいいって♫ほら、もう繋いじゃったもんね♡」
「はぁ…好きにしろ。で?どこに行きたいんだ?」
「えっとねぇ~まずは~♪」
巧斗さんに無事に追い払われた総一郎とひなは、仲良く手を繋いで出店が立ち並ぶエリアまで直行していったが、総一郎とのデートが嬉しいのか、テンションが高いひなと対照的に、総一郎は足元がどこかおぼつかず、フラフラとしていた。
◇◇◇
「……やっと行きましたか。すずめ、もう大丈夫ですよ。」
二人が人混みに紛れて姿が小さくなると、巧斗さんは俺に掛けていたコートと帽子をさっと外し、元通りに俺の身だしなみを綺麗に整えてくれる。
彼の手が俺の肩から離れる瞬間、どうしてか少し名残惜しさを感じたけれど、慌てて被りを振って大きく息を吐いた。
「ふう…巧斗さん…匿ってくれてありがとう…!正直彼と何を話したらいいのか分からなかったから本当に助かったよ…。というか、さっきはすごい演技力だったよね?すっかり別人になりすましててびっくりしたもん。さすが本業は違うなぁ。」
「そうですか?ふふ、君に褒めてもらえるととても嬉しいです。実はああいった役は昔演じた事があるんですよ。」
「あ、それ知ってる!《αヤンキー高校AA組》っていうドラマだったよね?」
「ええ、そうです。よく知っていますね?」
「つばめが毎週録画してたから俺も一緒に見てたんだよ。懐かしいなぁ。」
このドラマは俺が高校2年生くらいの時に流行ったヤンキー漫画原作の作品で、彼は主人公の嫌なライバル役として出演していた。
そして、驚くことに、そのライバル役が予想以上に人気を集めるという、異例の展開になったのだ。
今思えば、確かにあの役での演技はさっきの演技とほぼ同じだったな。
(という事は本物の俳優の生の演技をあんな間近で見られたのか…。中々貴重な体験だ。)
ぼんやりと考え事をしながら、遠くに消えていく総一郎とひなの背中を巧斗さんと一緒に眺めていると、フラフラしていた総一郎がとうとういかついお兄さんに思いっきりぶつかり、『気をつけんか!』と怒られていた。
(しかし総一郎も、《好きな奴に置いていかれる》という言葉にあれだけ反応するっていう事は、意外にひなと上手くいってないのかと一瞬疑ったが、普通に仲が良くて拍子抜けしたな。
あそこまで愛されておいて一体何がそんなに不安なんだあいつ…。)
「彼、一体どうしたんだろ?あんなに落ち着きが無くなるなんて初めてみたかも…。」
さっき総一郎がバッグを落とした時も、巧斗さんだけが他とは違う表情(嘲笑?)で総一郎を見ていたので、何か知っているのかと思って疑問をぶつけると、彼は分からないとばかりに肩を竦める。
「さぁ…何ででしょうね?ドブネズミの話は所詮ドブネズミにしか分かりませんから…。」
巧斗さんが《ドブネズミ》と言いながら、先ほどと同じような嘲笑を浮かべた視線の先には、やはり総一郎とひなが去っていった出店のエリアがあった。
とりあえず一難は去ってくれた事に一息ついて、ふと今の時間を確認しようとスマホの電源を入れると、開きっぱなしになったメッセージアプリのホーム画面に総一郎から新着のメッセージが届いているのが見えた。
(5分前…?そういやさっき、総一郎がスマホをいじってたな。)
流石に気になって見てみると、なんとも腹立たしいメッセージが送られていた。
『すずめ、今朝は柄にもなく怒ってしまってごめんね。いつまでもこのままは僕も嫌だし昨日の事は全部許してあげるから、今日はミスターコンが始まるまで一緒に仲直りデートしよう。待ち合わせは10時30分でいいよね?すずめが大好きなうどんを売っている出店があったからお昼はそこで食べようね。』
…既読つけちゃったけど、もうこれ普通に無視していいよな?
その様子を横目で伺う俺とひなは首を傾げ、何が起こったのかと戸惑ったが、なぜか巧斗さんだけは嘲笑を浮かべていた。…これもまた彼の演技の一部なのだろうか?
するとここでひなが総一郎の背中に手を置きながら励ましの言葉をかける。
「総君?もしかして今のヤンキーの言った事を気にしてるの?もう、そんなに心配しなくてもひなは何処にも行かないよぉ?総君が嫌だと言ってもずっと、ずぅ~っと一緒にいるからね!!」
「………ああ。……。」
人差し指で自分の口を抑えながら、きゅるんとした目でうるうると総一郎を見上げるひなは流石のあざとさだ。
こういうあざとさが俺には無いから、遅かれ早かれ総一郎を寝取られるのは時間の問題だったんだろうな。
総一郎はひなに対して曖昧に返事をすると、また黙り込んで何やらブツブツ言いながら、数分間もその場に立ち止まり続けた。
それから、ひなに見えないような高い位置でスマホを物凄い勢いでいじって、フリック入力をする動きをしている。
またそれから数分経ち、一向にこの場から離れようとしない総一郎に、俺も焦り始めた。
(えっ、まさかこいつこのままここで立ち尽くす気じゃないだろうな…?止めてくれよ…これから相田君とも合流しなきゃいけないのに、このままじゃベンチから立てないじゃないか。)
今、俺は隣に座る巧斗さんに抱きしめられ、彼の胸に顔を半分埋めた状態だから、この体勢を崩すと総一郎に俺だと気づかれてしまう。
一体どうしたものかと悩んでいると、巧斗さんが俺の心内を察してくれたのか、総一郎に声を掛けてくれた。
「おいアンタ、そこにずっといられるとメーワクだからいい加減失せろよ。折角今可愛いツレが俺の隣で寝てんだからさぁ。」
巧斗さんは演技を続行しながら、左腕で抱き寄せている俺の肩をポンポンとあやし、もう一方の腕で、シッシッと総一郎を追い払うような仕草をする。
「…クソッ。お前風情がこの俺に指図するな!…ひな、行くぞ。」
「うん!あ、ねぇ、折角これから色んな出店を回るんだから恋人つなぎしたいなぁ♡」
「…いや…今はそういう気分じゃ…」
「えへへ、照れなくてもいいって♫ほら、もう繋いじゃったもんね♡」
「はぁ…好きにしろ。で?どこに行きたいんだ?」
「えっとねぇ~まずは~♪」
巧斗さんに無事に追い払われた総一郎とひなは、仲良く手を繋いで出店が立ち並ぶエリアまで直行していったが、総一郎とのデートが嬉しいのか、テンションが高いひなと対照的に、総一郎は足元がどこかおぼつかず、フラフラとしていた。
◇◇◇
「……やっと行きましたか。すずめ、もう大丈夫ですよ。」
二人が人混みに紛れて姿が小さくなると、巧斗さんは俺に掛けていたコートと帽子をさっと外し、元通りに俺の身だしなみを綺麗に整えてくれる。
彼の手が俺の肩から離れる瞬間、どうしてか少し名残惜しさを感じたけれど、慌てて被りを振って大きく息を吐いた。
「ふう…巧斗さん…匿ってくれてありがとう…!正直彼と何を話したらいいのか分からなかったから本当に助かったよ…。というか、さっきはすごい演技力だったよね?すっかり別人になりすましててびっくりしたもん。さすが本業は違うなぁ。」
「そうですか?ふふ、君に褒めてもらえるととても嬉しいです。実はああいった役は昔演じた事があるんですよ。」
「あ、それ知ってる!《αヤンキー高校AA組》っていうドラマだったよね?」
「ええ、そうです。よく知っていますね?」
「つばめが毎週録画してたから俺も一緒に見てたんだよ。懐かしいなぁ。」
このドラマは俺が高校2年生くらいの時に流行ったヤンキー漫画原作の作品で、彼は主人公の嫌なライバル役として出演していた。
そして、驚くことに、そのライバル役が予想以上に人気を集めるという、異例の展開になったのだ。
今思えば、確かにあの役での演技はさっきの演技とほぼ同じだったな。
(という事は本物の俳優の生の演技をあんな間近で見られたのか…。中々貴重な体験だ。)
ぼんやりと考え事をしながら、遠くに消えていく総一郎とひなの背中を巧斗さんと一緒に眺めていると、フラフラしていた総一郎がとうとういかついお兄さんに思いっきりぶつかり、『気をつけんか!』と怒られていた。
(しかし総一郎も、《好きな奴に置いていかれる》という言葉にあれだけ反応するっていう事は、意外にひなと上手くいってないのかと一瞬疑ったが、普通に仲が良くて拍子抜けしたな。
あそこまで愛されておいて一体何がそんなに不安なんだあいつ…。)
「彼、一体どうしたんだろ?あんなに落ち着きが無くなるなんて初めてみたかも…。」
さっき総一郎がバッグを落とした時も、巧斗さんだけが他とは違う表情(嘲笑?)で総一郎を見ていたので、何か知っているのかと思って疑問をぶつけると、彼は分からないとばかりに肩を竦める。
「さぁ…何ででしょうね?ドブネズミの話は所詮ドブネズミにしか分かりませんから…。」
巧斗さんが《ドブネズミ》と言いながら、先ほどと同じような嘲笑を浮かべた視線の先には、やはり総一郎とひなが去っていった出店のエリアがあった。
とりあえず一難は去ってくれた事に一息ついて、ふと今の時間を確認しようとスマホの電源を入れると、開きっぱなしになったメッセージアプリのホーム画面に総一郎から新着のメッセージが届いているのが見えた。
(5分前…?そういやさっき、総一郎がスマホをいじってたな。)
流石に気になって見てみると、なんとも腹立たしいメッセージが送られていた。
『すずめ、今朝は柄にもなく怒ってしまってごめんね。いつまでもこのままは僕も嫌だし昨日の事は全部許してあげるから、今日はミスターコンが始まるまで一緒に仲直りデートしよう。待ち合わせは10時30分でいいよね?すずめが大好きなうどんを売っている出店があったからお昼はそこで食べようね。』
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