上 下
93 / 169
第1章

第93話《浮気カレシVS運命の番》

しおりを挟む
二人の間に張り詰めた空気が漂う中、鷲ノ宮さんが一歩前に出て総一郎と対立した。
サングラス越しに薄っすらと見える彼の眼差しは猛禽類のように鋭く、今朝優しい雰囲気とはまるでかけ離れていた。
一方、総一郎の方も鷲ノ宮さんに対して引き下がる様子はなく、怒りを露わにしたまま今にも飛び掛からんとしている。

(びっくりした…。まさか鷲ノ宮さんがここまで俺の事を迎えにきてくれているだなんて…。でも、ここからどうしよう。総一郎も自分の所有物を奪われて頭に血が上っているようだし、素直に俺が鷲ノ宮さんについていく事を許すとも思えない…。)



「貴様……俺のすずめによくも…!一体どこの家のαだ?名を名乗れ!」



(総一郎、なんだか一人称から口調までいつもと違うな…。まさかあれが本性なのか…?)

いつもの紳士然としたねっとり溺愛風の口調から、いかにも社会的地位を鼻にかけたような俺様口調に切り替わった総一郎に驚く。



「ああ、これは失礼。自己紹介がまだでしたね。俺は鷲ノ宮巧斗と申します。」

総一郎の高圧的な態度に怯むことなく鷲ノ宮さんが平然と名を名乗ると、総一郎が勝ち誇ったようにあざ笑う。



「はっ。鷲ノ宮だなんて聞いた事も無い苗字だな?貴様如き庶民のαがこの鷹崎の名を継ぐ俺の恋人に触れてただで済むと思っているのなら、この先一生後悔する事になるぞ。」


実家のネームバリューを使って分かり安く脅しをかける総一郎に、鷲ノ宮さんは冷静かつしっかりとした口調で返答する。


「なんと。あの鷹崎家の御曹司様であらせられましたか。これはとんだご無礼をお許しください。ご心配なさらなくてもあなたの婚約者には指一本触れませんのでご安心を。」


彼はそういいながらも、しっかりと俺の事を抱き締めた。

まさか、脅しが利かないとは予想していなかったのか、総一郎が一瞬言葉を失ったように見えたが、すぐに顔をしかめ、怒りを抑えきれない様子で再び鷲ノ宮さんを睨みつける。


「鷲ノ宮巧斗…!!貴様…さっきの話を聞いていなかったのか?この俺に楯突くというのかどういう事か、身をもって知りたいようだな…?」


今の総一郎の様子を見るに、この脅しが偽物ではないという事くらいは俺でもわかるので、流石に止めに入った。


「あの…、鷲ノ宮さん多分彼、本気で…」


本気であなたに迷惑をかけようとしているので、今日の所は一旦帰ります__

そう言おうとした俺を再度抱き寄せ、『大丈夫だから良い子にしてて?』と、耳元で囁かれる。
(!!え、なにこの人…かっこよ…。)

彼の堂々とした所作に、思わず見惚れてしまう。
見た目は黒帽子に黒マスクにサングラスと、ほぼ顔は見えないし不審者っぽい服装なのに、佇まいとオーラがイケメンのそれだ。



「鷹崎さん、落ち着いてください。俺は何も間違った事はしていませんよ?なんせあなたの婚約者には現に指一本触れていないのですから。ええと、なんといいましたか…愛田…愛原…愛山…」

鷲ノ宮さんがそこまで言うと総一郎の目の色が変わる。
それ以上何かを言われると都合が悪い事がありますよと言ったような、焦りの眼差しだ。

「…っ!!!!」
「うーん…。名前はど忘れしてしまいましたが、この間の政治・経済・芸能、全ての重鎮が集まる社交界のパーティでご婚約の発表をされていましたよね?あっ!思いだしました。確か、愛野h…」


「待て…!!!貴様がなぜそんな事を知っている!!」


もう少しで愛野ひなの名前を呼ぶ寸前で総一郎が真っ青な顔で、文字通り待ったをかける。


「どうしてかは、教える義理はありませんが……事実でしょう?」
「ぐっ…」

鷲ノ宮さんのにやりとした悪そうな目がサングラス越しに薄っすらと伺える。

(鷲ノ宮さん…総一郎とひなの関係ついて知っていたのか…。それにしても、あの総一郎を慌てさせるとは…この人意外とやり手だな…。)

そもそも総一郎が出るような各業界のトップクラスの関係者しか入れない社交界に参加できるところから見てもただ者ではない。


なんせ、総一郎の恋人の俺ですら一回も足を踏み入れる事が出来なかった厳重なパーティだったからな。

数か月前、総一郎が社交界に行くという話を聞いて、何も知らなかった俺が『連れて行って欲しい』と言ってみた所、『それだけは出来ないんだ。ごめんね。』と、顔中にキスをされて誤魔化されたのを思い出す。


でも今思いかえしてみると、婚約者としてひなの事を呼んでいたのか…。とんだクズだな。





目の前の総一郎の愛野ひなの名前を絶対に出させたくないといった焦った様子に、何をいまさら…と、一瞬だけ疑問に思うも、そういえば俺はまだこいつの浮気と裏切りについて気づいていない設定だった事を思い出す。

(これは上手い事いけば追い打ちをかけられるかもしれない。)

そう思った俺はしばらく大人しく閉じていた口を開く。


「え!総一郎君、パーティに全然俺を連れてってくれないからどうしてかなって思ってたけど、俺たちの婚約の発表をしてくれてたんだ!?それならそうと言ってよ~!えへへ。嬉しい!!」

俺が感動したように総一郎に満面の笑顔を送ると、総一郎がほんの一瞬だけ怯む。
そこに鷲ノ宮さんが、俳優顔負けの戸惑ったような胡散臭い演技で畳みかけてきた。


「?俺たちの婚約…??これは…どういう事ですか…?鷹崎さんの婚約相手は愛n…」



そこまで言ったところで総一郎が、『待ってくれ…!!』と、切羽詰まった声を上げたのだった。
しおりを挟む
感想 499

あなたにおすすめの小説

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

処理中です...