上 下
80 / 169
第1章

第80話《シマちゃんとベンチにて》

しおりを挟む
「てかすずめちゃんの方こそ最近どうなの~?彼氏とか出来た?あ、好きな人とかでもいいんだけど。」
「ああ。いるにはいる…けど。」

ベンチに腰掛けて数拍置いた後、シマちゃんの方もお返しとばかりに俺に彼氏の有無を聞いてきたので、正直に答える。

俺の彼氏が総一郎だという事は観客にも知っている人がちらほらいるので嘘はつけない。


「えっ?そっ……か……。」

俺の返事が想定外だと言わんばかりに目を見開いて、捨てられた子犬みたいな寂しげな声を出すシマちゃんに会場中が感情移入して、思わずため息を漏らしているのが聞こえる。

まぁ、俺に彼氏がいる事はシマちゃんが一番よく知っているはずだから全部演技なんだけどな…。
なんなら総一郎の事をヤバ崎だとかあだ名つけてたし。


「あ…そうだよね……。すずめちゃんももう大学生だし…。……実は僕もね…好きな人がいるの……。」
「え、好きな人?でもさっきはいないって言ってなかった?」

「うん、それはまぁ、そうなんだけど。えっとね…、じゃぁもう……思い切って言うけど、好きな人って……すっ…す××ちゃんの事なんだよねっ!」


シマちゃんが今更恥ずかしそうにもごもごとして、目をぎゅっと瞑りながら最後辺りの声量を極限まで小さくして、マイクにギリギリ届く程度の微かな声量で呟く。

高級なマイクが案外綺麗に音を拾って、《すずめちゃん》とはっきり聞こえたが、ここで、《え。俺の事?ありがとう!》だなんて空気を読まずに直球で聞き返したら雰囲気がぶち壊しになるので、ここはひたすら恋愛ドラマ等でよく見る鈍感なヒロインっぽくとぼけておこう。


「す…何?ごめん、聞こえなかった。もう一回言って?」
「っ!だ、だから!僕がずっとそばにいて欲しいのは…~~~っ!もういいもん!すずめちゃんのバカっ!鈍ちん!」


俺のすっとぼけた返事に、シマちゃんが頬を膨らませて、今まで俺の肩に乗っけていた頭をどけて思いっきりそっぽを向く。
一瞬本気で拗ねたのかな?と焦ったが、また客席に見えない角度で2回もウインクしてきたので、どうやら大正解だったようだ。

客席の様子を見てみると、いつの間にか皆してハラハラとしつつも本気で俺達を見守っている雰囲気が出来あがっていて、シマちゃんの演技力がどれだけ光っているのかが分かる。


『シ、シ、シ、シマたんんん……!』
『うああぁぁ胸がきゅってなる~~!!』
『そうだよね、友達に好きな気持ちを拒絶されるの怖いんだよね…!』
『Ω同士の淡い関係がエモすぎる…!』
『シマちゃん、頑張れ………!』


ちらっと見えた観客の中には胸をおさえている人もいて、審査が順調にいっている事に心底安堵する。

(いい感じに観客の心も鷲掴みにできてるな。)


よし、注目を浴びているうちにこのまま一気に告白まで持っていくぞ…!…と、意気込んだ矢先、シマちゃんがベンチにそのまま横たわり、今度は俺の膝にぽすんと頭を乗っけてきた。いわゆる膝枕というやつだ。


(あれ…これは、もう少しいちゃいちゃ作戦を続行する方向で行こうという事なのかな?)

シマちゃんの意図を組んでひとまず膝に乗っかってきた頭を軽く撫でてやると、さっきまで怒っていた(ような顔を作っていた)シマちゃんが、にへらと笑顔になる。


「えへへ、すずめちゃんの膝の上は僕の《いつもの》特等席だもんね♪」
「はいはい。全く、シマちゃんが勝手に頭乗っけて来るくせに。それで…機嫌は直ったの?」
「うん!あっ、いやまだ!すずめちゃんがもっと僕の頭を撫でてくれたら直る!!」


まるで俺が今まで何回も膝枕してきたかのように話をかましてくるシマちゃんに、それとなく話を合わせて頭を撫でるのを続行する。

この様子を見て、まさか俺達がまだ昨日出会ったばかりの名前しか知らない浅い仲だとは観客達も思うまい。


『いつも膝枕してるとか、これはガチだ!』
『嗚呼、あの二人の間に挟まれたい…!!』

『あの二人ってすごく仲よさげだけど、幼馴染だったりするのかな?』
『絶対そうだろ。やっぱりさ、あの距離感でしか味わえない《良さ》があるよなぁ』

『二人ともいいなぁ…。両方に場所変わってほしいぜ…膝枕したいしされてみたい…。』
『いやそれ、誰もいなくならんか?まぁ気持ちは分かるけど!』



「あのね、すずめちゃん…。このままでいいから聞いて。」
「え?うん…。分かった。」

観客の熱が最高潮に達した事で、シマちゃんが頭を撫でていない方の俺の片手を両手でいじいじと手遊びしながら真剣そうな声を出した。


(!そろそろ告白タイムに入るみたいだな。)

俺はシマちゃんの演技を邪魔しないよう静かに相槌を打つ事に専念する。
しおりを挟む
感想 499

あなたにおすすめの小説

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...