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第1章

第40話《化粧直し》

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(ってあれ?なんか手に口紅がついてる…。)

ふと自分の手に赤い跡がシュッ横に入っているのは分かり、ヒヤッとする。
(さっき頬を叩いたとき、化粧が崩れたのかも…。)

「相田君、俺今もしかして口紅ずれてる?」
「あ、はい!オカメと口裂け女の中間って感じっすね!!でもユニークでいいと思うっす!!」

満面の笑顔でそう言い切った相田君に、もっと早く言ってくれ…と思いつつも、化粧直しをするために相田君に了承を得て近場のトイレに向かった。



「えーと今あと12分で審査開始だから急がないと…トイレはあっちだったよな。ってわっ!?」

腕時計を確認しながら体育館を出て、急いでトイレを探しているとドンッと誰かにぶつかってしまった。

「あっごめんなさい!俺、よそ見してて…。」
「いえいえ、気にしなくていいわよ~ってちょっとアナタ!!そのメイクはなに!?まるで妖怪じゃない!」

ぶつかった方を見てみると、七三分けで通勤カバンを抱えているメガネの神経質そうなスーツの男性がこちらを見て驚いた顔をしていた。
ちょっと一瞬話し方と見た目にギャップがありすぎて頭が追い付かなかったけど、俺がぶつかったのはこの人で間違いないようだ。

「あ、いやこれはコンテストの衣装なんですけど、自分でメイクしたらこうなっちゃって。この口紅だけは直そうと思ってるんですけど…もうすぐ審査が始まっちゃうから急がないと…。」

こちらでぶつかっておいて申し訳ないけど遅刻はできないので、この場を去らせてもらおうと断りを入れると、目の前の男性が『ちょっと待ちなさい!』と、自分のもっていたカバンのケースを広げだした。中にはたくさんの化粧品やコスメ一式がそろっている。

(え!そのカバン、コスメバッグだったんだ?)
見た目が完璧にエリートなサラリーマンなので、勝手に通勤カバンだと思っていた。


「しょうがないから、このアタシがアナタをメイクしてあげる。本来一般人相手に仕事はしないんだけど、ここまで酷い化粧を見せられたら何としてでも綺麗にしてあげたくなっちゃったわ。感謝なさい。」

コンクリートの上でこれから使うであろう化粧品をピックアップしてまとめだす彼に、俺は時間に追われている焦燥感からそれを慌てて止めに入った。

「あのっ!嬉しいですけどお気持ちだけで…俺、10分以内にコンテストに戻らないといけないので…」
「そんなのアタシにかかれば7分で充分よ。あんたがそのひっどい口紅を直すよりあたしがメイクしなおす方が断然早いわ!」


言われてみればそうだ。横に広がった口紅を落とすにもまたそこに白粉を塗らないといけないし、俺自身メイク道具すら持っていない。

(考えなしだった…。ここは素直にこの人に任せた方がいいのかも。)


「では申し訳ないんですけどお願いします…!」
「任せて!さーて、このコッテコテの白粉はまぁ、時間も無いしそのままにしておくとして…、まず顔の凹凸を消してしまってるからシャドーを入れなきゃね。何よりこの目元の真っ黒具合をなんとかしないと!」

彼は俺のメイクの酷さに軽くキレながら目元を綺麗に拭き取られる。
てきぱきと脅威なスピードで彼の手には一切の迷いもない。さっきは一般人相手にメイクしないって言ってたし、プロのメイクさんだったりするのか?

「もう!拭いても拭いてもコットンが真っ黒になるんだけど、どれだけコッテコテに化粧してるのよ。いくら白無垢とはいえど、アナタは元から和風美人なんだからこんなに厚化粧しなくていいの!」
「いや、和風美人って…、白無垢も似合ってないし、この姿も日本人形とか七五三だって言われましたけど…。」


そもそも美人なんて生まれて初めて言われた。かわいいは総一郎から言われたことあるけど、あれは恋人へのお世辞だろうし…変わった感性の人だ。


「日本人形に似てるってことはそれだけ和が似合う系統の顔ってことでしょ。いわゆる塩顔ってやつね。あと白無垢が似合ってないってのはただ単にいかり肩だからってだけよ。首元にタオルでもいいから何か詰めときなさい!」

あらかたメイクが終わったらしい彼は、いそいそと俺の首に近い肩の上に、自分が持っていたハンカチやタオルを詰めてなで肩っぽくしてくれる。

「ぜぇぜぇ…。流石はアタシ…。この透明感…完璧だわ。タイムもきっちり7分よ!どう?すごいでしょ?」

彼はてきぱきと動き過ぎて息切れしながらも俺にコスメバッグに備え付けられている鏡を俺に見せてきた。

(おお…あんなに化け物だったのに綺麗にメイクし直されている…。)
ナチュラルメイクというやつだろうか。コッテコテに塗りたくった白粉はそのままだし、いつもの俺と比べると綺麗になっているのに全然化粧をしている感じがしない。


「すごいです…!プロの方なんですか?」
「いや~ね!超一流俳優のメイク兼マネージャーってだけよ♪

コスメバッグを閉じながら、さらっとものすごい経歴自慢を言ってのける彼だが、ここまでの神業を見せられるとすんなり納得してしまう。

「ってそうそう!それで思い出したんだけどアナタさ、サングラスに黒マスクに黒帽子の不審者っぽいデカ男見てない?」
「あ、それなら、ミスターコン会場の最後尾席にいましたよ。その人かは分からないですけど。」

ああ、人を探してたのか。
どうしてそこで思い出したのかは不思議だが、特徴的におそらく今朝出会った俺の運命の番の事かもしれない。

「有益な情報ありがと♪メイク料として受け取っておくわ!タオルも返さなくていいから!じゃあね~!」
「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました!」


俺の言葉に彼はすこぶる上機嫌になっていそいそと会場に向かって行った。
(同じ人だといいけど…。俺も急いで持ち場へ帰ろう。)





それから駆け足でなんとか3分位余裕をもって体育館入口に戻ると、ちらちらと他の出場者たちがこちらを見てきた。
あの化け物がこんな短期間で普通にメイクし直してきたんだからそりゃびっくりもするか。

(本来ならこういうのって1時間はかかるレベルなのに、すごいよな。あの人…)。


「え…、もしかして義兄さんっすか!?数分間の間に透明感が凄い大和撫子になってるっす!!!」
「あはは、さっき運よくメイクが上手な人に直してもらえたんだ。」
「マジで美人っす!!白無垢が無かったら誰か気づかなかったっす!!!」

あの割と悪意なくずけずけ感想を言ってくる相田君にこうも手放しで褒められると嬉しい。



なんだか照れくさくなっていると、近くでスタンバイしていたひなが顔をぴくぴくさせながらこちらに近づいてくる。
(ひなのこんな顔見た事ないな…。なんか怒ってる?)


「へ、へぇなんか、すごい張り切ってるね。ってあっ!ごめーん手が滑っちゃったぁ。」
「…え?」


突然俺に近寄ってきていたひなが、蓋の空いた飲みかけの葡萄ジュースをペットボトルごと投げてきた。

(うわっこいつ最悪…!!)

ガシっ!

一瞬、白無垢が台無しになったかと思って絶望しかけたけど、全然濡れた衝撃がない。恐る恐る目の前を見ると相田君がひなの投げたペットボトルを綺麗に鷲掴みしていた。

(っ!!相田君がキャッチしてくれたのか。ありがとう…!助かった!)

あんな突然投げられたものをキャッチできるなんて流石はラグビー部だ…。

「ん?なんすかこれ…あ!これ俺の好きなジュースっす!もしかして君も俺に差し入れっすか?ありがとっす!!」

相田君はてっきりこちらに投げつけられたジュースが自分へのプレゼントだと思ったのか、そのままぐびぐびと飲み干した。

(そういえばあれ、昼にキャプテンさんが相田君に差し入れしてたジュースだ…。)
ひなも俺にドジを装って意地悪してこようとしたんだろうけど、なんとも間の悪い…。

「ちょっと!最悪…!僕の飲みかけを飲むなんて、キモイ!!ありえない…!!!」

ひなは図らずも相田君と関節キスをしてしまった事にご立腹のようでキーキー喚いている。
あんなに故意的にこっちにジュースを投げてきたんだから、そりゃそうなってもおかしくないだろ。

「てかさぁ!すずめちゃん、今のお化粧、白無垢に全然合ってないよ?皆が見たらドン引きするかもだから僕がお化粧直してあげるね?」

ひなはまだ意地悪を諦めてないのか、俺のメイクを崩そうといつものきゃぴきゃぴした態度も鳴りを潜ませて俺の顔に手を伸ばしてくる。

(そうはさせるか!)

俺が咄嗟に後ろにサッと避けると、背後では丁度着替えが終わったらしい総一郎がこちらに歩いてきていて、軽くぶつかってしまった。



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