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第1章

第30話《鷲田タクトの特別ステージ》

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とりあえず、文化祭会場の方に行ったあの人に再度出くわす可能性もあるので、抑制剤の強いやつを飲んでおこう。

俺は兄からスポドリを一本受け取ると、緊急用に常備している赤い錠剤を財布から取り出して飲んでおいた。

(多分あの人が俺の運命の番だろうからな…。)

医療が発展している現代では、例え運命の番がそばに居ようと、この抑制剤を飲めばお互いに発情しないで済む。
その代わり数日間、嗅覚と性欲が無くなって性行為が出来なくなるという副作用が起こるけど、もう俺は当分総一郎と性行為を行う予定がないし別にかまわない。

嗅覚が無くなるのは、文化祭で沢山おいしいものを食べる予定だった俺からすると非常に残念だが、復讐のためなので背に腹は代えられない。


◇◇◇


「さて!すずめちゃんも無事復活したことだし!いろんなお店まわるぞー!」

俺が回復したことですっかり元気を取り戻した妹に再度腕を掴まれて、俺と兄は気を取り直して文化祭の会場へ向かうことにした。

「つばめ、お前張り切るのもいいけどな、もう10時20分だぞ?あと10分でお前の大好きなタクト様がライブするんじゃねえの?」
「え?あー!そうだった!今すぐ野外ステージまで行かなきゃ!!てか間に合わないかも…!」

当初の目的がすっかり頭から抜け落ちてる妹に兄がツッコミを入れると、妹は腕時計を見て、慌て始める。
(そうか、もうそんな時間か。)
まぁでもここからステージまでだったら徒歩でも5分かからないだろう。

「大丈夫だよ。そのステージ割とここから近いから、普通に間に合うと思う。俺についてきて。」
「本当!?よかったー!じゃあすずめちゃん、ゆっくりでいいから案内よろ~!」

ほっとした表情の妹の腕を離し、二人を案内するために前に出て歩くと、妹がはぐれない様にと俺の裾を掴んできた。
(あ。こういうの昔のお祭りを思い出すな。あの時もつばめは俺やお兄ちゃんの裾を絶対離さなかったもんな。)

この大学の文化祭は大規模なお祭り会場位人口密度が高いので、はぐれない様に気を付けなければ。



人並みをかき分けステージの方に向かうと、もう既にそのエリアは野外にも関わらず満員電車の中のように人が詰まっていた。
(ちょっと来るの遅かったかな?まさか芸能人の特別ステージとはいえここまで混むとは…。)

「あちゃー残念。俺ら最後尾にも程があるだろ。これじゃ、芸能人の顔を近くで見れねえよな…。」
「巨大モニターがあるからここからでもいいじゃん!タクト様と同じ空間の空気を吸ったという事実が重要なのだよ~♪」

兄ですら残念がってるというのに妹は何故かご機嫌だ。
てっきり落ち込むかと思ってたけど案外ポジティブで良かった。

(さて、もうそろそろ始まるな。)
スマホを確認すると、丁度ホーム画面の時計が10時30分を指し示していた。



『さーて、とうとうやってまいりました!皆さんお待ちかね!現在、日本で知らない人はいないであろう超一流俳優!鷲田タクト氏による特別ステージです!!どうぞ盛大な拍手でお迎えください!』

司会のアナウンスと共に地響きするほどの歓声と拍手が沸き起こる。

『きゃああぁぁぁぁぁー!タクト様ー!!こっち向いてーーーー!!!!』
『どうしよ!!本物だよぉぉぉ!!!本物のタクト様だよぉ!!!!』
『僕もう今日死んでもいい……!!』
『てか後ろから来てくれるなんて予想外なんですけど!!!』

(わ、びっくりした!)
アナウンスが終わると、鷲田タクトはなんと後ろから現れて、颯爽と真ん中に空いている道を通ってステージの方へと歩いてくる。
そのおかげでステージから一番遠い最後尾にいた俺達も無事彼の顔を近くで見る事が出来た。

(テレビでも散々見てきたけど、間近で見るとすごい迫力のある美貌だな…。)
モデルのようなバランスの良い体系に色素の薄い髪と肌。まつ毛も長く顔立ちが怖いくらい完璧に整っていて、まるでファンタジーものの王子様のようだ。


「やば…。生タクト様えぐい…!えぐすぎる…!!てか近くで見れたの一生分の運使い果たしたかも…」

生の鷲田タクトを近くで見られたことで、妹は有頂天になり両手を頬に当ててうっとりと幸せそうにつぶやく。
(それ、つばめが言うとしゃれにならないな…。)
他の人が言うならまだしも、今まで男運が悪すぎた妹が言うとブラックジョークにしか聞こえない。


『てかやべぇな…。あれが同じ人間かよ……。』
『まるでアニメとかゲームの世界にいるみたいだ…。』
『すっご…。』
『神の造形過ぎて目が合ったら石になりそう……。』

先ほどまでは人気芸能人の登場に絶叫をあげていた俺の周囲の観客も実際に鷲田タクトが近くに現れれば、声を失ってその周辺だけ少し静まり返る。
ここから遠くの方の観客の大歓声とのコントラストが激しい。


(正直目が合うと石にされそうなのはちょっと分かるな。)

彼が俺達の前を通り過ぎていくのを思わずじっと眺めていると、ふいに彼がこちらの方向を見て立ち止まった。

(ん?どうしたんだ?)

何秒も立ち止まっているので不思議に思い首を傾げると、彼はこちらを真っすぐ見つめたままふっと目を細めて笑った後、ウインクをしてきた。
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