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ありきた

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6話 キスの予行練習

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「キスの練習、してみませんか?」

 休み時間に廊下で合流して、開口一番に告げた。
 つぐみさんは面食らった様子で「き、キスっ?」と驚いている。
 わたしは呼吸を整え、補足説明のため口を開く。

「わたしたちもいつかは、キスをする日が来るかもしれないですよね。というより、わたしは絶対にしたいです」

「うん、わたしだって……し、したい、よ」

 さりげなく自分の願望を口にしたら、つぐみさんからも同意を得られた。
 照れるつぐみさんがかわいいとか、同じ気持ちだと知れて嬉しいとか、いろんな感想が脳内を埋め尽くす。
 妄想の中だったらこのまま力強く抱きしめて唇を奪っているところだけど、そんな勢い任せで二人のファーストキスを済ませるわけにはいかない。
 つぐみさんの魅力に当てられてムラムラする己の劣情を無理やり奥の方へと押し込めつつ、話を進める。

「そこで、ぶっつけ本番で失敗しないために、練習するのはどうかと思ったんです」

「なるほど、名案だね!」

 手をポンッと叩き、一縷の猜疑心すら抱かず肯定してくれた。
 つぐみさんの純真さに心が癒され、ただでさえ計り知れない好意がさらに強まる。

「詳しく説明すると、ピースした手の人差し指と中指をくっ付けて、それを唇に見立ててキスするんです。どうですか?」

 詳細を話してから念のために確認を取ると、つぐみさんは快諾して首を縦に振ってくれた。
 順番の話に移ると、なんと率先してつぐみさんが先手の名乗りを上げる。

「まだまだ恋愛について詳しいとは言えないけど、美夢ちゃんのことが大好きだって気持ちは本物だからね。わたしもできるだけ積極的になろうと思って」

 理由を聞き、嬉しすぎて泣きそうになる。
 つぐみさんはいつも、無自覚でわたしの心を鷲掴みにしてくる。それでなくとも、四六時中つぐみさんのことばかり考えるほど大好きなのに。

「分かりました。それでは、よろしくお願いします」

 わたしは人差し指と中指を重ね、他の指を閉じる。
 つぐみさんの顔に手を寄せ、一抹の緊張感を抱きながら次のステップに備える。

「ちゅっ」

 つぐみさんが瞳を閉じ、目と鼻の先にあるわたしの指にそっと顔を近付け、唇を触れさせる。
 所要時間は一秒弱。でも、期待と高揚で限りなく鋭敏になったわたしの感覚は体感時間を何十倍にも引き延ばした。
 つぐみさんの表情も、手に感じる息遣いも、指に伝わる唇の感触も、一瞬の出来事とは思えないほど鮮明かつ強烈に脳へと刻まれる。
 指に軽くキスされただけなのに、小刻みに爆発しているかのように心臓が脈打つ。顔だけでなく全身が熱を帯び、下腹部が切なさを訴える。

「えへへ、なんだか照れちゃうね。次は美夢ちゃん、お願いっ」

 はにかんだような笑みを浮かべつつ、ほんのり紅潮した頬を掻く。
 そんな様子も非常にかわいらしく、つい見惚れてしまう。
 つぐみさんはわたしがしたのと同じように、手を顔の前に差し出してくれた。
 自分が言い出したこととはいえ、やはり緊張してしまう。
 ゴクリと生唾を飲み、意を決して行動に移る。
 つぐみさんの指にチュッとキスをして、唇を離す。

「た、確かに照れますね。すごくドキドキします」

 苦笑しつつ、過剰な高鳴りを抑えようと胸を押さえる。
 もちろん、そんなことで鎮まるわけもない。むしろ自分の鼓動を明確に感じ取り、興奮の度合いを自覚させられて余計にドキドキしてしまう。

「美夢ちゃんの唇、ぷるんっとしててすごく気持ちよかったよっ」

「つぐみさんの唇こそ、ぷるぷるで温かくて、とても気持ちよかったです」

 二人して顔を赤らめながら、感想を口々に言い合う。
 そうしている間にチャイムが鳴り、わたしたちはそれぞれ自分の教室に戻った。
 席に着いて、ふと自分の指を見る。
 一瞬の出来事だし、目印もない。だけど、つぐみさんの唇がどこに触れていたのか、ハッキリと分かる。

「んっ」

 些細な仕草だから見られたところで誰も気に留めないし、真意は誰も分からない。
 そう開き直って、わたしは自分の指にキスを落とした。
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